4-41 空舞う聖院攻略戦
―1―
「そのー、なんだ」
元将軍様が船室へ向かう途中に話しかけてくる。元将軍様、どうしたんですか。
「そこの若者、名前を教えて貰っても良いか?」
若者? ああ、ファットのことか。ファットって若者なのか、いやまぁ、若い感じはするけどさ、猫人族だと外見から詳しくは分からないからなぁ。
「俺様の名前? 俺様はファット様よ!」
ファットはファット様だよなぁ。
「そうか、ファットか。ところでファットは剣術に興味がないかな?」
「何のことだよ」
剣術? この国って剣が主武器なのかな? 銛とかじゃないの?
「ふむ、我が家に伝わる剣の流派があるのだがな、誰も継ぐ者がおらんのだよ」
あー、そうか、この元将軍様って、後は孫娘だけしか居ないのか。
「で、何で、それを俺様に教えるんだよ」
そうだよね、俺に教えてくれてもいいよね。
「ふふ、才能がありそうな若者に伝えたいからよ。それに君が来てくれると孫娘が喜ぶだろうでな」
「おいおい、俺様とあんたの孫娘は面識がねえよ」
そうだよな、ファットと猫耳少女って何も接点ないじゃん。何言っているの、このお爺ちゃん。状況に耐えられなくなってボケたか?
「はっはっは、そうだったな。まぁ、考えておいてくれ」
「おいおい、あんた軍のお偉いさんだろがよ。俺様みたいな海賊を誘っていいのかよ」
ファットの言葉に、元将軍が腕を組み首をかしげる。首かしげとか、なんか妙に可愛いコトしやがるな、このお爺ちゃん。
「ふむ。では内密に遊びに来るとよかろう」
元将軍のお爺ちゃんが愉快そうに笑っている。笑っている場合かよ。
「ち、しゃあねえな。寛大な俺様が暇を見て遊びに行ってやるよ。あんたんとこの孫娘にもそう伝えておけよ」
ファットは寛大だなー。
―2―
案内された船室の中ではすでに作戦会議が行われていた。見たことの無い人が2人居るな。
「リチャード先生、お待ちしておりました」
ガチガチ鎧姿の厳つい男が掌をくるりと回して挨拶をする。うん? もしかして、敬礼か?
「ヒデシ将軍よ、今の私は顧問として、ここに居るだけよ」
おお、この人がヒデシ将軍なのか。今の将軍様だよね。
「はっ! それでも先生は先生であります」
なんだろう、割と融通が利かなさそうな人に見える。
「ヒデシ将軍、現在の状況を確認したい」
ヒデシ将軍の言葉に元将軍が苦笑している。
「はい、現状は余りよろしくありません。軍船の集合はかなり遅れています……ところで、先生の後ろに見知らぬ猫人族と魔獣の姿が見えるようですが」
へ? 魔獣が居るのか? 何処に?
「星獣様と、このたびこちらを助けに来てくれた援軍のファット殿だ」
「はぁ、星獣様ですか。と、ファットですか、何処かで聞いたことがあるような」
あれー、星獣様に対する反応が薄いなぁ。元宰相さんは結構喜んでくれたのになぁ。うーん、星獣様をありがたがるお国柄ってわけじゃないのか。あの元宰相さんが特別ってことか?
