3-121 それは卵か、鶏か
―1―
全員で透明な円形の筒に入ったリフトに乗ると筒の入り口が閉まった。そのままリフトが上昇していく。狭い透明な筒の中をぎゅうぎゅう詰めになってリフトが登り切るのを耐える。
「狭いんだぜ。もう少し寄って欲しいんだぜ」
これ以上寄れないってば。
ジョアンは透明な壁に張り付き、外の風景を楽しそうに見ている。こうしてみると、まだまだ子どもだよなぁ。
14型はリフトの真ん中で優雅な仕草で堂々と立っている。こ、こいつが場所を取っているから狭いんじゃないですかね。
小っこい羽猫は俺の頭の上で眠っているようだ。この子はホント、何処でも変わらないな。
やがて頂上が見えてくる。
透明な筒が開き、頂上の通路へ。
道幅は100メートルほどの手すりもないような平坦な道。落ちたら大怪我するね。
俺たちがそんな頂上へ降り立つと、後ろの透明な筒が閉まる。更に道の端と端を中心として大きく円を描くように青い霧が立ち上がる。な、何だ?
「これは世界の壁の防衛機構なんだぜ。魔族を防ぐ障壁……何で今頃なんだぜ」
ああ、これがそうか……って、今頃起動とか、それなら一気に飛翔で近道出来たんじゃないか! ま、まぁ今更な話だけどさ。でも、これが起動したってことは、もう魔族は侵入できない? 今回のクエストクリアってコト?
「いや、違うんだぜ。障壁がこの周辺だけなんだぜ。あくまで何かの前触れとしか思えないんだぜ」
ちょ、キョウのおっちゃん、不安になることを言うなよ。
その時だった、道の端から巨大な手が現れる。俺たちの進む先を塞ぐかのように道を掴む巨大な掌。更に後方にも同じような巨大な手が現れ、道を掴む。
そして巨人が現れた。
―2―
現れたのは青く淀んだ水の体を持った巨人だった。道を掴み、体を持ち上げている。ああ、前も後ろも手によって道が塞がれているな。
こいつが、この水の巨人が、世界の壁のボスかッ!
と、とりあえず鑑定しておくか。
【名前:北条ゆらと】
【種族:リキッドジャイアント】
え?
ええ?
な、名前があるのか? もしかしてと思ったんだが……う、うーん。こんな液体みたいな形状ですが、意外と会話が出来るとか? にしてもゆらとさんですか。凄い和風な感じのお名前ですね。誰が付けたんだろうか。
水の巨人が大きな咆哮をあげる。そして、右、左と交互に水の手を叩き付ける。……戦うしかないのか?
「旦那、ぼーっとしていると危ないんだぜ!」
あ、ああ。そうだな。
戦いが始まる。
水の巨人は右手で道を掴み、左手でこちらを殴りかかってくる。
「僕が!」
ジョアンが宝箱の蓋を構え迎え撃つ。
巨人の左手はジョアンの構えた宝箱の蓋を抜け、その後ろに居たジョアンを吹き飛ばす。え? ってッ!
――《魔法糸》――
魔法糸を飛ばし、吹き飛ばされたジョアンを回収する。抜けただと。そうか液体だからか――蓋の表面を別れて抜けていったのか。
――[ヒールレイン]――
いきなりの回復魔法だが、ジョアンを回復しておかないとメイン盾が居ないのは危険だからね。
「う、うう、まだまだ……」
おう、頼むぜ。
水の巨人が今度は左手で道を掴み、右手を縦にし、なぎ払うように道の上を、こちらへと滑らせてくる。
「旦那、任せるんだぜ!」
キョウのおっちゃんが水流のナイフを構え、巨大な右手に斬りかかる。小さなナイフが巨大な手と拮抗する。あ! そうか、水の流れを操って押し返そうとしているのか。キョウのおっちゃん使いこなしているじゃん。
「旦那、不味い、押し負けるんだぜ」
ちょ、早ッ! って、えーっと、どうするどうする?
――[アイスウォール]――
氷の壁をキョウのおっちゃんと右手の間に張る。氷の壁が巨大な右手を押し返す。氷の壁によって邪魔された巨人は右手を戻し、そのまま道を掴む。よし、何とかなった!
道の上に両手を乗せた巨人が頭を大きく後ろに下げる。今度は何をやってくる?
