3-98 3階へ
―1―
さて、どうしよう。俺はオーガの死体を前に立ち尽くすしかないのであった。じゃなくて、どうしよう。素材を取った方がいいのかな?
俺が死体の前でうろうろしていると村長の家の方から音が聞こえてきた。見ると、入り口のドアを少し開け、何人かの村人が顔を覗かせて、こちらの様子を伺っているのが見えた。ふむ、アレだけガンガンと家に攻撃を加えていたオーガが急に静かになったんだからな、気になるよね。
こちらを見ていた村人の一人が、ゆっくりとこちらに歩いてくる。この村を代表する人かな? しかし、随分と若く見えるな。
「あのー、変わった格好をしていますが、もしかして依頼で来てくれた冒険者の方ですか?」
14型に話しかける村人A……って、だからッ! ここでも俺はこういう扱いなのね。はぁ、まぁ、仕方ない。
『すまないが、その……冒険者は自分だ』
俺は魔法のリュックから手紙を取り出し、目の前の村人に見せる。
「え? あ、え? あ、あの?」
はぁ……。うーん、最近、違和感なく受け入れられていたから、こういう展開になると、ため息がでるなぁ。
村人は俺と14型を見比べてキョロキョロと顔を動かしている。
『彼女は自分の従者だ』
彼女……? 思わず彼女って言ってしまったけど、14型ってロボだよね。でもさ、このロボは従者ですとか言えないよね。
恐る恐るという感じだが、村人さんが俺から手紙を受け取る。はよう、見てください。見て、納得してください。って、見せるのは、この人で良かったのかな。まぁ、ここの村人なのは間違いないし、偉い人に話してくれるでしょ。
「読む、読むから、その槍をこちらに向けるのは止めてくれ」
えーっと、何で俺が脅してるみたいになってるんだ? ま、まぁ、読んでくれたら納得出来るはずだから、何でもいいや。にしても、こういう時に冒険者証みたいなのが無いのは不便だなぁ。ステータスプレートって不思議アイテムはあるけどさ、これも冒険者だけのアイテムって訳じゃ無いからなぁ。こう、その金のプレートは! ゴールドクラスの冒険者様でしたか、ははー、って周りの人たちが一斉に控える、みたいな、そんな分かりやすいのが欲しいよね。
「え、えーっと、冒険者のラン……さん?」
『うむ』
俺の言葉に村人は、大きな息を吐く。安心してくれたのかな? にしても、今更なコトだけど文字が読めるんだな。この世界は識学率が高いのか? それとも帝都周辺の村だから特別なのか? と、冒険者ギルドが手紙を持たせる時点で相手が読める前提って理解すべきか。手紙を持っていったが現地で読めない、理解されないじゃあ、仕事にならないもんね。
「人食いオーガの討伐に来られた?」
『うむ』
そうそう。やっとまともに会話出来そうだよ。
「あ、ありがとうございます。オーガは4匹居たと思うのですが、そちらも倒していただけるんですよね?」
キター、キター、何というか、こ、これはカッコイイ台詞を喋らないと。
『それならすでに倒した。向こうに、その死体がある。後で確認するとよかろう』
うむ。こんな感じかな。割と熟練の冒険者らしい言葉になったんじゃないか。俺も、これでDランクだし、中堅冒険者の仲間入りだもんね。カッコイイ台詞を喋らないとな!
「そ、そうなんですか。ありがとうございます」
む、なんだか、村人さんの顔が引きつっている気がする。ふむぅ。
『これで討伐依頼は完了で良かったかな?』
俺が天啓を授けると村人さんは、首を大きく縦に何度も振っていた。そっかー、本当にこれで終わりか。予想外の何かも起きずに本当に終わりか。何だろう、ちょっと、物足りない気がするよね。べ、別に戦闘狂な訳じゃないんだからね!
『ところで、あなたは文字が読めるのだな』
「え、ええ。これでもこの村の長をしていますから……」
って、へ? 村長だったのかよ。
「すいません。私が村長のリクです」
随分と若い村長さんなんだな。大学を出たくらいの若者にしか見えないな。学者です、って言われた方が納得出来るよ。
「文字くらいは読めないと、さすがに村長は務まりませんから」
あー、確かに、こんな帝都の近くの村だもんな。帝都とのやりとりを考えたら必須か。
「ま、まぁ、この村は文字が読める者が多いですけどね。私が、子どもや村の人間に教えていますから」
うお、急に得意気に語り出したぞ。ふむ、自慢したかったのかな。
……って、村長の自慢話を聞いている場合じゃないな。これからどうするべきなんだ? もう帰ってもいいんだろうか?
