2-23 洗礼
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猫馬車の待合場所に居たのは青い皮鎧に身を包んだ冒険者風の男と少し若めの如何にも商人といった感じの男だった。……3人か、少ないな。
「あ、ごめん。俺は護衛だから、今回、フウロウの里行きは二人だなぁ」
がーん。小金貨1枚の頭割りだから銀貨4枚か……。
これから二日間一緒に過ごす人だし、鑑定してみようかな。
【名前:グレイ・カッパー】
【種族:普人族】
冒険者風――というか、護衛だし、冒険者か、の人はグレイさんね。もう一人は、っと。
【名前:エンヴィー・ウィズダム】
【種族:魔人族】
へぇ、魔人族ねぇ。これまた新しい種族ですね。見かけは普人族と変わらないなぁ。
「改めて、俺はグレイ・カッパー。気さくにグレイと呼んでくれ」
『自分は星獣の氷嵐の主という、二日間よろしく頼む』
「ああ、任せてくれ」
グレイさんは明るく話しやすい感じだ。
「では私も自己紹介しておきましょうか。わたしはエーブと言います。見ての通り商人ですね」
エンヴィーさんもにこやかに自己紹介を。にしても、エーブって……あだ名か何かなのかな。
自己紹介が終わったところで猫馬車の御者がやってくる。御者さん、意外と若いんだな……。というわけで皆が馬車に乗り込むのだった。
猫馬車は4輪の(もちろん木製の車輪だ)余り大きくない荷台のついた馬車だった。幌は付いていないが、簡易な屋根のようなものだけは付いていた。荷台の中には簡易的な座席が付いている。
護衛のグレイさんも御者台ではなく荷台に乗る。御者台は御者が座るだけで一杯一杯の広さに見えた。これは仕方ないね。
さあ、出発である。
―2―
猫の引く馬車が森を駆けていく。
大きな魔獣とはいえ猫が引っ張る馬車なので余りスピードは出ない。体感速度は時速10キロから速くても20キロくらいか。思っていたよりは揺れないので酔うことは無さそうだ。のんびりとした旅路である。まぁ、森の中だし、こんなものなのかな。
「いやあ、ランさんって星獣様なんだろ? それで冒険者になるなんて珍しいなぁ」
護衛のグレイさんは、よくこちらに話しかけてくる。
「ランさん、猫馬車が遅いと思った? 猫馬車の大きなメリットはね、魔獣が寄りつかないことさ」
なるほどね。安心して移動出来るのがウリって訳か。ま、俺の場合、帰りは転移で帰れば良いから一瞬だし、こういうのんびりとした旅も良いよね。
『グレイ殿は長く冒険者を?』
「長くってほどじゃないね。12で冒険者になって、まだ10年ほどさ。ベテラン連中からしたらまだまだだよ」
へぇ。今、22歳か。前世の俺よりかなり若いじゃないか。
「それでも、もうすぐCランクになるんだ。Cランクになればクランを作れるからなぁ。クランを作れたら、ランさんも参加するかい?」
お、嬉しい申し出だ。こちらが芋虫だってことを感じさせないなぁ。
『ふむ。このような姿でも良いのかな』
グレイさんは笑って答えてくれる。
「構わないさ。大陸には蟻の姿をした人も居るって言うしな、同じ同じ」
「ははは、楽しそうですね」
エンヴィーさんも笑って話にのってくる。
「今回、護衛を引き受けたのはフウロウの里に行く用事があったからなんだけど、護衛なら乗車賃がタダになるって言うからなぁ。GP稼ぎも出来て嬉しい限りだよ」
「頼りにしてますよ、グレイさん」
エンヴィーさんの朗らかな笑顔。
「そういえばエーブさんは、何をしにフウロウの里まで? あそこは商売出来るような……」
エンヴィーさんが頷く。
「うんうん、だからこそ、ですよ。この大森林で商売が出来るようなとこはスイロウの里しかありません。だからこそ、フウロウの里で商売出来るように手を伸ばすのです」
新規顧客の開拓かぁ。大変な仕事だな。
とエンヴィーさんが一つの腕輪を取り出す。
「と言うことで、これは売り物の一つですが、如何ですか? 守護の腕輪というのですが、装備した人を保護してくれる貴重な腕輪です。ここで知り合ったのも何かの縁と言うことで20480円にお値引きしておきますっ」
それを見てグレイさんは苦笑いしている。
「星獣様には、特にオススメです。これを付けておけば魔獣と間違えられることが減りますよ」
俺はちょっと試しに鑑定してみる。
【守護の腕輪(偽)】
