4-7 ファット
―1―
では本日は奇岩島に出発ですね。
準備を終え、港町の外へ。さあて、朝と夜なら浜辺に道が出来ているんだよな。ジャイアントクラブと戦った浜辺だよね。ここってさ、結構、港町から近いけど、こんなところに魔獣が出ていたとか――本当に大丈夫なのか?
確か、奇岩島も小迷宮なんだよな。迷宮に人が住んで大丈夫なのか? 魔獣とかガシガシ出現するんじゃないのか?
潮が引き、浜辺には昨日存在しなかった道が現れていた。そして道の先には岩で出来たトゲのような塔? が現れていた。あれ? この塔みたいなのも昨日は無かったよね。これが奇岩島か。
現れた砂浜の道を歩いて行く。これ、通れるのが朝と夜だけなのか? それってさ、住んでいるファット団の連中は不便なんじゃないか? というか、昨日の連中は、あの後、夜までこの浜辺で待っていたんだろうか? うーん、よく分からないな。
岩トゲの塔の前に。これ、この通ってきた道が結構浅いからさ、潮が引いてなくても通れそうだよね。あー、分かった! もしかして朝と夜だけって、塔の出現が朝と夜ってだけで、潮が引くのは関係ないのか? ありそう。勝手に引き潮で通れるようになるとか思い込んでいたけど、この世界に引き潮があるのかも分からないもんね。
塔の周囲はごつごつとした岩で出来た島になっている。これ、どうやって現れたり、消えたりしているんだろう? 入り口を探して塔を一周してみる。うーん、あんまり大きくないよね。どちらかというと地下へ降りるシェルターの入り口って感じか。
「旦那、これが入り口だと思うんだぜ」
塔の周囲をぐるぐる廻っていた俺をキョウのおっちゃんが呼び止める。お、おっちゃんも入り口を見つけたんだな。
「これなんだぜ」
キョウのおっちゃんが壁についている岩の塊に偽装されたスイッチを押す。これ、他の人は気付かないよね。俺はボタンって線が見えていたから、最初から気付いていたけどね!
キョウのおっちゃんがスイッチを押すと岩で作られた塔の壁が大きな音を立てて開いていく。さあて、ここがファット団の根城ってヤツか。
―2―
塔の中は石で出来た螺旋階段になっていた。ふむ、これを下っていくワケね。螺旋階段を降りていくと石の門が有り、それに木で作られた粗末な扉が付けられていた。そして、その木の扉の前にバンダナをした猫人族が寝ていた。あー、もしもし。
「むにゃむにゃ、む、にゃ、なんだ、あんたら」
俺たちに気付いたのか寝ていた猫人族が跳ね起きる。
『すまない。船を出して貰いたくて来たのだが、話の分かる人に取り次いで貰えないだろうか?』
俺の天啓に猫人族がキョロキョロと周囲を見回す。
「頭の中に声が響いた! 凄い!」
いや、あのー、俺の天啓、届いている?
「あー、はいはい、ファットの兄貴のとこに案内したらいいのかなー。って、魔獣だー!」
いや、あの俺は悪い魔獣じゃないよ。
「うん、うん、ううん? あー、もしかしてチャンプか。だよね、だよね。聞いてた特徴とそっくりだ」
いや、あの、またか。チャンプって呼び方好きじゃない。
門に居た猫人族の案内で中を進んでいく。
「いやー、でもー、こっちから来る人が居るとは思わなかったよー」
うん? ううん? こっちってどういうこと?
「港町で、教えて貰ったんだぜ?」
だよ、そうだよ。
「うひゃー、騙されたね。いや、騙したワケでもないのかなー。こっちは裏口だよー」
へ? 裏口?