「ファット、あのクソ海賊まがいのファットですかっ!」
ヒデシ将軍がファットを睨み付ける。
「ほう、俺様をしってるのかよ」
ファットも負けじと睨み付ける。何この空間。アレか、中学生の喧嘩か。そのうちキスでもしそうなくらいに顔を近づけてにらみ合うんですよね、分かります。
「おいおい、今はそんな場合じゃないんだぜ」
キョウのおっちゃんが今にも殴り合いになりそうな二人の間へと止めに入る。
「そうですな!」
「はん、俺様の勝ちよ」
ファットはファットで大人げないよね。
で、ここってこれからの作戦会議の場だよね。もっと真面目にやろうぜ。
―3―
船室での作戦会議は難航していた。いやね、だってさ、みんな、どうしたらいいかが分からないんだもん。とりあえず、今、リガシアで徴集している間に襲撃するって方向みたいだけどさ、軍船の集まりが悪くて作戦行動が出来ないと来ている。その遅れの間に、『空飛ぶ聖院』が空へと飛び立たれたら打つ手が無くなるのにね。
「今揃った船だけでも、すぐに出発するべきだと思うんだぜ」
俺もそう思うんだぜ。
「何を言うか! この程度の戦力で攻めに行っても周囲の船の攻撃で一掃されて終わりだ」
ヒデシ将軍が叫ぶ。あー、艦載機があったか。それは、それで厄介だよなぁ。
「ですね。私もリガシアで、その力を見ましたが、あれは厄介ですよ」
今まで喋っていなかった、もう一人の穏やかそうなおじさんが喋る。ほう、リガシアに居たのか。って、この人誰なんだろう。
「実際に目にした卿の意見なのだ。そうなのだろうな」
元将軍もうなっている。ふむ、そうなのか。
「はん、俺様のネウシス号なら、あんなの、モノともせずに抜けて行くことなんて楽勝よ」
ま、ファットの船なら楽勝だろうな。
「ふむ。確かにそれも1つの手か……。相手は二人、少数精鋭で突き抜けることも……しかし」
「先生! 海賊もどきの手を借りる必要なんてありません!」
えー、そういうこと言っている場合じゃないと思うんだけどな。
その時、船室の扉が大きく開かれた。
「誰だ!」
ヒデシ将軍が叫ぶ。
「は。申し訳ありません」
そこに居たのは兵士さんだった。何だろう、緊急の用件かな。
「で、どうしたのかね」
卿と呼ばれた人が兵士に用件を尋ねる。
「はい、『空舞う聖院』が動き始めました。こちらへと、ホーシアへと動き始めています!」
ついに来たか。
「遅かったか……」
「言ってる場合じゃ無いんだぜ!」
で、どうするのよ。
「もう猶予はないか。仕方ない、今集まった戦力で攻めるしか無いのか」
でもさ、動き始めたってことは『空』にあるんだよな。どうやって攻撃するんだ? 俺の飛翔で運ぶにしても限界があるぞ。
その時、さらに新しい兵士がこちらへと駆けてきた。
「申し訳ありません!」
「今度は何だ!」
ヒデシ将軍が頭を抱えて叫んでいる。この人、器小さそう。
「はい! 後方より謎の船団。かなりの速度です!」
うへぇ、ここで後方からさらに新しい敵か? 何だろう、空飛ぶ小型船が回り込んできたのかな?
「それは何者だ!」
「不明です」
いや、そりゃそうだよね。謎の船団だもん。答えられる訳がないよね。とりあえず甲板に出て確認に行きますか。
―4―
謎の船団がこちらへと近寄ってくる。うん? 真ん中の船の甲板で偉そうに腕を組んでいる髭もじゃ、何処かで見たことがあるぞ。
高速で近寄ってきた船が軍船の前で止まる。
偉そうなひげ面が、こちらへとかぎ爪ロープを飛ばし、こちらへと渡ってくる。他の船からも同じようにかぎ爪ロープが伸びる。ふむ、これも海賊流なのかな。
「イーグル参上!」
ひげ面のおっさんが偉そうに笑っている。
「おいおい、何でイーグルの馬鹿がこんなところまで来てるんだよ!」
ファットが叫ぶ。
「おいおい、そう言うお前はファーット、ヘンテコな船のファットじゃねえかよ!」
負けじとイーグルも叫ぶ。
「うるせぇよ! で、何でイーグルが来てるんだよ!」
そうだよ。何で来てるんだ?
