3-100 世界の壁外壁
―1―
俺と14型の修練が始まった。
14型が食事を作り、俺が味を指摘する。それを聞いて味を修正していく。俺は俺で小迷宮『女王の黎明』に潜り、蟻と戦う。
女王は復活していないようだ。復活しないのかな?
頑張ってMSPを溜めて、【超知覚】の取得と【転移】のレベルを4にあげる。ついでに転移のチェックポイント1を自宅に変更。いやぁ、これから世界の壁に向かうんだもんね。現地でチェックをしておけば、こちらとの往復が楽々さ。にしても戦闘系のスキルを取得せずに、こういったのを優先するとか、ホント、間違っている気がするなぁ。
【超知覚】はまさかの常時発動スキルだった。取得した段階でレベルに横棒が入るとは思わなかったんだぜ。うーむ、飛翔と超知覚は早い段階で取っておくべきだったと後悔するスキルだよ。とくにこれがセットスキルだなんて思わないじゃないか。
なんだろうね、なんだかね、脳停止して黙々と蟻を倒すのが楽しくなってきた。今はそこまで苦戦しないから、稼ぎ放題で――数が多いと逆にラッキーって思うようになっちゃうとか、完全に終わっているよね。
永遠、黙々とMSP稼ぎが出来る! 何というか、毎日でも通えそうです。
で、戦い続けて、ちょっと思ったんだけどさ、もしかして、この迷宮で魔素が少ない、薄いのって蟻がドンドン作られているから、なのかな、と。この間、オーガに食われた人をヒールレインで治療した時にさ、周囲の魔素が、その失った部位に集まって体を作り直していたからなぁ。まさか、魔獣もそうやって作られているんじゃないかって、まぁ、あくまで俺の想像でしかないけどね。でも、そう考えると次々と魔獣が現れたり、倒したはずの魔獣が復活したりってことの理由に対して説明がつくんだよなぁ。
ホント、この世界の魔素って何だ? 14型はこの色が付いた靄を魔素って呼んでいるけど、ホント、謎物質だよな。
あ、後、戦士が派生クラスの【魔戦士】を獲得しました。
―2―
約束の日時になったので14型、小っこい羽猫と共に東の冒険者ギルドへと向かう。ふふふ、2級市民になったので西と東を隔てる門も余裕ですいすい通過出来ちゃうんだぜ。どうだ、凄かろう。
そのまま冒険者ギルドへ。
「おかえりなさい、帝都冒険者ギルドへ」
はい、ただいまです。
俺は冒険者ギルドの中を見回す。うーむ、まだ二人は来ていないか。
『こちらで待たせて貰っても良いだろうか?』
俺は受付のお姉さんに聞いてみる。
「ええ、よかったら、あちらの待合室でお待ちください。冒険者ギルドの隣が練習場になっているので、そちらで時間を潰すことも出来ますよ」
俺は受付のお姉さんが案内してくれた待合室で待つことにした。にしても練習場かぁ。何だろう、そういう場所って闘技場を思い出して、ちょっと近寄りにくいんだよなぁ。
まぁ、待合室で普通に待ちましょう。
14型の入れてくれたお茶を飲みながら待っているとジョアンがやって来た。
「むぅ。ら、ランの方が早かった……そ、それは誰だ!」
それ? ああ、14型のコトか。
『自分の従者だ』
俺の言葉に14型が優雅にお辞儀をする。こういう所はメイドぽいよなぁ。
「おお、遅くなったんだぜ」
キョウのおっちゃんもやってくる。キョウのおっちゃんが手に持っているのは……鎧か! それに靴?
「小僧、持ってきたんだぜ」
キョウのおっちゃんが持っている物をジョアンに渡す。
「俺のなじみの鍛冶士が3日で仕上げてくれた逸品なんだぜ」
銀色に輝く鎧だ。金属と銀色の羽で作られた鎧は、そのデザインだけなら何処の部族の鎧だって感じなんだけどさ、色がね――その銀の色と輝きで非常に高貴な鎧に見える。コレ、指揮官とか将軍がつけてそうな感じだよね。俺も鎧が着られる体型だったならなぁ、俺もこんな、俺の中の厨二心をくすぐる鎧が着たかったよ。
「それと旦那にはこれなんだぜ」
キョウのおっちゃんから羽の生えた靴を受け取る。うっすらと金色に輝く羽がついた緑色の靴。緑色だし、小さなゴムの長靴みたいだよね。で、何コレ?
