3-95 道場主
―1―
さてと、冒険者ギルドでやることは終わったし、スイロウの里に向かいますか。と言っても、こんな人通りのあるところで転移を使うのは、ちょっとなぁ。仕方ない、一度、我が家跡に戻って、それから転移でスイロウの里に行くか。
って、西側に戻るなら親方の所に行ってお金を渡しておくべきか。いや、でもスイロウの里で買い物をする予定だしなぁ。どんな出費があるか、分からないし、お金は持っておいた方が、うーん。悩むなぁ。いや、借金があるのは良くないな。何らかの予想外の出来事があって、1週間後にお金を渡すことが出来なくて家を差し押さえられるなんて――考えたくない。
よし、まずは建築ギルドに行って……うーん、でもさ、そろそろお腹空いてきたしなぁ。いや、まだだ、まだ、我慢するんだ。スイロウの里でご飯にしよう、そうしよう。
俺は建築ギルドへと走る。俺的にはかなりの速度で走っているつもりなのだが、その3歩後ろを涼しい顔で14型がついてきていた。ちょ、この子、なんなの。すっごく足が速いんですけど。しかも普通に歩いている感じでついてきてるんですけど。ホバー移動か何かですか。
『14型……速いな』
「当然です」
俺の言葉に、14型が笑うのを我慢しているかのような口の端だけをあげた状態で喋る。
「マスターの後ろを静かについて行くのがメイドの嗜みなのです」
はぁ、そうなんですね。
そして、そのまま建築ギルドへ。
建築ギルドの中にはハウ少年と親方が居た。親方が奥に居ないのは初だね。
「あれ? どうされました。忘れ物ですか?」
角のはえた前髪ぱっつんなハウ少年が聞いてくる。ふふふ、違うのだよ。
『先程の家の代金を支払いに来た』
俺の言葉にハウ少年が驚く。そうだ、驚きたまえ。
「さっそくかよ。さすがはチャンプ……やるじゃねえか」
おうさ。
「あ、ちょっと待ってください」
ハウ少年が慌てて口を開く。
「お金は親方に渡さないでください。僕にお願いします。親方に渡すと遊びに使われてしまいます!」
え、マジで?
「つかわねえよ!」
ハウ少年が親方に拳骨を落とされている。ほっ、さすがに冗談か。
『では、こちらが約束の2,621,440円(白金貨1枚)だ』
ハウ少年に白金貨を1枚渡す。うう、白金貨よ、今回も短い付き合いだったな。はぁ、ぽんぽんとお金が稼げるようになりたいなぁ。
「確かにお預かりしました。家の完成、楽しみにお待ちください!」
俺と14型は建築ギルドを後にする。さあ、自宅に戻って、すぐに転移だ。
貧民窟を抜け――うむ、子ども達の姿は見えないな、良かった良かった――更に墓地を抜け、我が家跡へ。
「マスター、今日はもうお休みになるのですか?」
じゃ、転移でスイロウの里に向かいますか。
って、この状態で転移を使ったら、どうなるんだ? 今、何処に居るか分からないキョウのおっちゃんやジョアンも一緒に転移されるんだろうか? それに、この14型の扱いがどうなるかわからない。うーん、ま、試してみるか。
――《転移》――
俺の体だけが空高くへと舞い上がる。いや、俺と小っこい羽猫か。って、おい14型はそのままかよ。同じパーティにいるはずのキョウのおっちゃんやジョアンもついてこないな。て、コトは同じパーティでも近くに居ないと駄目ってことか。それと14型だよな……。
はぁ、仕方ない。一度、このまま我が家跡に戻るか。
俺はそのまま転移先を我が家跡に設定し、着地する。これ、ただ大きく飛び跳ねただけだよな。
さて、14型をどうやって運ぼう。いや、まぁ、運ぶ必要があるかに関しては疑問が残るところだけどさ。
「ま、マスター?」
14型が不思議なモノを見るような目でこちらを見ている。うーむ、ロボとは思えないくらいに表情が豊かだよなぁ。というか、豊か過ぎるくらいだ。
仕方ない。
俺はサイドアーム・ナラカとサイドアーム・アマラを使い14型を抱きかかえる。うん、お姫さまだっこぽいね。うーむ、まさか、こんな芋虫みたいな格好になってから女の子を――いやまぁロボだけどさ――お姫さまだっこをする日が来るとは……。
――《転移》――
俺の体が空高くへと舞い上がる。うむ、ちゃんと14型も居るな。サイドアームに負担が掛かっている様子も無い。ということは……14型って俺の所持品扱いってことだよなぁ。ロボだし、物と同じ扱いか。
空中から、視線を動かしスイロウの里を選択する。そのまま、高速で降下する。
はい、あっという間にスイロウの里です。
俺は抱えていた14型を降ろす。
「この力は? マスターは……、いえ、止めておきましょう」
うん? 何々? 俺の秘められた力にびっくりした? ふふふ、凄かろう。
―2―
門番のハガーさんに挨拶してスイロウの里の中へ。
さ、何処からまわるかな。ホワイトさんの所と、食事と……まぁ、オマケでユウノウさんの所か。もしかしたらミカンさんが戻ってるかもしれないしね。
まずはホワイトさんの所に行くか。クノエさんのトコでポーションや魔法の矢を買うってのも有りなんだけどなぁ。ま、今回は鉄の矢でいいか。
そのままホワイトさんの鍛冶屋へ。
相変わらずゴチャゴチャと売り物なのか飾りなのか分からないような武器や防具が転がっている。店の中にホワイトさんの姿は無い。うーむ、いつものように奥の部屋に居るのかな?
