3-99 キョウ
―1―
俺が1階の3番窓口に戻ると、その場で静かに待っていた14型が寄ってきた。
「マスター、用件は終わったのですね。てっきり私の存在を忘れているのかと思ったのですが、私の勘違いだったようですね」
勘違いじゃないです。俺ってば、14型の存在を完全に無視して3階に上がったな。うん、ごめんね。
「あ、あのう、ステータスプレートをお願いします」
3番窓口のお姉さんが申し訳なさそうに、俺と14型の話に割り込んできた。あ、ごめんなさい、14型に気を取られて窓口のお姉さんを無視する形になってしまった。
俺は窓口のお姉さんにステータスプレート(銀)を渡す。
「今回のご用件は、どういった内容になりますか?」
うん? ああ、そうだ。
『承認試験の結果報告をしたい。これを受け取って欲しい』
俺は窓口のお姉さんに村長のサインが書かれた手紙を渡す。
「こ、これは……確認します」
窓口のお姉さんが席を立ち、奥へと消える。え? 俺、放置なの? ま、まぁ、ゆっくりと待ちますか。
14型は暇なのか、俺の頭の上の小っこい羽猫と戦いを繰り広げている。鬱陶しいから、頭の上とやり合うのやめてくれませんかね。
しばらくすると窓口のお姉さんが、何やらリュックを持って戻ってきた。
「まずはDランク昇格おめでとうございます」
あ、ありがとうございます。にしても、ここでも随分とあっさりなんだね。
「こちらはギルドからのDランク昇格祝い品になります」
あ、アイテムが貰えるんですね。窓口のお姉さんが用意してくれたのは、魔法のリュックだった。
「魔法のリュックの説明は必要になりますか?」
『いや、問題無い』
知ってるぜー。登録した人しか開けないんだよね。死んだら中のアイテムが消えて、再度登録が出来るようになるんだよね。って、何個アイテムが入れられるんだろう?
「こちらは3個までアイテムを入れられるリュックになります」
あれ? これ、今、俺が持っているのと同じリュックじゃね? 『女王の黎明』で俺が手に入れたのと同じだよね? デザインも一緒だよね。って、同じのなら、余り嬉しくないなぁ。狩人のスキルで拡張しているから、現状、そこまで困ってないしね。そうだ!
俺は窓口のお姉さんから魔法のリュックを受け取り、そのまま14型に渡した。
『使うといい』
そうだよ、14型に荷物を持って貰えばいいじゃん。
「余りお洒落ではありませんが、仕方ないですね」
14型は嫌そうな顔をしながらも、素早く俺から魔法のリュックを受け取る。そして、そのまま魔法のリュックを背負う。
「凄く似合いません。メイドが装備する物じゃないですね。ホント、マスターのセンスを疑います」
むう。そこまで言うなら返してくださいな。
「いえ、これは、もう私の物ですから。凄く洗練されていないリュックですが、マスターが、そこまで頼むから仕方なく持ってあげているのです」
はぁ、そう。それなら、まあいいや。じゃあ、荷物持ちお願いします。これで14型も少しは従者らしくなったよね。
うんじゃ、3階に戻りますか。14型は下でお留守番をお願いします。
―2―
受付のお姉さんの案内で再度、3階の小部屋の中へ。
部屋の中に居るのは俺とキョウのおっちゃんだけ。受付のお姉さんは外で待つようだ。野郎と二人っきりとか、余り嬉しくないんだぜ。
「はいはい、ランの旦那、Dランクの昇格おめでとうなんだぜ」
うむ。無事、昇格したんだぜ。何かお祝いの品をよこすんだぜ。
「で、旦那。まぁ、座ってくれ……って、旦那が座るのは厳しいか。まぁ、聞いて欲しいんだぜ」
あ、はい。うんじゃ、座るのも厳しいし、長椅子に寄りかかって話を聞くよ。
べとーっと長椅子の上に寝そべる。おおう、こうしていると、俺がまるで芋虫みたいだ。
「だ、旦那よう……。ま、まぁ、旦那が変わっているのは今に始まった話じゃないんだぜ」
そうなんだぜ。で、話って何よ。
「ランの旦那にゼンラ帝からの勅命クエストを賜ったんだぜ」
なんじゃそりゃ?
「ゼンラ帝自ら、ランの旦那にクエストを依頼ってことなんだぜ」
いや、言い直さなくても、そこは分かるんだぜ。
『分かった。内容を聞こう』
俺の天啓にキョウのおっちゃんが丸まった封書を取り出し、紐をほどいて広げ、そのまま読み始める。ふむ、蝋とかで封がされているわけじゃないのか。
「読むんだぜ」
ああ、読んで欲しいんだぜ。
「冒険者に告ぐ。此度の魔族の侵攻は『世界の壁』の防御機構に異常が生じたものと予想する。直ちに『世界の壁』へと向かい、その原因を追及せよ。って、感じで書いてあるんだぜ」
ふむ。そうなのか。
「ランの旦那は、八大迷宮、『世界の壁』についてはどの程度知っているんだぜ?」
いや、何だろう。南側を押さえ込んでいる巨大な壁?