「小迷宮『女王の黎明』で蟻の羽から靴が作れるって説明したと思うんだぜ」
うん。って、そうか、羽蟻から靴を作ったのか。
「こいつは、その親玉、女王から作られた特殊な靴なんだぜ」
え? 羽蟻じゃなくて女王なのか! そう言えば女王の素材も回収したって言っていたもんな。そうか、靴になったのか。
「蟻から作られた靴はサイズ調整の必要が無いから、ランの旦那でも履けると思うんだぜ」
マジで? 今まで素足だったからなぁ。ついに素足卒業の瞬間が来ちゃうのか。いや、まてよ、これで俺の家の玄関に意味が出るんじゃないか? 素晴らしい、これは素晴らしいじゃないか。
「後は……、ちょっと預けていたものを頼むんだぜ」
キョウのおっちゃんが受付のお姉さんに何やら頼んでいる。それを聞いた受付のお姉さんが分かりましたって感じで、奥へと消える。
受付のお姉さんが奥から、手に3つのフード付きマントを持って戻ってきた。
「こちらになります」
「助かったんだぜ」
キョウのおっちゃんがフード付きマントを受け取る。
「こいつは耐寒のマントなんだぜ。『世界の壁』は雪に覆われ、すげぇ寒いんだぜ。コイツがあれば、その寒さを大きく緩和してくれるんだぜ」
えーっと、寒さを防いでくれるってことでいいのかな。そういえば世界の壁の現地の状況を考えていなかったけどさ、雪が積もるような場所だったのか。たしかに、それなら寒さ対策は必須かぁ。でも、お高いんでしょう?
「こいつは、今回のクエストの前金代わりだから、ありがたく受け取るといいんだぜ」
そこで、何かに気付いたのかキョウのおっちゃんが14型を見る。
「あんたは……?」
あ、そういえばキョウのおっちゃんに14型を紹介していなかったね。
『自分の従者になった14型だ』
14型がキョウのおっちゃんにも優雅なお辞儀をする。ホント、コレだけ見ているとメイドぽいよね。
「おいおい、ランの旦那、いつの間に従者をなんだぜ? それに耐寒のマントは3つしかないんだぜ」
あー、そっちか。
『14型、寒さは?』
14型が眼鏡があればキラリと光りそうな勢いで得意気に語り出した。
「このメイド服は、耐刃、耐寒、耐熱、さらに自浄効果もある最強のメイド服、戦闘メイドの私がただのメイド服を着ていると思ったのですか?」
そう言えば14型、着替えないもんね。てっきり替えの服がないからかと思っていたが、そんな便利性能だったのか……。
「お、おう。な、なら、あんたは無くても大丈夫なのか?」
「当たり前です。あなたは、先程の私の説明を聞いていなかったのですか?」
14型の勢いにキョウのおっちゃんが押されている。14型の話は、『はいはい、そうだね』くらいに聞いておくのが正しいよね。ポンコツロボだし。
「じゃあ、準備が終わったら出発なんだぜ」
キョウのおっちゃんの言葉にジョアンが頷く。うん、オッケーなんだぜ。
―3―
南大門を出て、『世界の壁』へと出発する。
『ところでジョアンは良かったのか?』
そこで俺は、ちょっと気になったことを聞いてみた。なんというか、当たり前に、この少年を連れてきたけどさ、良かったのか? ちょっと心配になったんだよね。
「な、何のことだ?」
「ランの旦那はお前が何も言わずに着いて来たことを心配しているんだぜ」
キョウのおっちゃんの言葉にジョアンが怒り出す。
「な! ぼ、僕は、僕もパーティの一員だぞ! パーティで受けたクエストならついて行くのが当たり前じゃないか!」
そうだね。うんうん、そうだね。
「そ、それに僕が居なかったら、この竜馬車はどうするんだ!」
うんうん、そうだね。今回もジョアンの竜馬車に乗せて貰っているからね。ジョアンが居なかったら徒歩で大変だったよー。持つべき者は竜馬車を持っているパーティメンバーだね!
