4-26 逃げるんだよ
―1―
さあ、みんなのところに戻ろう。
「ところでラン殿、頼みがあるのだが」
どったの、ミカンちゃん。
「すまぬが、この糸を取ってくれないだろうか」
あ、すまぬ、すまぬ。
すぐに魔法糸を解除する。解除と共に糸がするすると地面にこぼれ落ちる。
「かたじけない」
と、そうだ。
――[ヒールレイン]――
癒やしの雨が俺とミカンの上に降り注ぐ。抉れてボロボロになったミカンちゃんの手の傷を癒やしておかないとね。ついで、ついで。
「この力は……」
回復魔法だよ。凄いっしょ、凄いっしょ。
「かたじけない……、む、それでも無理だったか」
うん? どったの?
「いえ、何でもない」
そ、そうか。
さ、さあ、改めてみんなのところに戻ろうか。
森を戻り、別荘の前に。お、キョウのおっちゃんも首がコキってなった猫人族の人も無事みたいだ。良かった、良かった。これでお互いに禍根無しだね。
「旦那、待ってたんだぜ……って、ん?」
キョウのおっちゃんどうしたの?
「いや、仲良く戻ってきてるから、びっくりしたんだぜ」
ああ、そっちか。そうそう、今はもう誤解も解けて仲良しなんだぜ。
「すまぬ、どうやら、そちらとこちらに誤解があったようだ」
ミカンさんが喋る。そうだよ、誤解だったんだよ。
「どういうことなんだぜ」
こういうことなんだぜ。
「私たちは、謎の襲撃からリーンを守ってここへ退避していたのだ」
そうなのだ。
「それを信用しろって? きついんだぜ」
えー、なんでよ、そこは信用しようよ。
「私はミカンだ。ラン殿の……知り合い……?」
そこでこちらを不安そうに見るミカン。あのね、何でこっちを見るの? 仲間じゃん。
ジョアンも不安そうにこちらとキョウのおっちゃん、ミカンを見比べている。コウさんは舌を出したり、引っ込めたり、楽しそうだ。
キョウのおっちゃんがこちらを見る。あー、もうね、知り合いで間違いないよ。
「一応、信用するんだぜ」
キョウのおっちゃんは疑り深いなぁ。
「ふむ、候補者の娘が攫われたって情報がこっちには来ていたヨ」
そうそう、そういう話だったよね。
「どういうことだ!」
どうどう、ミカンちゃん、声を荒げない荒げない。
「言葉通りの意味ヨ。だから宰相の旦那は救出のために兵を派遣していたヨ。賊の中に手練れの眼帯が居たって、それって、あんたのコトだヨね?」
そういえば、ミカンちゃん、眼帯しているね。怪我でもしたんだろうか。あー、さっきの無理って眼帯の下の傷が治らなかったってコトか。時間をおくと回復魔法の効果がなくなるのかな。
「まさか、この国の兵士だったのか?」
うーん、そうなのか?
「どうやらお互い誤解があったようだヨ」
コウさんの言葉にミカンが頷く。
「ところで候補者の娘はここに居るのかな?」
コウさんの言葉にミカンが首を振る。
「すでに他の場所に移って貰っている」
あ、そうなんだ。
「ふむ、じゃあ、とりあえず宰相の旦那と話した方がいいかもネ」
そうだね。
うんじゃ、戻りますか!
「ちょっと待って欲しい」
ミカンがもう一人の猫人族と何やら会話している。ふむ、どうやら、あの猫人族さん、この別荘の管理人さんだったみたいだね。うわあ、ちょっとかわいそうなことをしてしまったなぁ。
「宰相の元には私が行こう」
あ、ミカンちゃんが一人で来るのね。はいはい、では行きますか!
―2―
ホーシアに戻ってきた頃には日が落ち始めていた。む、こんな時間にお邪魔してもいいのかなぁ。
「宰相の旦那の元に着く頃には夜だヨ」
そうだね。
「日を改める暇はないんだぜ」
あると思うんだけどなぁ。
「マスター、あの猫はチラチラとこちらを見ているようですが、ひねり潰してきましょうか」
いや、そんなことをしなくていいから。って、14型さん、急に話しかけてこないでください。
「シシシ、宰相の旦那は夜遅くまで起きているから大丈夫ヨ」
そうは言っても礼儀知らずな行動じゃない?