「魔族を永久凍土に封じている壁なんだぜ。この迷宮があるから、魔族は、こちらに攻めて来られなかったんだぜ」
あれ? でも、魔族って……。俺はレッドカノンと会っているし、ホワイトディザスターとも会っているよな? それにレッドカノンは8年前にもフウキョウの里を襲撃しているよな? どういうことだ?
「俺たちが機能していると思っていた『世界の壁』は機能していなかった……そういうことなんだぜ」
ふむ。でも原因って言ってもさ、そんな謎力をどう調べろと。
「要は迷宮を攻略しろって、コトなんだぜ。攻略すれば、何か分かると思うんだぜ」
ま、それしか無いか。にしても、ここで八大迷宮の『世界の壁』が出てくるのか……。大陸に渡った当初の予定が『世界の壁』だったんだよなぁ。うーむ。
にしても勅命か。
「旦那、このクエストを断ることは出来ないんだぜ。さすがにそれをされてしまうと、全ての冒険者が敵に回るんだぜ」
ふむ。でもなー。ちょっと気になるんだよなー。キョウのおっちゃんが持っている封書を鑑定してみるか。
【貴重な帝国の封書】
【帝国大貴族が主に使用する封書】
ふむ。
『で、キョウ殿は何者なのだ?』
ここまで来たら、ただの奴隷でした、は通じないよね。おかしいよね。
「俺はただの貴族の使い走りなんだぜ」
ふーん。それなら、今は、そういうことにしておくか。
『キョウ殿、封書の内容を自分にも見せて欲しいのだが、よろしいか?』
「駄目なんだぜ。これをランの旦那に見せる権限はないんだぜ」
ふむ。多分、何も書かれていないんだろうなぁ。鑑定の結果が使用前みたいな感じの内容だったし、蝋で封もされていないような封書なんてないよね、それ封書じゃないよね。
『キョウ殿、自分がどう動くことが、キョウ殿のメリットになるのだ?』
キョウのおっちゃんが大きなため息を吐く。
「旦那、旦那は鋭いのかデタラメなのかよくわからない『人』なんだぜ。その姿とデタラメな行動に騙されそうになるんだぜ」
うーん、コレはなんだろう。この人凄い系の勘違いをされてるパターンだろうか。
「とりあえず、『世界の壁』は攻略して欲しい。それと魔族をなんとかしたいってのは、ゼンラ帝の望みで合ってるんだぜ」
はぁ、まぁ、キョウのおっちゃんが、俺にとっての悪人じゃないのは分かっているから――一緒に戦った仲だしね――ここは素直に引き受けるか。
『分かった。そのクエスト受けよう』
「助かるんだぜ」
俺の天啓に、キョウのおっちゃんが、もう一度、ため息を吐く。今度は安堵のため息かな。
―3―
『で、出発は何時になるのだ?』
「ああ、ジョアンの小僧の装備が出来るのが三日後なんで、その後の予定なんだぜ」
ほー、そんなに早く完成するのか。ということは3日間自由行動ってことか。
「小僧は剣聖の孫だけあって、使えるから、一緒に連れて行く予定なんだぜ」
使える、使えないじゃなくて、仲間なんだからさ、もっとフレンドリィにしようぜ。共に戦った仲間だから連れて行く! って感じでさ。
『では、今日のところは、これで解散かな?』
「ああ、そうなんだぜ」
さあて、三日間、何をしようかなー。クエストを受けるのは……さすがに止めた方がいいか。
「そうそう、ランの旦那。合流は朝一で、この冒険者ギルドに頼むんだぜ」
はーい。って、戦争が終わったのに、俺、東側に入れるのか?
「何だ、旦那、気付いてなかったのか。旦那は、今、2級市民になっているんだぜ」
へ? いつの間に? そ、そう言えば、ここで換金した報酬……税金が引かれていなかったよな。それに東大門も通して貰えた。ああ、何で気付かなかったんだ!
「魔族を撃退した報酬なんだぜ。本来ならゼンラ帝と謁見して栄誉を授かってもおかしくないくらいなんだぜ。ただまぁ、ランの旦那は、アレだ、その姿だから……八常侍を中心とした馬鹿貴族連中が、そこまでする必要は無いって感じで……申し訳ないんだぜ」
いやいや、いいんだぜ。それに謁見なんて庶民派の俺からしたら疲れるだけで嬉しくないもん。こういった特典があるだけの方が俺的には楽でいいよ。
「じゃ、三日後にまた会おう、なんだぜ」
『うむ。それでは、また』
部屋に残ったキョウのおっちゃんと別れ、外で待っていた受付のお姉さんと共に1階へ。
14型を回収して帰路へと着く。さあ、我が家に帰りましょう。
にしても三日間何をしようか。とりあえず蟻でも倒してMSPを稼ごうかなぁ。あそこなら不測の事態なんて起きそうにないし、女王が復活するかを確認してみてもいいよね。
さあて、ついに『世界の壁』攻略か。楽しくなって来たぞ。