『そうだな』
「わ、分かったならいいんだ!」
ジョアンは前を向き、馬車の竜を操ることに集中する。ほんと、そうだね。
南の平原を抜け、山を抜け、徐々に寒さが増していく。うーむ、これ、吹雪くかな。
道に雪の姿が混じってくる。おうおう、見た目が寒い寒い。俺は別に寒さを感じないけど、交代で竜馬車を動かしている二人はとても寒そうだ。吐く息が白い。耐寒のマントがあってもかなり寒そうだな。
やがて強い風が吹きすさび、風と雪が舞っていく。うーむ、吹雪いたか。
吹雪の中も竜馬車は進んでいく。ふーん、この2本足の竜って寒さにも強いのかな。
「この辺りは必ず吹雪になるんだぜ。何か吹雪を起こしている原因があるって言われているんだぜ」
なるほど、吹雪が止むのを待たずに無理矢理突破しようとしているのは、そういう理由か。にしても、酷い吹雪だ。竜を操っているジョアンは大丈夫かな?
『ジョアン大丈夫か?』
俺は御者台に顔を見せ、ジョアンに聞いてみる。
「だ、だ、だじょぶだ。も、だない。ていこくの、お、は、さむいのなれてりゅ」
本当に大丈夫かよ。まともに喋れてないじゃないか。しかし、ホント、びゅうびゅうと吹雪いているな。こりゃ、キツい。
と、そこで、俺の視界の端に大きな城が見えた。氷で出来た城? もしかしてアレが、この吹雪の原因? うーむ、『世界の壁』の攻略が終わったら探索してみたいなぁ。
「旦那、どうしたんだぜ?」
『いや、城が見えた気がしたのだ』
「さすがに、それは見間違えだと思うんだぜ。こんな吹雪の中に城が建てられるわけがないんだぜ」
ま、そうかもしれないんだけどさ。見間違いじゃないと思うんだけどなぁ。
―4―
吹雪を抜け、雪の中をさらに進むと巨大な壁が見えてきた。
視界一面に広がる壁、壁、壁。
な、なんだコレ。この世界の端っこは壁になっていると言われても納得してしまいそうな存在感だ。
「アレが八大迷宮の一つ、『世界の壁』なんだぜ」
圧巻だ。まだまだ何日かかかりそうな距離があるのに、そんな距離から、すでに見えている壁。こんなものを作り上げるとか、この世界の人間は頭がおかしいのか。しかも、それが迷宮とか……。
「『世界の壁』の麓には攻略を支援するために作られた冒険者達の村があるはずなんだぜ」
そっかー、そこで休憩出来るといいね。まぁ、俺の場合は、最悪、『世界の壁』の前でチェックだけして帝都に戻るってコトも出来るからなぁ。
しばらく進むと嫌なモノが見えてきた。そう、村が、いや、村だったモノが見えてきた。
『キョウ殿』
「旦那……」
竜馬車は進む。
村は滅んでいた。雪が積もり、その姿の一部を隠しているが、それでも燃えて崩れ落ちたであろう家々が見えた。
『魔族だな』
これはレッドカノンの仕業だろうか。
「だと思うんだぜ」
キョウのおっちゃんも同意してくれる。
『全滅か』
「ああ、状況から、昨日、今日じゃないんだぜ。もっと何年も前な感じがするんだぜ」
「な、何で、その情報が帝都に来てないんだ!」
ジョアンの叫び。もっともである。
「それだけ帝都が腐っているってことなんだぜ。こんな辺境なんて見てられないほどに腐っているんだぜ」
なるほどな。
「ランの旦那、ここが、八大迷宮『世界の壁』の外壁なんだぜ」
もう、ここからが迷宮か。
「とりあえず、今日はここで野営なんだぜ。本格的な攻略は明日からにするんだぜ」
そうだな。旅の疲れもあるし、休まないとね。
じゃ、チェックして、転移して……帝都でゆっくりしますか!