4-42 空を舞う
―1―
ファットのネウシス号に乗り込む。ファットの船に乗ったのは、つい最近のことなのにさ、結構昔のことのように感じてしまうなぁ。それだけ色々あったってことか。
そう言えば『空舞う聖院』って空に浮いているんだよな、どうするんだ?
『ファット、空舞う聖院は空に浮かんでいると思うのだが、何か考えがあるのか?』
「ま、多分、何とかなるんじゃないかと思ってるのよ」
ちょ、考え無しかよ。
「おいおい、この船、魔導船だと思うんだぜ。それなら空を飛べると思うんだぜ」
そうなんだぜ。そう言えば、キョウのおっちゃん、この船を見て帝国にある魔導船と同じだって言っていたもんな。
で、どうやって空を飛ぶのかね?
「いや、使い方までは俺も知らないんだぜ」
お、おい、キョウのおっちゃんよ、そこが重要なんじゃないか?
「ま、なんとかなると思うぜ」
ファットがネウシス号を操作する。あれ、そう言えば他の猫人族は? ファットと一緒に軍船に乗り込んできていたけど、今、このネウシス号には乗っていないな。
『ファット、他の者達はどうしたのだ?』
俺の天啓にファットが口の端を上げ、ちらりと犬歯を見せて笑う。
「弟分なら、さっきの船に置いてきたぜ」
へ?
「ネウシス号は俺だけで、いや、俺しか操作出来ないからよ」
あ、ああ。そうらしいな。でも、それと仲間を置いてくることってイコールじゃないよね。
「ファット殿、片道のつもりか?」
ミカンがファットに問う。片道って、帰ってこれないつもりなのか。
「いやいや、万が一のためよ。俺様の優しさってやつよ」
ふむ。よく分からないけど、そうなのか?
大小とりどりのデコボコな10数隻の海賊船とネウシス号、それに6隻の軍船――それがこちらの戦力の全てだ。
これで――これらの船を囮にして、ネウシス号が抜ける、か。責任重大だな。
―2―
ネウシス号が進む。どうも速度を少し落として、他の海賊船と足並みを揃えているようだ。
しばらく進むと空に浮かぶ巨大な存在が見えてきた。1つの町はありそうなくらいに巨大なピラミッド型の四角錐、その上部分が切り取られ、何か神殿のような建物が乗っているのが見える。アレが外から見た『空舞う聖院』か。下側についている巨大な水晶玉のようなモノが浮力を発生させているのだろうか? しかし、あんな巨大なモノが、ゆっくりとだが空に浮かび動いているというのは圧巻だな。『空舞う聖院』はその名前の通りに、本当に空を舞っているんだな。
そして、その『空舞う聖院』を護衛するように23個の小さな戦闘機も舞っていた。このネウシス号と同型機だな。
船内に映し出されていた外の風景の一部が拡大される。お、そういう機能もあるのか。拡大されたのはイーグル船長の船かな。
一人の猫人族が甲板で旗を振ったり上下させたりしていた。何だ?
「ファットさんよ、アレは何て言っているんだぜ」
「俺らが先行する、お前は奴らが、俺らに食いついてきたのを確認してから動け、だってよ」
ふむ。ま、まぁ、こちらに食いついてくる、あの戦闘機の数が少なくなればなるほど、俺らは『空舞う聖院』に近寄りやすくなるからな。でもさ、それって、イーグルたちに囮になれってことだよな。だ、大丈夫だよな?
「イーグルたちのお手並み拝見よ」
ファットはネウシス号の操作を止め、腕を組む。
イーグルたちの船が進んでいく。そこへ『空舞う聖院』の周囲に漂っていた戦闘機たちが分かれ、襲いかかってくる。向こうの方が圧倒的に機動力が高いけど、大丈夫なのか? だって、こっちは船だよな? 船って急旋回とか出来ないぞ? いくら小回りが利くって言ってもファットの船のような無茶は出来ないはずだろ?
戦闘機が動き、その下につけられた球体からレーザーのような光線を放出する。しかし、放出した先にはすでに海賊船の姿はなかった。お、躱した?