視界が赤く染まる。
水の巨人が巨大な頭を床へと叩き付けてくる。
「防ぐ!」
ジョアンが宝箱の蓋を地面へと置き、両手を掲げる。まさか、受け止めるつもりか? 確かに、その篭手は水を掴めるみたいだけど、普通に無理だろ。
「俺もいるんだぜ!」
キョウのおっちゃんも水流のナイフを両手で持ち構える。
落ちてくる巨大な頭。二人に走る衝撃。
「重い!」
二人がぷるぷると震えながらも巨大な頭を支える。これは持たないぞ……、どうする、どうする。いや、考えるよりも行動だ。
――《飛翔》――
俺は飛翔で空を飛び。巨人の頭の上に。
――《スパイラルチャージ》――
真紅が描く螺旋が巨人の頭を貫く。巨人の頭がそのまま水風船のように破裂する。俺は、巨人の頭を貫通し、そのまま地面に着地する。なんだと?
破裂した水片がうねうねと動き、巨人の体へと戻っていく。そして、新しい頭を形作っていく。な、効いていないのか? いや、でも、これで頭突きは回避出来た。
「て、手が痺れたんだぜ」
キョウのおっちゃんが手を振っている。そりゃね。
―3―
巨人がまたも右手を残し、左手で殴りかかってくる。またかよ! いや、待てよ。この巨人ってこの道を掴んでぶら下がっているような状態だよな。って、ことは!
『キョウ殿、ジョアン、ヤツの攻撃は自分が受け止める。二人は掴んでいる手に攻撃を!』
そうだよ! 掴んでいる手を何とかすれば、下に突き落とすことが出来るんじゃないか?
二人が頷き、掴んでいる右手へと走る。
こちらへと殴りかかっていた左手が軌道を変えジョアン達へ。待てよッ!
――[アイスウォール]――
氷の壁が巨人の拳を跳ね返す。その衝撃によって氷の壁も粉々になって消える。こっち見やがれ!
水の巨人の頭がこちらを向いた気がする。そして、こちらへと左の拳が飛んでくる。
――[アイスウォール]――
氷の壁が拳を跳ね返す。やはり、先程と同じように氷の壁が粉々になる。まだまだMPはあるぜ!
拳を跳ね返された水の巨人が、そのまま反動を溜めて殴り返してくる。何度でも来やがれッ!
――[アイスウォール]――
氷の壁が砕ける。視界を赤い点が貫く。大きく振りかぶった拳は跳ね返されることなく氷の壁を貫き、こちらへ。危険感知でわかってんだよッ!
――《払い突き》――
真紅で巨人の拳を打ち払い、水の膜を滑らせながら回避する。そして、そのまま拳を貫く。やはり手応えがない。くそっ、何か弱点は?
俺はキョウのおっちゃん達を見る。二人が水流のナイフとアクアガントレットの力によって掴んでいる指を一本一本剥がしている。よし、そのまま頼むぜ。何故か14型も巨人が掴んでいる部分の床を壊そうとして協力していた。ま、まぁ、あちら側の方が安全か。
再度、水の巨人が大きく振りかぶったところで、その体が揺れる。掴んでいた右手が小指部分だけになっている。そして、そのまま指が滑り、水の巨人は落下した。
よし、勝ったか?
下からべしゃんと水が弾け飛んだような大きな音が響く。
そして、それが現れた。
―4―
無数の触手を生やした青い球体が、その触手を伸ばし、壁へと掴まり、体を浮上させる。あれが巨人の中に居たのか?
青い球体は閉じた目のようなモノと口があり、口からは言葉になっていない言葉を吐き出し続けていた。何だ、これは。
「アレがコアだと思うんだぜ!」
俺もそう思うんだぜ。
浮かび上がった球体からぶら下がっている触手を伝い水が集まっていく。再生するつもりか? させるかよッ!
――《集中》――
『14型、頼む!』
俺はいつの間にか背後に控えていた14型からコンポジットボウを受け取る。えーっと、この世界だと水に強いのは風だったか。考えろ。俺は風の属性を持っているから出来るはずだ。アイスウェポンやアシッドウェポンと同じだ。同じように付与するように。
俺は魔法の真銀の矢を番える。
【[ウィンドウェポン]の魔法が発現しました】
そうだ、行けるはずだッ!
――[ウィンドウェポン]――
魔法の真銀の矢に赤い風が集まっていく。いけぇぇぇぇ!
赤い風を放つ。赤い突風が浮かんだコアを貫く。そして、光となって消える。
「勝った?」
「勝ったんだぜ!」
今度こそ、勝ったか?