【装備者の守備力を上げてくれる腕輪(偽)】
あ、これ偽物だ。
グレイさんは気付いてたから苦笑していたのね。
『貰っておこうか』
「ランさん、それ、にせ――」
俺はグレイさんの言葉を手で制す。
俺は銀貨4枚をエンヴィーさんに渡し、腕輪を付けて貰う。なんというか、旅行先で無駄なお土産を買ってしまう心境と同じである。銀貨4枚って安くないよね、安くないよね。ま、まぁ装飾品として悪くないようなのでお洒落として付けておきますか。
「毎度あり。これからもご贔屓にお願いします」
のんびりと猫馬車は森の中を進んでいく。
『そういえば気になったのだが、グレイ殿が腰に付けている剣は?』
「あ、わかります? わかっちゃいます?」
グレイさんが腰に付けた剣を抜いて見せてくれる。非常に精巧な装飾がされた青く銀色に輝く剣だった。
「真銀の剣です。駆け出しの頃から頑張って、コツコツとお金を貯めてっ! やっと買えたからなぁ。今回、フウロウの里に行くのは向こうの里に居る知り合いに自慢をしに行くってのもあるんでー」
すっごい嬉し気である。まぁ、自慢したくなる気持ちもわかります。これはアレだな、新車を買った、しかもスポーツカーを買った時の知り合いと同じだな。
―3―
猫馬車の力か、魔獣に襲われることもなく森の中を順調に進んでいく。
やがて日が落ちてくる。
森の中、開けた場所で猫馬車が止まる。今日はここで野宿になるそうだ。たき火の跡などがある。多分、毎回、この場所で野宿をしているんだろうね。
「ランさん、食べ物を持ってきてる?」
あ、しまった。完全に考えていなかった。料金も高いし、てっきり食事付きだと思っていた。
「この保存食、食べる?」
グレイさんが固そうなパンのようなものを出してくる。うーむ、グレイさんには悪いけど、見るからに不味そうです。
「ふ、ふ、ふ、皆さん、良いものがありますよ」
エンヴィーさんの笑い。
そして取り出してきたのは肉の塊と蓋をされた壺だった。
「おお、肉だとっ!」
「そして、見てください。この壺は……お酒ですっ!」
お、お酒だと? この世界にもお酒があったのか? 初めて見たぞ。ま、まさかお酒にありつけるとは……。
好意は有り難く戴くとしよう。
「さすがに護衛なので……お酒は遠慮する。くうぅ、ランさんが羨ましいぜ」
グレイさんはお酒は断っているようだ。俺は戴くがねッ!
お酒を口に……うん、美味い。これはハチミツ酒かな。
【<毒耐性>スキルが開花しました】
うお、スキルが開花した。なんでお酒を飲んで耐性が開花するんだ? まぁ、お酒って飲み過ぎると体に悪いからなぁ。ある意味、毒と言えるのかもしれない。にしても、こんなことでスキルを得られるとはラッキーだな。
肉も有り難く戴こう。もしゃもしゃもしゃ。
俺が食べたのを見て、グレイさんも肉を手に取る。
酔いが回ってきたのか楽しくなってくる。
あ、そうだ。俺も食べ物持ってるじゃん。
世界樹の葉の欠片を取り出す。御者の人やエンヴィーさんには遠慮されたがグレイさんは受け取ってくれる。
俺とグレイさんは肩を組んで葉っぱを食べる。もしゃもしゃもしゃ。久しぶりの葉っぱは美味しかった。
「ランさん、この葉っぱ、メチャクチャ美味いな。何の葉っぱだい?」
『世界樹ー、世界樹ー』
念話なので呂律が回らないなんてことはない。うん、楽しくなってきた。ここは場を盛り上げる為に俺の芸を見せる必要があるな。
『一番、ランでーす。糸を吐きまーす』
――<糸を吐く>――
わああ、っと起こる拍手。なんだか、本当に楽しくなってきた。さあ、次は何の芸を見せよう。
『にしてもエンヴィーさんって人と区別がつかないですよねー』
俺の何気ない一言。
「ランさん、今、何て言った?」
へ?
『エーブさん? エンヴィーさんって魔人族でしょ。里には居ない種族ですよねー』
俺の言葉を受けてグレイさんが真銀の剣を取る。
え?
「エーブさん、ランさんが言っていることは?」
エンヴィーさんが突然、笑い出す。今までの朗らかな笑いと違い、こちらを馬鹿にしたかのような嘲笑だ。
「答えろっ!!」
グレイさんが真銀の剣を抜き、エンヴィーさんへと振りかざす。
グレイさんの素早い攻撃を後ろに飛び回避する。この世界の商人は戦闘スキルが高いなぁ。
「やれやれ、こんな形でばれてしまうとは……。まだ薬の方は効果が出ていないみたいですし困ったことです」
な、ん、の、ことだ?