「おいおい、凄いんだぜ」
キョウのおっちゃんが素直に感心している。
「ああ。イーグルの馬鹿野郎たちは、あの小蠅の動きを予想して動いているからよ。そう簡単に当たるかよ。海を、熟練の船乗りを、海賊を舐めんなって話よ」
ほう、これなら楽勝で抜けられるんじゃないか?
「けどよ、それでも、それでもよ! 船の性能が違い過ぎる。無茶だぜ」
え?
その瞬間だった。1つの戦闘機から放たれた光線によって海賊船の一隻が切断されていた。へ? そんなあっさり? マジですか。
そこからは戦闘機たちの蹂躙が始まった。戦闘機の攻撃に次々と海賊船たちが沈んでいく。ファットがその光景を、腕を組んだまま見ている。
「お、おい! 被害が!」
ジョアンが叫ぶ。
「ああ、そうだろうともよ」
ファットは動かない。何で、動かないんだ?
―3―
戦闘機による蹂躙が続く中、船内に、拡大し映し出されたイーグルの海賊船に、先程と同じような旗が上がった。
「やっとかよ!」
ファットがすぐに台座に触れ、ネウシス号の操作を開始する。
「はん、待ちすぎて奥歯をかみ砕くかと思ったぜ」
ネウシス号が進む。
こちらの動きに気付いた残っている戦闘機が迫る。
「はん、あいつらが引きつけてくれているんだ。残った、その程度の戦力に俺様のネウシス号がやられるかよ!」
迫る戦闘機から放たれる光線を、ネウシス号があり得ない軌跡を描いて回避していく。
「そっちが空に居ようとも、俺様は海に居る限り無敵よ!」
次々と迫る光線を回避していく。な、なんちゅう動きだ。これは……、俺はキョウのおっちゃんの方を見る。あ、死んでる。いやいや、これから戦闘があるのに大丈夫、復活するよね?
にしても攻撃が激しいな。相手の10隻くらいは海賊船が引き受けてくれているのに、それでも光線と光線の隙間を抜けるのが、針穴に糸を通すようなレベルだぞ。全部の戦闘機がこっちに来ていたら――集中砲火で終わっていたな。
「抜けるぜ!」
ファットが叫ぶ。
いつの間にか俺たちの前には巨大な『空舞う聖院』が迫っていた。
いや、ここからだ。ここからどうするんだ?
「マスター、この船が飛べばいいのですか?」
そこで声をかけてきたのは14型だった。へ? 何で14型?
『あ、ああ。方法がわかるのか?』
『空舞う聖院』の下につけられた球体に光が集まっているのが見える。アレはヤバイ。俺の視界も危険を感知して真っ赤になっている。
「皆様は考えが足りないように思うのです。この船が空を飛べないのは単純に燃料が足りないからだと気付きませんか?」
はいはい、一言多いよ、って、へ? どういうことだ?
「マスター、魔石を使いますよ」
14型がロドスキュクロープの魔石を取り出す。あ、それ、俺がこっそり手に入れていた魔石じゃん!
14型はその魔石を中央の透明な筒の中に入れる。
「お、おい! 俺様のネウシス号に何をするんだよ! い、いや、これは!」
ファットが何かに気づいたのか驚いている。
「行くぜ、ネウシス号!」
中央の透明なシリンダーから放射状に光の線が走る。な、な、な飛んだ? いや、飛び跳ねた?
ネウシス号が飛び跳ね、『空舞う聖院』の光線をギリギリで回避する。光線は海を蒸発させ周囲の海水を高く跳ね上げる。
「まだだぜ! 飛ぶんだよ!」
ネウシス号が、そのまま錐揉み状に回転して上昇していく。いやいや、これ飛んだって言わないから! ただ、さっきの光線の衝撃で吹っ飛んでるだけだから。
ネウシス号が『空舞う聖院』よりも高く跳ね上がる。ちょ、ちょ、ちょ、これは。
「何とか上に降ろす!」
ファットが必死に台座を操作する。それに合わせて落下位置がずれていく。空中から船の操作で落下位置を動かすとかやるじゃん。
そして、ネウシス号が『空舞う聖院』の上に墜落した。