「それはあたいが説明するよ」
イーグルの後ろから女性が現れる。何だろう、おばちゃんって言ったら殺されそうな、お姉さんって言うことを強制されそうな女性だ。腹筋割れてますよ。
「なんだよ、なんだよ、レディ・ネイの姐さんまで来てるのかよ!」
ファットでも姐さんって呼ぶんだね。怒らせない方が良さそうな感じぽいなぁ。
「俺も居るぜ」
もう一人、気障ったらしい感じの眼帯男が現れる。
「おいおい、アイズの旦那かよ!」
「おい、ファット。なんで姐御とアイズは、俺と態度が違うんだよ。お前、俺をなめてねえか?」
ま、イーグルさんは海賊オーラのないひげ面だからね、仕方ないね。
「何で、組合の3トップがこんなとこに来てるんだよ!」
「それを今から説明するんだよ!」
姐さんが説明してくれるそうだ。
「簡単に言うとリガシアが落ちたからだよ」
ふむ、本当に簡単だ。でもさ、それって二日前くらいの話だよな。動きが速いな。
「海賊がっ! 何処でその情報を!」
ヒデシ将軍も会話に参加してくる。あ、将軍、居たんですね。
「海賊は情報が命だからな。1日もあれば充分よ」
眼帯さんが髪の毛をふさあっと跳ね上げながら喋っている。うーん、ナルシスト系なんだろうか。
「私掠免状による約定があるからね。約定に従ってやって来たって感じね」
ほー、海賊にも免許があるのか。
「俺たちでちょっとリガシアを覗いてきたけどよ、足の速い俺らの船なら、まぁ何とかなると思うけどよ、あんたらの軍船でアレは無理だぜ」
あんたら覗いてきたのか。本当に足が速いんだな。
「にしても、ここにファットが居たのは運がいいな」
眼帯男がファットを指差している。
「俺様が? どういうことよ」
ファットが困惑している。
「あの大型に突っ込むのはお前の役目ってコトよ」
イーグルがガハハハと笑っている。
「つまり、足の速いあたいらの船で、他の小っこい船を足止めする」
「その隙間をお前のヘンテコ船が抜ける。悔しいが一番、小回りが利いて早いのがお前の船だからよ」
「そして、元凶を落としてくるってワケだ」
キザな眼帯さんが何やら不思議なポーズを決めている。
「海賊が、勝手なことを!」
ヒデシ将軍ってば叫んでばかりだよね。
「他に手が無いだろうがよ! お前らは俺らの邪魔はするんじゃねえぞ」
イーグルの言葉に、もう一度叫びそうになっていたヒデシ将軍を元将軍のお爺ちゃんが止める。
「ふむ。ご協力感謝する。が、軍が何もしなかったとあっては国民に説明が出来ぬのでな。我々も参加させて貰うとしよう」
「ほう」
アイズさんが口の端をあげて笑っている。何だろう、獲物を前に舌なめずりするタイプぽいよね。
「我々の軍船はサイズが大きいから、相手からしたら良い目標になるだろう。君らも動き易くなると思うんだがね」
「ちっ、しゃあねえな。俺らの足を引っ張るんじゃ無いぜ」
「おいおい、イーグルさんよ、お前の方が、足を引っ張る方なんじゃないか?」
「ファット、うるせぇよ! って、お、おい、お前!」
うん? 俺? いや、俺の後ろか?
「お前は、あん時の眼帯猫!」
うん? ミカンか。ミカンちゃんがどうしたの?
「そうだよ、お前だよ、お前!」
ミカンが首をかしげ、そして何かを思い出したのか、手をぽんと叩いている。
「ああ、あの時の海賊。生きていたのか」
うお、ミカンとひげ面に何か因縁があるのか?
「生きてるよ! 勝手に殺すなよ!」
「そうか、それは良かった」
ミカンちゃん、クールを演出するなぁ。
「ちっ、治癒術士に治療を依頼したら、べらぼうに高い金額を請求されたんだぞ!」
それはご愁傷様です。
「海賊行為をしたのだから、当然だろう」
「まだやってなかっただろうがよ!」
「まさか、お前、国の船を襲ったのかよ」
キザ眼帯さんが呆れたって感じで顔に手を当てている。何だろう、演技派だよね。
「イーグル、それはオススメしないねぇ」
イーグルが慌てて手を横に振る。
「いやいや、違う違う。船長とは話が通っていたのよ。あくまで旅のアクシデントって感じでイベントの一環だったのよ」
あー、ミカンちゃんがイベントって気付かずにぶちこわしちゃった系か。まぁ、ミカンちゃん、脳筋だもんね、仕方ないよね。
俺はミカンを見る。ミカンは意味が分かってないようだった。ま、知らない方が幸せなこともあるよね。
って、そんな場合か。行動するなら早い方がいいんじゃないか。
「じゃ、俺らは自分たちの船に戻るからよ。おい、ファット」
「なんだよ、イーグルの馬鹿野郎」
「うるせぇよ、馬鹿じゃねえよ! お前、これが終わったら本当に組合に入らねえか?」
ファットは腕を組み、少し考え答える。
「はん、ありがたい申し出だがよ、俺様にはお前らんとこは狭すぎるぜ」
「そうかよ。ま、考えとけよ」
海賊達が自分たちの船へと戻っていく。
「じゃ、俺様らも行くぜ」
ファットも自分の船に戻ろうとする。おいおい、ファットさんよ、誰か忘れてないかね。
『ファット、自分も行くぞ』
ファットに天啓を飛ばす。俺の天啓にファットは鼻をこすり、ニヤリと笑う。
「チャンプたちも来るのかよ、心強いぜ」
おうさ、俺も連れて行けよな。
さあ、ここからが逆転の開始だぜ。