4-36 空舞う聖院中央区画
―1―
薄暗い深海を抜け海上へと上昇していく。迷宮が浮上している?
海を抜け、そのまま空へと。ま、まさか、飛ぶのか?
「驚きましたかな、驚きましたかな!」
コラスが自慢の髭をいじりながらはしゃいでいる。随分と髭が大好きなようだな。
「初めて空を飛んだ感想はどうですかな!」
そこで皆が俺を見る。いや、あの、照れます……って、そんな場合じゃないだろうがッ!
「ふむ、初めての体験に言葉がありませんかな!」
ご満悦か!
「そして、ここからが、この『空飛ぶ聖院』の真の力ですよ」
コラスがとても楽しそうに喋っている。そして、猫耳少女の手を無理矢理動かし、台座を操作する。
何やら異音が室内に響き渡る。
「ふふふ、ふぁふぁふぁ、聞いていた通り、聞いていた通りですな!」
ふむふむ、コラスは何かの操作に夢中と。コウも猫耳少女の前に立っているだけで、コラスと同じように台座を見ているな。MPは? 少しだけなら、一瞬分だけならッ! うん、今しかないッ!
――《飛翔》――
即断即決。飛翔による高速移動なら把握しきれないだろ! これで猫耳少女を助け出せば一気に逆転だぜッ!
高速で迫るコラスとコウ、その瞬間、視界が真っ赤に染まった。な、危険感知?
俺はとっさにサイドアーム・アマラに持たせた真紅を下げ、サイドアーム・ナラカに持たせた潮の長銛を前に出す。そして、すぐに衝撃が走る。衝撃に耐えきれずサイドアーム・ナラカが消滅し、潮の長銛が転がる。俺自身も何かにぶつかった反動によって大きく吹き飛ばされる。な、な、な、な、なんだと。
「驚きましたな! これからが良い所だというのに無粋な魔獣ですな!」
俺は吹っ飛び、そのまま地面を転がっていた。
「いやいや、恐ろしい魔獣だヨ。今の動きは見えなかったヨ」
コウはそう言いながらこちらへと歩き、そして何も見えない所を叩く。
「この見えない壁が無ければ危なかったヨ」
くそ、くそ、クソがッ!
「お前達は何も出来ないんだから、そこで最高のショーを見学するんだヨ」
コウが透明な壁に手を当て、こちらへと話しかけてくる。その舌、引っこ抜いてやる。
無理矢理動かされた猫耳少女の手が台座をすべる。
そして、それは起動した。
俺たちの足下、海面に光の柱が走る。光の柱が通った後は、海水が蒸発し、海が割れ、道が出来ていた。な、なんだと。
「おおお、聞いていたよりも凄い威力なんだヨ」
「これは素晴らしい!」
これが『空舞う聖院』の力? まるで空飛ぶ破壊兵器じゃないかッ!
「この力があれば、すべての国を支配下に、いやッ! 私は神になれる!」
コラスが自分に酔いしれ髭を触りながらクルクルと回っている。
「そうだ、女神の時代が終わり、私こそが新世界の神になるのだ!」
言ってろよ、髭オヤジがッ!
「しかし、この力を私自身が自由に使えないのはいけませんなぁ」
猫耳少女が死んだら終わりだもんな。そんな借り物の力で神とかちゃんちゃらおかしいなッ!
「そういえば、帝国には人の意志をねじ曲げ自由に支配することが出来る魔法具があるとか、是非欲しいですなぁ。それがあればもっと私は自由に行動できるでしょう」
隷属の腕輪か。そんなモノがコイツに渡ったら……。
「ゼンラ帝がお前らに屈するとは思えないんだぜ!」
キョウのおっちゃんが叫ぶ。
「ほう、あなたは帝国の使者でしたな! ならば、この力を持って帝国を支配するとしましょう。その後でゆっくりと、その魔法具を手に入れるとしましょうかな!」
キョウのおっちゃんが、強く歯を――音が聞こえるほど噛み締める。怖い顔になってるぜ。
「おやおや、ご不満ですかな。ふむ、まだ力のほどが分からないと見える。さらにこの『空舞う聖院』には力がありましてな!」
再度、台座を操作すると『空舞う聖院』の周囲に無数の船が現れた。うん? 艦載機か? 何処かで見たようなデザインだな。って、ファットの船とそっくりじゃないかッ!
