それゆけ、ミカンちゃん4
帝国領ホーシア。海の上に浮かぶ海洋国家だ。海の上に巨大な船と建物が浮かんでいる異様な姿は圧巻の一言である。船の上に作られた家々は神国風の造りをしており、帝国領にあるのに、まるで神国に迷い込んだかのようだ。
船のような建物と建物の間には桟橋のような板がかかり、それが道となっている。
「ふむ。船から大きな船に移った感じだな」
驚いた表情で喋るミカンの言葉にリーンも頷いている。
「うん、初めての人は大抵、驚くんだよ」
ホーシアは商人が営む貿易国として様々な国と取引をしており、それは帝国に納まらず、神国ともやりとりがある。建物の造りが神国風なのは、それに関係があるのかもしれない。
ミカン達は桟橋を伝いホーシアを形作っている巨大な船に乗り移る。
「リーン、道案内を頼む」
「うん、任せて、ミカンお姉ちゃん」
ミカンはリーンの案内で巨大な船の上を進んでいく。
「余り揺れないのだな」
「ミカンお姉ちゃん、船酔いが酷かったもんね」
リーンの言葉にミカンは苦笑する。確かにあれは人に見せられないような醜態だった。
「こっちだよ」
リーンの案内で辿り着いたのは、とても一介の商人が持っているとは思えない大きな屋敷だった。ここが巨大な船の上だと言うことを忘れてしまうかのような、そんな屋敷だ。
「ここ……なのか?」
ミカンの言葉にリーンが頷く。
「祖父の家……だから」
リーンが扉に取り付けられたノッカーを叩く。
「これは予想外だ」
ミカンはてっきり小さな商店のような所に案内されると思っていたため、このような展開は、まったくの予想外だった。
しばらくすると屋敷の扉が開き、中から執事の格好をした年配の猫人族が現れた。
「お、お嬢様?」
いや、そのまま執事なのだろう。
「た、ただいま」
リーンが答える。
「後ろの方は?」
「ここまで私を守ってくれたミカンおねえちゃんです」
これミカンおねえちゃんです。
執事に屋敷の中を案内される。さすがに船の上だけあって庭があるような屋敷ではない。
執事とリーンが楽しそうに会話をしながら家の中を歩いて行く。執事とリーンのやりとりを見ていると、この屋敷の温かさが――関係が非常に緩いものだと言うことが分かる。
「他の人の姿が見えぬな」
屋敷の中には人の気配が殆ど無かった。大きさの割に、本当に静かな屋敷だ。
「ええ、旦那様は余り騒がしいのが好きではないので……。この屋敷の中には最低限の人員しかおりません」
案内された部屋には年配の普人族の男性が居た。白い髪に白い口ひげ。気むずかしそうな顔。この人物がリーンの祖父だろう。
リーンと祖父の会話が始まる。
「そうか……亡くなったのか。だから、商人など……やらせたくなかったのだ」
祖父の言葉にリーンの猫耳が萎れている。
「いや、リーン、お前を責めているのではない」
リーンの祖父は寂しい顔をしながらもリーンに、静かに、優しく笑いかける。
「お前が生きていてくれただけでも、よかった」
感動の再会だ。ミカンは仕事は終わったとばかりに、静かに部屋を出ようとする。感動の再会に水を差すことを無粋だと思ったのだろうか。ミカンにとっては報酬などは後でも良いと、それどころか、どうでも良いとすら考えているのかもしれない。
「すみませんが待っていただけないでしょうか」
部屋を出ようとしたミカンが執事に呼び止められる。ミカンは『これ以上、ここに自分が居ても』と考えたが、呼び止められた以上、その場に留まることにした。
リーンとその祖父の話が続いている。その間、ミカンは部屋の中の調度品の数を数えていた。貿易国だけあり、リーンの祖父の部屋には沢山の個性的な調度品があり、それらを見ているだけでも楽しく時間が潰せそうだった。
「……ということでミカンさんにもお願いしたいのだが」
「え?」
ミカンは急に話を振られ返答に困る。リーンの祖父の真剣な顔――この状況では、話を聞いていなかったとも言えない。
「う、うむ」
とりあえずミカンは頷いておくことにした。
「ミカン様、もう一度、私から説明致します」
そんなミカンに気を利かせた執事がフォローをしてくれるようだ。
そして、そこで語られたのは予想外の話だった。
2021年5月5日修正
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