『頼もう!』
俺は奥へと天啓を飛ばす。
「うお、うるせえなぁ、誰だよぉ」
奥から犬頭のホワイトさんが現れる。
『よろしいか?』
「って、ランじゃねえかよぉ」
そうだぜ。久しぶりだぜ。
『いつものように武器を見て欲しい。と鉄の矢を16本ほど貰えるだろうか?』
「ち、仕方ねえな。武器を出せよぉ」
ホワイトさんが少し嬉しそうにニヤリと笑う。
『と、それとだな……。凄く言い出しにくいのだが、これを見てくれ』
俺はホワイトさんの前にヒビの入ったホワイトランスを置く。
「ラン、お前……はぁ、そいつでも、まだ足りなかったか」
ほっ、怒られないのか。良かったぜ。てっきり「乱雑に使いやがってよぉ」とか言われるかと思ったよ。
「そろそろランも真銀の槍を持ってもいいんじゃないかよ?」
うーん、そうなんだよな。確かにさ、俺もそろそろ欲しいと思っているよ。ただ、白金貨2枚って金額はなぁ。500万ですよ、500万。さすがに無理です。
「素材があれば格安で作ってやるよ」
え? マジですか。そうか、そういう方法もあるか。
「しかし、この槍はもう駄目だな。割と自信作だったんだがよぉ」
う、申し訳ない。もっとこまめにメンテをしていれば……いや、今更だな。
「さすがに、もう同じのは無理だな。とりあえず鋼の槍でも買っておくか?」
そうだね。それしかないか。
『鋼の槍も2本貰おう』
「まいど、そっちの蜘蛛槍の方は手入れの必要も無いくらいに生き生きしているからメンテの代金はいいぜ。しめて81,920円(小金貨2枚)だよ」
ふむ。そんなものか。
俺はホワイトさんに代金を渡し、鉄の矢16本と鋼の槍2本を受け取る。はぁ、魔法を付与出来るホワイトランスは主力の一つだったからなぁ。凄いショックだよ。これで、オーガ討伐のクエストでタイミング良く真銀が手に入るとか、そんな奇跡はないよなぁ。
はぁ、まぁ、気分を入れ替えよう。
―3―
俺は鍛冶屋の外で待っていた14型を連れて歩き出す。
「マスター、そろそろお腹が空いたのでは? ええ、空いているでしょう」
いや、まぁ、空いたけどさ。どったのよ?
「先程、露店で食材らしき物が売られているのを見ました。アレを買うといいでしょう」
いや、あのさ、買うといいでしょう、って、まぁ、14型だから仕方ないか。はいはい、戻って買えばいいんだね。
にしても、結構、距離が離れたと思うんだが、パーティが解除される気配はないな。もしかして距離だけではなく、時間も関係しているのかな?
来た道を戻り、大通りの露店から14型に言われるがままに、色々な食材を購入する。
「さあ、アレも買ってください」
はいはい。で、どうするのよ?
「では、薄暗く狭い陰気な自宅に戻りましょう」
いや、あのさ、あの地下室が、別に俺の好みってわけじゃないからね。家だったモノが壊れたから仕方なく地下室に居るだけだからね。
『いや、その前にもう一箇所だけ行くところがある』
「分かりました。仕方ないですね。では、先にそこへ行きましょう」
14型が素直に頷く。
うんじゃ、ユウノウさんのトコに挨拶だけでもしてきますか。
ユウノウさんの居る道場へ。
うん、道場は変わってないな。前回と同じく、庭にちょっとした屋根がついているだけだな。ってアレ? 誰も居ない。ん? そう言えば、隣に建物なんてあったか? スイロウの里には似つかわしくない大きな建物があるんですけど。ま、まさか。いやいや、まさかでしょ。
「おや、ラン社長じゃないですか。どうしたんですかー」
俺の後ろから声がかけられる。うお、びっくりした。
後ろに居たのは和装に身を包んだ猫人族のユウノウさんだった。14型も気付かなかったようで、何やら変なポーズで威嚇行動を取っている。
「ああ、アレですかー。大陸の商人ギルドの商人さんが越してきたんですよー」
あー、びっくりした。まさか、大きな道場になったのかと思ったよ。こんなオチに、逆にホッとしたよ。
『ところで弟子の姿が見えぬようだが?』
「ふっふっふ。社長、来てくださいよー、見てくださいよー」
うん? というか、何だ、何で俺が社長呼びなんだ?
俺と14型はユウノウさんに連れられて里の外れに。
「にしても社長、たるんでますねー。私が近寄っても反応出来ないとか駄目なのです」
いや、そうは言うがね。建物を見て考え事をしていたから仕方ないんだって。それに今は侍のクラスも持ってないからさ……って、それは関係無いか。
「ここが新しい道場です!」
そこには木造の余り立派とは言えないが平屋の大きな建物があった。まぁ、道場だもんね、大きさ――広さの方が重要だよね。
「いやぁ、社長が教えてくれた油で揚げる調理法があったじゃないですかー。あれを大陸から来た商人さんと売り出したら大ヒットなのです。商人ギルドから儲けの一部を貰って、それを道場の運営費用に充てて、そして、そして、こんなにもですよー。弟子も10人に増えたのです」
ま、マジですか。
「いやぁ、これで社長に給料をせびらなくても、やっていけるのです」
ちょ、それで社長呼びか……。って、その商人ギルドの儲けを全部道場に使っているのか? お、俺の取り分は? と、言いたいところだけどさ、その大陸の商人と話をつけたり、軌道に乗せたりしたのはユウノウさんだしな。どういった苦労があったか分からないが、居なかった俺がそれを欲しがるのは欲張りすぎか。どうだろう。
「ささ、新しい道場に入ってください」
じゃ、道場に入りますか。
2021年5月9日修正
我が家後に → 我が家跡に