「通常は後日、完了の報告のため、村人の誰かがギルドへ向かうんですが、あ、あの、ランさんさえ良ければ、この手紙に完了のサインを書きますので、それで完了ということにしてもらえないでしょうか?」
ふむ。まぁ、近いとはいえ冒険者ギルドまで報告に行くのは面倒だろうしね、俺としても日数を待たなくて良いから助かるか。
『それで問題が無いのなら、自分は構わない』
「はい、はい! それはもちろん。それではサインを書いてきますので待っててください」
俺の返事を待たないまま、家の中へと走って行く村長。
『ああ』
遅れた俺の返事が虚しいじゃないか。にしても、ここで待ちぼうけかぁ。村の恩人なんだから、家の中に入れてくれるとか、飲み物を出してくれるとか、接待してくれてもいい気がするんだけどなぁ。
しばらく待っていると村長が戻ってきた。
「では、こちらになります。ありがとうございました」
俺は村長から手紙を受け取る。うん? ううん? 本当にコレで終わり? このまま帰れ的な感じなの? こういうのってさ、「今日はもう遅いので泊まっていきますか?」的なコトを言われて、「いや、冒険者ギルドから追加の報酬をせびるなと言われているのでな、気持ちだけで充分だ」的な返しをする流れじゃないの? マジで、終わりなの? はぁ、まぁ、しょうがない。帰るか。
『では、自分は帝都に帰るとしよう』
「はい、ありがとうございました」
再度、村長からのお礼。うーん、やっぱり引き留めてくれるとかは……無いのね。
俺はちらちらと振り返りながら村を後にする。結局、引き留められるようなことは無かった。うーん、本当に感謝してくれているのか? ま、まぁ、気にしたら負けか。
よし、帝都に戻ろう。
俺は14型と共に日が落ちてきた道を駆けていく。
『あッ!』
俺はあることに気付いて思わず天啓を飛ばしてしまった。
「どうしたのです? ボケましたか?」
くだらないことを言っている14型は無視しってと。
オーガの素材を回収して無ければ、魔石もとっていない……。ああ、勿体ないことをしたなぁ。初オーガなのに……。絶対、魔石は売っても高いし、MSPに還元したら結構な数字になったと思うんだ。はぁ、さすがに今から戻るのもなぁ。まぁ、家を壊された村の復興資金の足しに進呈したと思って諦めるか……。はぁ、うっかりだよなぁ。
―2―
――《転移》――
村から少し離れたところで転移を発動し、自宅に戻る。もう夜か……。
俺はそのまま就寝する。
そして翌朝。
さあ、今日も頑張りますか。まずは冒険者ギルドだな。
起き上がった俺を見つめるように14型が立っている。今日も目を見開いたまま能面のような顔で立っているな。……これ、寝ているよな?
「マスター、朝ご飯が出来ています、どうぞ、食べてください」
そんなことを無表情のまま、14型がしゃべり出す。え、マジで? 朝ご飯があるの? 有能じゃん。薄暗い地下室の中を見回す。しかし、朝ご飯らしき物は見当たらない。
えーっと、14型さん?
『14型?』
俺は14型に天啓を授けてみる。俺の言葉に、ハッとした顔で動きだし、キョロキョロと周囲を見回す14型。も、も、も、もしかして寝言ですか。ロボなのに寝るのもおかしいけど、寝言も言うのかよ。14型に期待した俺が馬鹿だった。はぁ、朝から脱力なんだぜ。
無い物は仕方ない、と言うことで冒険者ギルドへ。
墓地を抜け、14型が子どもに絡まれているのを無視して貧民窟を抜け、そのまま、西と東を隔てている壁へ。今回、承認試験を受けたのが東側だからね、結果報告も東側じゃないとね。
壁も抜け、東の冒険者ギルドへ。
「おかえりなさい、帝都冒険者ギルドへ」
受付のお姉さんの声。うむ、帰ってきましたよ。
「ラン様をお待ちの方がいます」
うん? 俺を待っている人が居るの? それも、こんな朝早くから? いや、それも気になるけど、俺は早くDランクに昇格したいんだけども……。うーむ。
「あ、ランさん」
「ランさんも生きていたんですね」
そこに居たのはモコとクレアの二人だった。待っていたのって、この二人?
『ああ、二人も戻ったんだな』
俺の天啓に二人が頷く。
「聞いたよ、女王を倒したんだって」
うむ。勝手に倒してしまってすまない。本当はみんなで倒しに行きたかったんだけどさ、戦争が始まっちゃったしなぁ。
「仇を討ってくれてありがとうございますね」
クレアが大きく頭を下げる。う、うん。お、俺が倒したいと思ったから倒しただけなんだからね!
「あ、あのー」
受付のお姉さんが申し訳なさそうにしながらも、話しに割り込んでくる。う、うん?
「話が弾みそうなところ申し訳ないのですが、お待ちの方が居ますので……」
え、待っていたのってモコとクレアじゃないのか。
「そうか、ランさん、また何処かで会えたら、……よろしく頼む」
「頑張ってください」
『ああ』
そう言って二人は冒険者ギルドを出ていった。死にかけの二人を俺が助けて、でも気が付いたモコはムカつくことを言ってきて、それをクレアさんが止めて……うん、出会いと別れだね。二人も頑張れよー。
「では、こちらです」
受付のお姉さんの案内で冒険者ギルドの2階へ。そして、そのまま3階へ。え? 3階? 確かAランク冒険者でもないと駄目な立ち入り禁止区域だよな。何、何? 俺、どうなっちゃうの? もしかして、俺の実力が認められて一気にAランクになるとか、ギルドマスター直々のクエストを依頼されるとか、そういう展開? うほ。俺、来ているんじゃない?
案内されたのは3階に多くある部屋の一つだった。中は余り広くないな。向かい合うような形で大きな長椅子があり、そこにキョウのおっちゃんが座っていた。
「ランの旦那、遅いんだぜ。まさか、冒険者ギルドに泊まることになるとは思わなかったんだぜ」
あー、俺を待っていたのってキョウのおっちゃんだったのか。ということは!?
『キョウ殿、先にDランクに昇格してきても良いか?』
我が儘を言ってもいいってコトだよね。キョウのおっちゃんなら、もうちょっと待って貰っても大丈夫だよね?
俺の言葉にキョウのおっちゃんが大きいため息を吐く。
「はぁ、ランの旦那は相変わらずなんだぜ。はいはい、すぐ終わるだろうし、仕方ないから、もうちょっと待つんだぜ」
ごめんね、キョウのおっちゃん、ごめんね。身勝手な俺でごめんね。と言うことで、受付のお姉さん、お願いします!
俺は受付のお姉さんの案内で3番窓口へ。
さあ、Dランクに昇格だ!