4-43 空舞う聖院外周
―1―
船内に衝撃が走る。墜落したんだから当然だよね。が、思ったほどの衝撃じゃないな。どんだけ頑丈な船だ、って感じだよね。
「いてて、大丈夫かよ」
ファットが頭を抑えながらよろよろと立ち上がる。ああ、こっちは大丈夫だぜ。
片膝をついているだけのミカン、死んだままのキョウのおっちゃん、落とした盾を探しているジョアン、そしてびくともしていない14型。えーっと、14型さんが優雅に立ったままなんですが、どういうバランス感覚なんですかね。
……。
さあて、戦闘準備だな。現在の矢の本数は魔法の真銀の矢が1本に潮の矢が2本、硬木の矢が24本。合計で矢が27本。まぁ、矢筒一杯にはなっていないけれど真紅があるから大丈夫かな。あー、潮の長銛と水天一碧の弓が制御室に残されたままだ。うーん、ちゃんと残っているといいなぁ。
……将軍さんとかに武器の補充をお願いしても良かったかな。こういう絶対に勝たないと駄目な場面だもん、非常事態だから頼んでも良かったよね。
ま、まぁ、過ぎたことを気にしても仕方ない。
うん、じゃ、行きますか。
「俺様は戦闘が苦手だからよ。戦いは任せるぜ」
ファットがそんなことを言っている。えー、海賊なのに? 海賊って荒事が得意なんじゃないのか? ま、まぁ、本人がそう言っているんだから仕方ないか。仕方ないのか?
俺たちはネウシス号を出る。あー、ハッチが普通に開いて良かったぜ。あ、14型さん、あまり気絶しているキョウのおっちゃんを乱暴に運ばないでください。引き摺るとキョウのおっちゃんの頭が、頭がーッ!
「はっ! あいてて、って、ここは何処なんだぜ?」
キョウのおっちゃん、『空舞う聖院』に到着しましたよ。
俺は周囲を見回す。ふむ、ここは『空舞う聖院』の外周の途中ってとこか。あ、向こうに階段が見えるな。何だろう、大きな石を積み上げられて作られた四角錐の建物の上部分がカットされているのを見ると、足の腱を切られた状態で盲目のまま天辺部分の石を運ばないといけないような気になってくるよ。頂上部分がないと未完成だもんね。
いや、言っている場合か。
せっかくなので作られた階段を上っていく。
―2―
階段を上りきると頂上部分には神殿が建てられていた。
神殿につけられた小さな階段の前にはコウ・コウが居た。あぐらを掻き水晶を削り出したかのように透き通った剣を立て持っている。
「よう、遅かったじゃねえかヨ」
コウ・コウが立ち上がる。胴回りだけを覆っている鎧にアラビアンなふわふわズボン、そしてまるで天女の羽衣のような布きれを体に巻いていた。布自体が意識を持っているかのようにふよふよと動いている。
「6対1だぜ。観念するんだぜ」
キョウのおっちゃんの言葉にコウはニヤリと笑い、ぺしぺしと尻尾で地面を叩いて答える。えーっと、6人って、俺にキョウのおっちゃんにミカンにジョアンに……ファットと14型も頭数に入れているのか! キョウのおっちゃん、14型を頭数に入れるのは危険だと思うんだぜ。
「6対1かヨ。うんうん、それくらいはハンデがあって丁度いいと思うヨ」
コウが手に持った水晶の剣を構える。
「こいつが、この武器が何かわかるかヨ」
「まさか!」
知っているのかキョウのおっちゃん!
「そうヨ。コレは金剛鞭」
コウが水晶の剣を掲げる。
「この『空舞う聖院』で見つかった無異装備ヨ!」
なんだと。世界樹の叡智のモノクル、世界の壁のてぶくろと来て、この空舞う聖院は、その水晶の剣がお宝だというのか。えーっと、水晶の剣――というか金剛鞭か。いやでもさ、何処からどう見ても鞭には見えないよな。何だろう特殊なギミックでもあるんだろうか。
「こいつを手に入れることが、俺がこの国に来た理由の1つだからヨ。これだけでもコラスの旦那のしたに……」
うん、話に夢中だな。
――《飛翔》――
俺は真紅を構え、そのまま高速でコウへと飛ぶ。敵の話を最後まで馬鹿正直に聞く必要は無いからね。油断大敵だぜ?
喰らえッ!
――《スパイラルチャージ》――
俺は一瞬でコウの前へと飛び真紅に螺旋を描かせる。
しかし、俺が攻撃しようとした先を予見していたかのようにコウの持っていた金剛鞭が立ち塞がる。真紅と金剛鞭がぶつかり、俺は真紅ごと弾き飛ばされる。かてぇ、かてぇ、真紅で貫けないどころか弾き返されるとか、洒落になってない。
「なんつう危険な魔獣だヨ」
コウが舌をチロリと覗かせる。
「いや、星獣様だよナ。そうだよナ! ホント、お前ら、星獣様って奴らはヨ!」
コウの体が真っ赤に染まっていく。
「おっと、危ない危ない、危ないヨ。怒りで狂戦士化するところだったヨ」
コウの体から赤い色が引いていく。
「しかし、恐ろしい速さだったヨ。これでも、まだ足りなかったかヨ」
そう言うとコウが懐から魔石を取り出す。うん? 魔石?
そして、コウは取り出した魔石をそのまま喰らった。へ? 食べた?
「おいおい、何をしているんだぜ? 自殺する気か?」
魔石って、食べて大丈夫なモノなの?
「シシシ、お前ら強化ポーションの原料は知っているよナ?」
キョウのおっちゃんが頷く。
「体に害を与えないように魔石を治療薬で薄めているんだぜ」
「だよナ。なら魔石を直接取り込んだ方が効果がでると思わないかヨ」
いや、でも害があるからポーションで薄めているんだろ? って、ああ、クノエ魔法具店の混ぜ混ぜってそういうことだったのか。
「お前、死ぬ気か?」
ミカンが喋る。え、魔石って食べると死んじゃうようなモノなのか? いやまぁ、有害ぽい感じだけどさ。
「いやいや、死ぬ気なんて無いヨ。俺の体は特別な調整をされているから大丈夫なんだヨ」
と、その言葉と共にコウの姿が消える。
「まずは邪魔な盾から消しておくヨ」
そして次の瞬間にはジョアンの目の前に立っていた。は、早い。コウの姿に気付いたジョアンがとっさに宝櫃の盾を構える。よし、高速で動き回った俺との特訓が生きているぜ! とっさの反応が早くなっているもんな。
「甘いヨ」
コウがジョアンの構えた宝櫃の盾の上から金剛鞭を叩き付ける。
「があっ!」
ジョアンが悲鳴をあげる。
「ほう、小僧、盾を落とさなかったのは立派ヨ。が、防御を無効化する金剛鞭の一撃は痛いよナ!」
コウがもう一撃を加えようと金剛鞭を振りかぶる。そこへミカンが腰に差した刀へ手を乗せたまま走る。
「だから、甘いヨ!」
抜刀しようとしたミカンの動きが止まる。ふよふよと漂っていた羽衣がミカンの軸足に絡みついていた。
「な!」
コウの金剛鞭が軌跡を変え、ミカンへと迫る。ミカンがとっさに背中の長巻きを取り、金剛鞭を受け止める。が、金剛鞭は長巻きを打ち砕き、そのままミカンを吹き飛ばす。ミカンが空を舞い、そして足に結びついた羽衣に引っ張られ地面に叩き付けられる。
羽衣がしゅるしゅるとコウの体に戻っていく。
「うんうん、6対1だよナ。早く本気をだしたらどうかナ?」