4-10 渦の中心
―1―
船を進めていくと天候が崩れてきた。おいおい、嵐の中を進むとか洒落にならないぜ。特に俺の後ろで倒れているキョウのおっちゃんが洒落にならないことになると思うんだぜ。
キョウのおっちゃんってば、三半規管が弱いのかな。そういえば、転移でも吐きそうになっていたよね。結構、空中を飛び回るとかアクティブに動いているのになぁ。自分で動くのと動かされるのは違うってコトかな。
外が暗くなり、ぽつりぽつりと雨が降ってくる。おいおい、雨の中、魔獣と戦うのか? しかもさ、これって、どうやって戦うんだ? 甲板で戦うんだよな、落ちたら洒落にならないぞ。
「そろそろ、魔獣の巣よ! お前ら、準備はいいかー!」
「出来てるでやんすー」
「あいあいさー」
バンダナを巻いた猫人族たちが弓を手に声をあげる。えーっと、俺も行った方がいいんだよね。って、あれ? まだ甲板には上がらないのか。
船内に映し出されている映像には大量の魔獣が映し出されている。ヒレだけが海面上にみえている魔獣や飛び跳ねている巨大な魚等々。まだ戦わないの?
高速で動くネウシス号が大量の魔獣をすり抜けていく。うひぃ、急制動は体がすべる。おおう、キョウのおっちゃんが大変なことになってる。れろれろ状態だ。と、意外にもジョアンは、この中でも普通に立っているな。足腰がしっかりしているのか? まぁ、メイン盾だからね。
「お前ら、そろそろ出番よ!」
ファットが大きな声で叫ぶ。
「あいあいさー」
バンダナを巻いた猫人族がぞろぞろと甲板へと上がっていく。あれ? ファットは上がらないの?
「チャンプよぅ、誰がこの船を動かすんだよ!」
あ、それもそうか。って、ファット一人で、この船が動かせるなら、他の猫人族は何のためにいるんだ?
「俺様一人だと船の操縦しか出来ないだろうがよ、それ以外のことに弟分が必要よ」
う、うーん、まぁ、微妙に納得って感じかなぁ。
さて、俺も甲板に向かいますか。14型はそこに転がっているキョウのおっちゃんをお願いなんだぜ。
「何で、私がマスター以外の面倒を……」
はいはい、小言は後で聞くからお願いね。
「僕は行くぞ!」
はいはい、ジョアンは頼むよ。じゃ、俺も弓を持っていきますか。って、海だから、ここでも水天一碧の弓は使えそうに無いか……。うーん、せっかくの属性弓なのに使う機会がないって勿体ないよなぁ。
―2―
甲板に出た俺に激しい雨が降り注ぐ。うひぃ、大雨か。風が強くないのだけが救いだな。この船って手すりとか無いから油断すると落ちそうだな。
「チャンプ、これでやんすー」
一人の猫人族がロープを投げてくる。
「体に結びつける」
ああー、そういうことね。サイドアーム・アマラと自分の手を使い、受け取ったロープを体に結びつける。む、むぅ、中身が出そうな気分だ。
ゆっくりとした動作だが、ジョアンも受け取ったロープを体に巻き付けていく。
「チャンプよぅ、俺が右とか左とか叫んだら、そっちに動くってコトだから、落ちねぇように踏ん張れよ!」
船の表面からファットの声が聞こえる。うお、びっくりした。これ、どんな技術だ? ま、まぁ、そういう感じで落ちないようにするワケね。ま、まぁ、頑張りますか。
「来る!」
ジョアンが叫ぶ。進んでいく前方には無数の崩れた板きれが、そして、その板きれには骨たちが――スケルトンか?
「スケルトンメイジでやんす。魔法を撃ってくる前に倒すでやんす」
倒すってどうやってよ。あ、弓か。
猫人族たちが弓に紐のついた銛を番えはじめる。ひょ?
そして、そのまま無数の弓から銛が放たれる。銛がスケルトンメイジの体にひっかかる。
「兄貴ー、たのんますー」
「よっしゃー、お前らー、右旋回!」
響くファットの声。
「あいあいさー」
あ、これ踏ん張らないと駄目なパターンか。バンダナ猫人族たちと一緒にハッチ部分に掴まる。それに合わせて船が旋回する。その勢いに引っ張られ、スケルトンメイジたちが海へと落ちる。
「魔法が!」
ジョアンが叫ぶと共に大盾を構える。お、ちゃんと宝櫃の盾じゃない方なんだね。
海に落ちきらなかったスケルトンメイジから魔法が放たれる。次々と飛んでくる火の玉。雨の中でも火の玉が飛ぶのかよ、さすがは魔法。
――[アイスウォール]――
俺は氷の壁を張る。
さらに海中から顔だけを覗かせた魚が水の球を飛ばす。
「これも!」
氷の壁を抜けてきた火の玉を大盾で防ぎ、水の球を宝櫃の盾で打ち払う。なーいす。って、水の球は魔法属性じゃないのか。うーん。魔法とそれ以外の違いってイマイチわからないなぁ。それにさ、魔法を普通に大盾で受けてるけど大丈夫なのか? なんだろう、実はその大盾、結構いい盾なのか? 後で、こっそり鑑定しておこうかなー。
「あ!」
大盾を振り回してバランスを崩したのか、ジョアンが甲板から滑り、転ける。さらに結んでいたはずの紐が、結び方が悪かったのか、ほどけていく。ジョアン、お前!
ジョアンの体が、そのまま甲板を滑っていく。
――《魔法糸》――
とっさに魔法糸を飛ばし、ジョアンを回収する。危ないなぁ、もう。
船の旋回が止まり、またネウシス号が魔獣の先へと動き出す。よーし、次は俺が活躍する番かな!
俺はコンポジットボウに鉄の矢を番える。ひゃっはー、狙い撃つぜ!
スケルトンメイジの硬い頭骨を鉄の矢で貫いていく。ふっふっふ、どうよ、どうよ。俺の狙いの正確さ。この姿でも弓を扱ってる俺ってば凄い? 凄くない?
俺に打ち抜かれたスケルトンメイジが崩れ海に沈んでいく。って、おい、俺の鉄の矢……。し、しまったぁ、これ回収できないじゃん。
ショックを受けている俺の右に赤い点が灯る。しまった。
「僕が!」
右から鋭い角を持った魚が飛びかかってきていた。そこへ体勢を立て直したジョアンが宝櫃の盾を構え弾き返す。宝櫃の盾に当たり、角を折られた魚が海へと消えていく。
忙しいなぁ。
無数の魔獣を捌きながら進んでいくと、大きな渦が見えてきた。それに合わせて、天候も悪化していく。雨だけではなく、近くを走る稲光が見える。おいおい、こんな雷の中、戦うのか?
やがて渦の中心から巨大な烏賊の頭が現れた。