4-14 月と宴会
―1―
宴会が始まる。
ネウシス号の一室に保管されていた宴会グッズを浜辺に並べていく猫人族たち。ネウシス号の中には他にも部屋があったのか。
鉄網を乗せた大きな七輪のようなモノ。それに乗せられる巨大な烏賊足。やっぱりかッ!
そうだよね、烏賊焼きだよね。せっかくの獲物だもん、食べちゃわないとね!
烏賊が焼けるいい匂いが周囲に立ちこめる。うん、美味しそうだ。大きくなると大味になったり、臭くなったりすることが多いと思ったんだけど、この世界では普通に美味しそうな感じだな。
「チャンプ、受け取れよ!」
ファットから陶器で出来た深皿のようなモノを受け取る。おいおい、この手だと持つの大変なんだぞ? で、何だ、何だ?
ファットが俺の受け取った陶器の深皿へ何かの液体を注ぐ。まさか、酒かッ!
「飲め」
おうさ、飲んでみるか。俺は陶器の深皿を自分の手からサイドアーム・ナラカに持ち直し、そのまま飲む。ごくごくごくりんこっと。甘い、なんだコレ、超甘い。
「おいおい、青い肌に赤い線が入ったかよ」
ファットが幸せそうな顔で、こちらを見ながら大きな器に注がれた飲み物を飲んでいる。他の猫人族たちも幸せそうな顔で浴びるように飲み続けている。何だ、何だ、ヤバイ飲み物なのか?
「この匂い……月恋酒なんだぜ」
キョウのおっちゃんがふらふらとした足取りでこちらへ。お! 起きたんだね。いやぁ、キョウのおっちゃんが無事で良かったよ。って、やっぱりお酒なのか。
「帝都でお祝いの時に飲むちょっと高いお酒なんだぜ」
へぇ。さすがはキョウのおっちゃん、体調不良でも解説は怠らないんだぜ!
「そうよ。昔々に新しい月の誕生を祝って作られた甘い甘い飲み物よ」
フラフラと歩いているファットが説明してくれる。って、もう酔ったのかよ!
焼き上がった烏賊の切り身も渡される。おー、俺が倒した烏賊だね。さっそく食べるぜ。もしゃもしゃ。
もしゃもしゃ。
うんうん、風味が凄いね。口の中でうまみが踊っているかのようだ。そうだッ! これに魚醤をかけると……。14型さん、あなたの手荷物から魚醤を出してくださいな。
14型から魚醤を受け取り、烏賊の上からかける。うひょー、熱々の烏賊に醤油とか最高じゃん。そう言えば、この魚醤ってさ、字幕が魚醤だったから、勝手に魚から作られた魚醤だと思い込んでいたけどさ、もしかして違うのか? だってさ、すっごく醤油と同じ味だもん。魚から作られたとは限らないよな? よし、今度、食堂で聞いてみよう。
猫人族と歌い踊り、騒ぎ、やがて夜が明けた。
―2―
「お前らはよ、ホーシアへ行きたいんだよな」
ファットは語る。おうさ。
「魔獣は居なくなった。これで大丈夫よ」
おうさ。
「旦那、どうするんだぜ」
へ? どういうこと?
「お前らは、もう別に海賊の俺様たちの船じゃなくてもよ、ホーシアに行けるようになったってコトよ」
あー、そうか。キングクラーケンを倒したことで魔獣大量発生問題は解決したから、普通にホーシア行きの船が出るようになったってコトか。いや、でもさ、送ってくれるって言ったのファットじゃんよ、何で、急にそんなことを言い出すんだ?
『ファット、ホーシアへは送ってくれないのか?』
俺は天啓を飛ばす。そんな俺をキョウのおっちゃんが複雑な顔で見ている。うん?
「いいのかよ。もう一度言うぜ、俺様たちは海賊よ」
そうだね。
「そんな船に乗ってホーシアに向かうのかよ」
ああ、それを気にしていたのか。いや、でもさ、神国の姫さまもファットの船でホーシアに行ったんだろ? 気にするだけおかしく無い? 今更だよね。昨日、一緒にキングクラーケンを退治した仲じゃんかよ。
『ファット頼む』
俺の天啓にファットがその豹のような頭に手をやり、ぽりぽりと掻く。
「仕方ねえよなぁ、そんなに俺様のネウシス号が気に入ったのかよ」
そのまま片目をつむり、にやりと笑う。おうよ、お前のネウシス号が気に入ったんだよ。
「よっしゃ、で、いつ行くよ」
そうだよね。俺としては鉄の矢も補充したいしさ、もうちょっと後がいいかなぁ。早くても明日とかかなぁ。
「すぐに頼みたいんだぜ」
へ、え、ちょ、キョウのおっちゃん。そんな焦る理由があるの?
「聞いたな、お前ら!」
「あいあいさー」
ファットの叫びに他の猫人族が応える。あー、もうこうなったら止められないか。ま、仕方ない、出発でいいか。
「一旦、アジトに戻って準備する。そして、そのまま出発よ!」
バンダナを巻いた猫人族の皆様が浜辺で行った宴会の後片付けをする。後片付けは大事だよね。いやぁ、でもさ、二日酔いとかにならなくて良かったぜ。もしかして、この体って酔わないのかな? お酒というと、この世界に来ての嫌なことを思い出すけどさ、今回の宴会で楽しいことに上書きされた感じかな。うむす、そろそろ、この世界の色々なお酒に手を出してみるか? にひひ。
―3―
ホーシアに向けてネウシス号が出発する。
出発進行。よーそろー。
穏やかな海を進む。進むよ、進むよー。
そう言えばさ、ホーシアまでの距離ってどんなもんなんだろう。何日かかかるのか? いやぁ、その辺、全然確認してなかったよね。
ネウシス号の船室、何も無い壁に線が入り、そこが開かれる。
「旦那……」
中から弱々しい足取りでキョウのおっちゃんが現れる。いやあ、キョウのおっちゃん、乗り物に弱いぽいのに頑張るなぁ。
「頼むんだぜ」
仕方ないなぁ。14型さん、お願いします。
「マスター……。はぁ、仕方ないですね」
14型が優雅にお辞儀をする。こう見ると、ほんとメイドさんみたいだよね。
14型がキョウのおっちゃんの額に指を突きつける。キョウのおっちゃんの額に14型の指が触れた瞬間、キョウのおっちゃんがガクンと膝を折り、そのまま崩れ落ちる。触れただけで気絶させるとか14型さん、恐ろしいですなぁ。
ネウシス号に揺られ、何事も起きないまま二日が過ぎ、そして三日目の朝。
「もうすぐホーシアよ」
ファットの声に目が覚める。そうか。
「甲板に出て見てみるか?」
いや、ここの映像でも充分な気もするけどなぁ。まぁ、実際に自分の目で見た方が分かりやすいのかな。
甲板に出ると生暖かい潮風が吹いていた。じんわりと熱いな。うーん、俺ってば寒いのは得意だけど暑さには弱そうだなぁ。
やがて大きな船が見えてきた。船の上には幾つもの大きな建物が見える。船の上で暮らしているのか?
これがホーシアか!