「はいはい、そこの芋虫が言ったように魔人族ですよ。魔人族のエンヴィー・ウィズダム・トゥエンティと申します。とまぁ、名乗ったところで意味はないんですけどね」
グレイさんは何らかのスキルを使い、エンヴィーに攻撃を仕掛ける。が、それを紙一重で回避するエンヴィー。
「逃げろ、ランさんっ!」
徐々にグレイさんの動きが悪くなっていく。グレイさんの額からは凄い量の汗が噴き出していた。
「ああー、やっと効果が出てきましたか。そろそろ終わりですね。いやはや、さすがはCランク間近の冒険者。このままだと殺されるところでしたよ。怖い怖い」
エンヴィーのニヤニヤとした笑い。
一気に酔いが覚めた。俺はやっと事態に気付き槍を取る。逃げる? グレイさんを置いて? 逃げれるかよッ!
「動くなっ!」
エンヴィーの制止の声。俺の体の動きが止まる。な、んだと? それでも無理に体を動かそうとすると付けていた腕輪から激痛が走る。体中に高圧電流を流されているかのようだ。
「いやはや、そこの芋虫だけだと実入りは少ないとがっかりしていたんですがねぇ」
俺は体を動かすことが出来ず、事態を見ていることしか出来ない。
「本当にあなたが居てくれて良かったですよ。その真銀の剣は高く売れそうだ」
エンヴィーがグレイさんに近寄っていく。その手には何時の間にかナイフが。
グレイさんがエンヴィーのナイフを必死の形相で回避する。グレイさんの動きが鈍い。そして――そこを後ろから刺された。
グレイさんの後ろには何時の間にか御者が居た。グルだったのかよッ!
崩れ落ちるグレイさん。何だよ、コレ。さっきまで楽しかったじゃんか……。
「ら、ランさん、何とか……に、げ」
「うるさいですね」
崩れ落ちたグレイさんを蹴り飛ばすエンヴィー。何しているんだよ、止めろよッ!
「おやおや、そこの芋虫はまだ余裕がありますね。何故、動けないのか分からないんですか? その腕輪はね――もちろん守護の腕輪なんかではありません。隷属の腕輪と言ってですね」
何だよ、ソレ。何だよ、コレ。
御者がグレイさんの体にナイフを突き刺す。何度も何度も、何度も、何度も、その体にナイフを突き刺している。
「ああー、気になりますか。冒険者はしぶといのが多いですからね。念を入れてですよ」
ナイフを持ったエンヴィーが近寄ってくる。来るな、来るな、来るなよーッ!
「そういえば、星獣様って魔石を持っているんでしょうかね? 確かめてみましょう」
ヤツのやろうとしていることが分かる。止めろ、止めろ、ヤメロッ!
俺は逃げようと体を動かす。腕輪から激痛が走る。それでも死ぬよりはマシなはずだ。痛みをこらえ、ゆっくりと体を動かす。
「無駄、無駄」
すぐに追いつかれる。そのままヤツのナイフが俺の体に、体の中に――痛い、痛い。
『や、やめてくれ……』
俺の念話が通じないのか、ヤツはナイフで俺の体を引き裂いていく。生きたまま体を裂かれる。痛い、痛い。
裂かれた俺の体の中に、ヤツは手を差し入れる。体の中に異物が侵入してくる感覚。いやだ、いやだ。
ぶちり、と何かが、自分の中の何かが切れた感覚。まるで電池がなくなったように……目の前が霞んでいく。
「ほう、コレは綺麗な魔石ですね。青く輝く、まるで水晶のような……こんな綺麗な魔石は初めて見ます」
あー、あー、あー。
「まだ意識はありますかー? あなたの荷物は私たちが有効活用してあげますよー」
俺の視界からどんどん光が消えていく。
「おや、これは珍しいステータスプレートですね。これも高く売れそうだ」
履歴が残るから、盗まれないって……。
「あー、このモノクルは取れませんね。うーむ、気になっていたんですが。まぁ、無理そうですね」
体から完全に力が抜ける。うう、寒い、寒いよ……。も……う、う……ご、け、な、い。
「あら、死んじゃったみたいですね。では私たちも崖のアジトに戻りますか」
それが俺の聞いた最後の言葉だった。
俺の視界は完全に闇の中に飲まれ、もう何も分からなくなった。
2月23日修正
フウロウの里行きは二人だね→フウロウの里行きは二人だなぁ