その瞬間だった。コアが大きく口を開く。響き渡る絶叫。立っているのも苦しくなるような絶叫。
そして走る触手。俺の視界に無数の赤い点が灯っていく。な……。
俺とキョウのおっちゃん、14型の前に立つジョアン。お前、盾も無いのに。体を盾として触手から俺たちをかばう。しかし、付けている鎧部分以外の場所を貫通し、すり抜け、こちらへと触手が迫る。
無数の触手の貫きによって、ジョアンが崩れ落ちる。
「おい、小僧!」
それでも止まらない触手。
――[アイスウォール]――
俺はとっさに氷の壁を張る。張った瞬間から壊される氷の壁。なっ!
そのまま触手が俺たちを貫いていく。触手が止むことは無い。あ、が、が。俺の外皮を削り、身を貫き、肉を抉る。それでも触手は何度も何度も、こちらを貫いてくる。
な、こんな、こんな、ところで終わるのか。隣にいたキョウのおっちゃんの姿も見えない。おっちゃん……、それに14型、頭の上の小っこい羽猫は逃げられたか? 嘘だろ、こんな風に終わるのか。
いや、まだだ!
まだ、俺には最後の手段がッ!
――《限界突破》――
俺の体がびくんと跳ねる。傷だらけになりながらも体の芯から、奥から力が湧いてくるのが分かる。
――《集中》――
再度、集中する。後のことなんて、考えてられるかよッ! 今、使わないで、いつ使うんだッ!
――《百花繚乱》――
真紅から放たれる高速の突きが迫る無数の――無限とも思えるような触手を撃ち落としていく。見える、見えるぞ。ちゃんと高速の突きも制御して、狙い通りに触手を撃ち落とせるぞ!
そして、ここからだ!
――[ヒールレイン]――
癒やしの雨が降り注ぐ。限界突破の力によって強化された癒やしの雨が俺たちの体を癒やしていく。これでキョウのおっちゃんも、ジョアンも、ついでに14型も大丈夫だろう。いや、14型はロボットだけどさ、多分、大丈夫、うん、大丈夫だろう。
触手の雨を切り抜けた先、コアを見ると、その体を包むように青い水が這い上がっているところだった。ち、アレに覆われてしまっては、やっかいだぞ。
MPは……、まだもう少しなら大丈夫か、行くぞッ!
――《飛翔》――
俺は空へと舞い上がる。空へと追ってくる無数の触手。触手を高速移動にて、抜け、回避していく。
真紅、お前と同じ風の力なら大丈夫だよな?
――[ウィンドウェポン]――
真紅に赤い風が集まっていく。真紅が一つの赤い竜巻と化す。行くぜッ!
――《飛翔撃》――
赤い竜巻が無数の触手を貫き、消し飛ばし、コアへ迫る。そのまま真紅がコアを貫く。
赤い、真っ赤な真紅が球体を貫通し、そのまま串刺しとなる。やったぞッ!
『終わりだッ!』
俺の天啓に反応したのかコアに付いていた目が開く。開いた目から青い涙がこぼれ落ちる。
そして、その瞳がこちらを、そして真紅を見る。な、なんだ?
「これは……?」
コアが喋る。え? 喋る? 今までは理解の出来ない言葉だったのが、はっきりと分かる言葉で喋り始める。
「何で、師匠の真紅妃が……」
え? どういうことだ?
「何でフィアが師匠の真紅妃を持っている。それにアレ、何だ、コレ、体が……」
そう喋ると、それが限界だったのか、コアの動きが止まる。おい、ちょっと待てよ。何を言っている? 何で、こんな球体が普通に喋るんだ? それに何だ? 師匠って何だよ。おい、何だよ。
コアは何も喋らない。
え? 死んだ? え? どういうことだ。何が起こった? おい、喋れよッ! 死ぬなよ! 何なんだよ! どういうことなんだよッ!
コアは動かない。
俺は何か、やってしまったのか? いや、でも戦闘になったし、他にやりようが……。そのまま真紅をコアから引き抜き、地上へと着地する。
「旦那、助かったんだぜ」
あ、ああ。
「ラン、やったな!」
あ、ああ。そうか、二人には聞こえなかったのか。う、うん、ま、まぁ、勝ったか。にしても後味が悪いな……。
何だろうな、コレ。
俺の体に激痛が走る。うが、またか。コレは、何度やっても慣れない。嫌になる痛みだ。体中の骨という骨をすり潰されているような痛み。
そして、俺は気を失った。