「この『空舞う聖院』に艦載されている空飛ぶ船ですよ。こちらにも先程のモノよりは弱いですが破壊の光がついてましてな。どうですかな、これだけの数から同じように、しかも空から攻撃されるというのは!」
おいおい、冗談じゃ無いぞ。
「うんうん、しかし、操作出来る資格を持った者がこれ一個というのは不安ですな」
おい、まさか。
「リーンをどうするつもりだっ!」
ミカンが叫ぶ。
「ふむふむ、ちょうど雌ですし、予備を作って貰うだけですかな」
その言葉にリーンが悲鳴を上げる。おま、ちょ、何を言っているんだ。
「お前は、そんな子どもにっ!」
ミカンちゃん、そうだよな。てめぇ、ロリコンかよッ!
「何を言っているんですか。何で私がこんな下賎の存在に、そこらのに適当に作らせますよ。予備は多ければ多いほどいいんですからな」
おいおい、最低じゃないか。
「自殺でもされたら面倒だからヨ、帝国にある魔法具は早く手に入れた方がいいと思うんだヨ」
こんなヤツらに隷属の腕輪を渡したら大変なことになるぞ。
「ふむふむ、そうですな。さてさて、あなた方は殺そうかと思っていたんですが、帝国に用事が出来たようですなぁ。そうなると帝国にツテのある方に伝言を頼んだ方が良いかもしれませんな」
今すぐ殺すだと。どうやってよ、どうやってやるってんだよ!
「コウ・コウよ、彼らは帝国に伝言を運んでくれるそうだ。ちゃんと帰れるようにご案内しなさい」
「はいヨ、コラスの旦那」
コウが透明な壁を抜けこちらへと歩いてくる。
「お前は、よくもっ!」
ミカンが刀に手をかける。
「おいおい、暴れないで欲しいヨ。それにあんたらの力は見せて貰ったからヨ。無駄だと思うヨ」
コウの挑発にミカンが抜刀する。そして、そのまま斬りかかる。って、ミカン、リーンはいいのかよッ! いやまぁ、俺の言えたことじゃないけどさ。
しかし、ミカンは何も無い所を斬りかかっていた。え? 何をしている? いや、コウが何かをしたのか?
ミカンが驚き周囲をキョロキョロと見回している。
「はい、ご苦労さんヨ」
コウが、その言葉ともにミカンの腹へ拳を叩き付けていた。こちらからだとミカンが見当違いの方向へ斬りかかったようにしか見えなかったぞ。
「はいはい、実力差があるんだから、暴れないで欲しいヨ」
ど、どういうことだ?
「まさか、今まで手を抜いていたとでも? あり得ないんだぜ」
「いやいや、手は抜いてないヨ。隠しているモノが多かっただけだヨ」
あの魔石核とやらが関係しているのか?
「くっ、何をした!」
ミカンがお腹を押さえながら喋る。
「言う訳無いだろうがヨ、馬鹿かヨ。はい、行くヨ」
コウが俺たちを無視して歩き出す。
「お前らにとってあの少女は殺すことが出来ない大事な存在のはずなんだぜ。なら、手が出せないなら、人質になりようがないんだぜ。なら、ここでお前を倒せば……」
キョウのおっちゃんの言葉にコウがため息を吐く。
「お前らで俺が倒せると? それは面白いヨ。確かに試してみるのは面白そうだヨ。それとナ、確かにあの餓鬼は殺すことは出来ないヨ、でも殺すより酷い目にあわすことは簡単ヨ」
「なんだと!」
「はいはい、分かったらついてくるヨ。ここは一旦、無事に撤退するのがいいヨ、正解だヨ。そしてゆっくり作戦を考えて、もう一度来るがいいヨ」
くそ、俺は魔石の恨み、忘れないからな。