「毎回、毎回、こんな朝と夜だけの道を通っていたら不便だよー」
た、確かにそうだけどさ。では、何処から入るのよ。
「浜辺をもうちょっと行くと崖があるんだけど、その下に洞窟があって、そっちが入り口だよ。船もそこに止まっているからね」
あ! そうだよ、船だよ。船に乗せて貰いに来たのに、その船が係留していないってあり得ないよね。そんな場所が住み処なワケがないよなぁ。うーん、俺ってば、頭が回ってないなぁ。
「こっち、こっちだよ」
薄暗い迷宮内を歩いていく。
「どうした、どうした」
「お客?」
「あー、芋虫の!」
俺たちが歩いていると、次々とバンダナを巻いた猫人族が現れる。おうおう、ぞろぞろと暇なのか。
「うひょー、本物だよー」
偽物とかいません。
「なあ、チャンプ触っていいか」
駄目です。
「ファットの兄貴はこの奥だよ」
ぞろぞろと数人の猫人族を連れて大きな扉の前に。うーん、小迷宮なのに、魔獣とかはいないんだな。
じゃ、入りますか。
―3―
扉の奥には大きな玉座のような椅子があり、その椅子の上に豹を思わせる精悍な顔つきの猫人族がいた。目を閉じ瞑想でもしているかのようだ。あれがファットか。あれー? ファットなのにデブじゃないんだ。てっきり偉そうなデブ猫を想像していたんだけどなぁ。
「兄貴ー、お客さんだよー」
しかし、玉座に座っている猫人族は応えない。
「兄貴ー」
やはり返事は無い。
……。
…………。
玉座に座った猫人族から「グウォォォー」っと、いびきが響く。って、おい、寝てるのかよ!
「兄貴ー、兄貴ー!」
案内してくれた猫人族が玉座の元へ行き、寝ているファットを揺する。兄貴起きてくださいよーって感じだね。
「うんあー、はっ!」
激しく揺さぶられ、やっと目が覚めたのか、椅子を後ろに倒しながら跳ね起きる。
「どうした、襲撃か? 朝食か!」
いや、なんで襲撃と朝食が一緒なんだよ。
「兄貴、お客さんだよ」
ファットが激しく頭を振る。
「よし、朝食だな!」
目が覚めたファットの最初の台詞はそれだった。あ、はい、そうですね。
そして、そのままの流れで何故かファットたちと食事をすることに。
ぞろぞろと猫人族を引き連れたまま、食堂として使っている部屋に案内される。部屋の中央には鉄網の置かれた台が――って、バーベキューでもやるのか? 朝から? 迷宮の中で?
中央の台に火を入れる。ああ、これ、魔石とかで起動する訳じゃなくて、普通に火を付けるんだね。
そして猫人族たちが数人がかりで巨大なカニの爪を持ってくる。
「うひょー、今日は朝から焼き蟹か!」
ファットは大喜びだ。
熱くなった鉄網の上に巨大なカニ爪が乗せられ、ジュウジュウと焼けていく。うーん、焼き蟹かぁ。俺は蟹は茹でるモノだと思っているからなぁ。焼き蟹をありがたがるのが分からないぜ。蟹なら茹でるべきだろ!
蟹が焼け、もうもうと煙が立ちのぼる。おいおい、迷宮の中で、こんな煙を出して大丈夫なのか? 充満して死んじゃうんじゃね?
「大丈夫だよー。迷宮の中だと勝手に煙が消えるんだよー」
俺が煙を振り払っていると、近くに居た猫人族が、そんな風に説明してくれた。ほう、便利なモノだな。
「ラン、食事が楽しみだと踊るのか……」
ジョアンがそんなことを言っている。ちょ、踊ってないし、煙を振り払っていただけだし。そりゃあ、確かに手が短いけどさ、酷いんだぜ。
「おっしゃー。そろそろか!」
ファットが何処から取り出したのか巨大なハンマーを引っ張ってくる。そして焼けて熱くなった蟹に叩き付け固い殻を割る。
「よっしゃー、みんなー! 食うぜ!」
ファットの号令に他の猫人族たちが手をあげ続いていく。
「俺たちゃー、海賊さー」
猫人族が陽気に歌いながら蟹肉をつまんでいく。よっしゃ、俺たちも食うぜ!
もしゃもしゃもしゃもしゃもしゃ。
もしゃ?
うん、もしゃもしゃ。
うん、これは蟹だな。
蟹だ!
サイズが大きいから、もっと味が薄いかと思ったんだが。うん、しっかりと身が引き締まっているし、濃厚すぎない柔らかな風味があるな。これはアレだ、ちょっと身の硬いズワイガニだ。ああ、やっぱり『焼き』より『茹で』で食べたかったなぁ。よし、今度、倒して茹でよう!
「で、客人、何の用なんだ」
ファットが蟹肉を咥えながら、そう言った。
うん、締まらないなぁ。