「大丈夫、大丈夫ヨ」
コウさんの言葉に従って、艦橋へ歩を進める。おうおう、もう真っ暗だぜ。
「入るヨ」
兵の居る一階を抜け、宰相の元へ。
相変わらず宰相は玉座の上にふんぞり返っていた。遅くまで起きているって言うから、何か仕事をしているのかと思えば、いやまぁ、偉そうにするのも仕事なのかもしれないけどさ、俺たちが戻ってきたのに、その態度はどうよ。
「コウ・コウよ、どうだった?」
宰相がつるんと伸びたチョビ髭を触りながら喋る。あー、あのチョビ髭剃り落としたくなるなぁ。
「誤解だったヨ」
コウさんの言葉に宰相は首をかしげる。そりゃまぁ、そうか。
「俺から話すんだぜ。この眼帯の猫人族の娘は候補者の少女の護衛なんだぜ。つまり情報が間違っていて護衛に兵を差し向けていたみたいなんだぜ」
キョウのおっちゃんの解説を頷きながら聞いているチョビ髭。ホント、申し訳ないけどムカつく顔だよなぁ。顔は性格と関係無いって分かっていてもムカつく面構えだよなぁ。
「おお、そうだったんですか! それは本当に申し訳ない。一体、何処でそのような情報の間違いが……」
「あんたはもっと信頼の置ける情報収集のツテを見つけた方がいいと思うんだぜ」
情報って重要だよね。ちゃんと扱えていれば、今回みたいな誤解も生じなかったしね。
「心にとどめておきますよ」
そうしてください。
「ところで、候補者の娘が見えないようですが、どちらに?」
「それは言えない」
宰相の言葉にミカンが応える。
「ふむ、こちらに来ていない、と。用心深いんですな」
そうだよね。
「ふむ、誤解も解けたことですし、後は私が彼女の面倒をみますよ」
「こちらで事足りている」
「私は宰相ですよ」
「む」
「では、私が会いに行くのは駄目ですか?」
「その必要が無い」
「何故ですか?」
「リーンが会いたがっていないからだ、だから案内出来ない」
「案内出来ない……。つまり、彼女の場所は知っていると言うことですか」
「む、それが」
「兵よ! ここに賊が居る! であえ、であえー!」
へ?
「いやあ、娘の場所を知っている人が来てくれて良かったですよ。後は無理矢理にでも吐いて貰いますかね」
へ?
へ?
へ?
えー。
背後の扉から次々と兵が現れ、取り囲まれる。
「宰相殿これは?」
兵の一人が口を開く。
「こやつらが候補者リーンを攫った賊の一味だ」
その言葉に兵士たちが剣を抜く。
「コウ殿もですか?」
宰相に再度確認を取る兵士。この人がリーダーなのかなぁ。
「コウ・コウ何をしている!」
宰相が叫ぶ。その叫びに首を振るコウさん。
「シシシ、ちょっと気が変わったヨ」
うん?
「コウ・コウ、どういうことだ?」
「こちらの方が面白そうだってことヨ!」
そう叫ぶと共に手に持った鉄鞭を振り払い、兵士たちを吹き飛ばす。ちょ、ま、へ?
「旦那、これは逃げた方が良さそうなんだぜ」
「ラン!」
「マスター、全て殲滅する方がよろしいですよ」
「すまぬ」
もうね、各々が好き勝手に、あー、もう! 逃げるか!
――[アイスウォール]――
――[アイスウォール]――
――[アイスウォール]――
三方に氷の壁を張り、周囲から兵に襲われるのを防ぐ。これでMPきっつきっつだよ。
「こっちだヨ!」
コウさんが鉄鞭を振るい、正面、出口の兵士を吹き飛ばす。うう、兵士の皆さん、ごめんよ。
「逃げるんだぜ、小僧遅れるんじゃないんだぜ」
「ふん、僕が!」
あー、はいはい、そういうのはいいからすぐに逃げようぜ。
次々と現れる兵の攻撃をジョアンが防ぎ、コウさんが吹き飛ばし、キョウのおっちゃんとミカンが道を作る。逃げるんだぜ!
「で、逃げるアテはあるのか、どうなんだぜ」
そうだよ、どこに逃げるのよ。
「ついてきて欲しい」
ミカンがそんなことを言う。
「シシシ、面白くなってきたヨ」
何だよ、この蜥蜴さん、面白ければそれでいい系の人か?
「リーンの祖父の家に向かう」
あー、元将軍の家か。じゃ、道案内お願いします。
にしても宰相さん、悪者だったか。いやね、如何にも小悪党というか、無能というか、それぽかったじゃん。だから、そんな現実に如何にも悪人が、本当に悪人だったみたいなことはないだろうなぁって安易に考えていたんだよね。無能だから苦労しているんだな、とか、自分の力量以上の仕事を任されて大変なんだなって、ちょっと同情していたのにさ。
うーん、裏切られた気分だよ!