3-80 乱戦へ
―1―
真紅で突き、ホワイトランスで打ち払う。目の前のゴブリンの棍棒を打ち払い、狼もどきの噛みつきを――その口腔目掛け真紅で貫く。打ち払い、貫く。何度も、何度も、何度も。作業と化すくらいに続けていく。やがてゴブリンと狼もどきの集団を抜ける。そして新たな魔獣が見えてくる。
鳥の翼と趾に人の顔を胴体に持った妖鳥。ハーピーか何かか?
レッドアイを一回り小さくしたような蜘蛛型の魔獣、大きな鷹のような魔獣、以前に大苦戦をしたドラゴンフライなども見える。飛行系が多いのか? こういう時こそ、弓が役に立つのだろうが、こうも乱戦だと上手く活用できそうにない。あー、それに、ウィンドプロテクションの魔法で跳ね返されてしまうのか。
俺の視界に次々と赤い線が引かれていく。線を避けようと動けば動くほど魔獣の集団の中へ入り込んでいく。飛んできた粘着性の糸を回避し、空からこちらを捕まえようと急降下してきた鳥の足を回避し、真紅で打ち払い、アシッドウェポンで強化したホワイトランスで貫く。くそっ、数が多すぎる。何で、俺は、こんな戦術もクソもない、各個撃破をやっているんだ? 兵隊は何をやっているんだ?
やがて戦場に雨が降る。雨によって翼が濡れたからか飛行系の魔獣の動きが鈍くなる。これはチャンスか?
平原が雨を吸い地面をぐちゃぐちゃにする。ぬかるむ足場に足を取られないように戦っていく。あ、滑った。
目の前の冒険者の一人が滑って大きく転んでいた。それに殺到する魔獣達。
――[アイスウォール]――
転けた冒険者の前に氷の壁を張る。発生させた氷の壁のちょうど真下に居た魔獣が高く突き上げられていた。おー、飛ぶねぇ。さすがに突き刺して瞬殺とか出来ないか。
俺はそのままキョウのおっちゃんと共に転けた冒険者の下へ。その冒険者が体勢を立て直すまでフォローする。
「す、すまない」
冒険者の謝罪。いいってコトよ。みんなで生き延びようぜ。
『仲間は?』
俺は天啓を飛ばす。
「あ、ああ。この数だ。仲間と離れてしまって……近くには居るんだ」
一瞬、俺の天啓に驚いたようだが、すぐに答えてくれる。
『キョウ殿、この者を仲間の所へ連れて行く。構わないな?』
俺は飛来してきた鷹の爪を真紅で押し返しながら天啓を飛ばす。
「ああ、いいぜ」
近くからキョウのおっちゃんの声が飛んでくる。
『仲間の方向を頼む』
俺たちは冒険者の指差した方へと突き進んでいく。
――[アイスウォール]――
氷の壁を張り魔獣が周囲から一斉に襲ってこないようにする。
――《百花繚乱》――
高速の突きを繰り返しながら周囲の魔獣を押しのけていく。命が惜しかったら俺の前からどくんだな!
降り続ける雨のせいか体が重い。併せて足取りも重くなる。周囲の魔獣の数がそれに拍車をかける。これ、俺はスキルで武器を持って戦っているから、そこまで苦にならないけどさ、手に持って戦っている人たちは辛いだろうな。手に持った武器が滑って飛んでいった、なんて洒落にならないしさ。
―2―
仲間とはぐれてしまっていた冒険者を、その仲間たちと合流させる。
「チャンプ、ありがとう」
冒険者からのお礼の言葉。って、ここでもチャンプ呼びかよ。俺ってば、そんなに闘技場の王者として有名なのか? それともあだ名か何かなのか?
その後も戦い続ける。
どれだけ魔獣を倒しても一向に数が減った気がしない。それどころか倒せば倒すほど強くなった魔獣が補充されているような錯覚すら覚える。くそっ、終わりが見えないぞ。いつまで、俺は、こんなことをッ!
じゃーんじゃーんと戦場に大きな銅鑼の音が響き渡る。にわかに戦場の雰囲気が変わる。
「旦那、俺らも撤退だぜ」
さっきの銅鑼は撤退の合図だったのかな? って、撤退はいいけどさ、こんな魔獣の群れの中からどうやって抜け出せと? どっちに抜けたら撤退できるかもわからないような混戦なんだぜ?
戦場の各所に何人かで固まった青い炎が見える。冒険者らしく好き勝手戦えってコトなのかもしれないけどさ、この状況は余りにも酷くないか? 自分たちのパーティだけで戦った方が連携を取りやすいとか自分たちの必勝パターンがあるとか、そんな色々があるんだろうけどさ、この相手の、この魔獣の数だと――各個撃破で押し潰されてしまうんじゃないか? 幾ら、メインは軍隊で、俺らは好き勝手やるだけって言ってもさ、限度があると思うんだ。酷すぎる。もうね、いっそ、転移で逃げてやろうかと思うくらいだ。
キョウのおっちゃんが走り出す。雨によって視界が悪くなった中を、俺は青い炎とパーティの光を頼りに走って行く。周囲から次々と襲いかかってくる魔獣の爪や牙、粘着性の糸などを回避しながら走って行く。
――《アイスウォール》――
こちらの進路を塞ぐ為ににじり寄ってきた魔獣の進行を氷の壁によって防ぎ、駆けていく。
周囲の魔獣の種類がゴブリンなどの弱いものへと変わってくる。抜けたか?
その瞬間、目の前の魔獣達が吹き飛んでいた。
「道は開いた。このまま抜けるぞ!」
お、誰かが魔獣を吹き飛ばしたのかな。よし、せっかくだから、この開いた道をありがたく進ませて貰うぜ!
ばちゃばちゃと泥水を飛ばし、冒険者が駆けていく。雨に濡れ重い体に鞭を打って駆けていく。ああ、くそ、キツいな。にしても、この平原、水はけが悪いのか、大きな水たまりが至る所に出来ている。これ、ちょっと不味くないか?
やがて魔獣の集団を抜ける。よっしゃ、脱出成功っと。
そのまま、俺らは陣地へと撤退していく。魔獣側からの追撃を警戒していたのだが、魔獣達が動くことはなかった。何だ? 何かを守るようにとどまっているのか? でも、それだと進撃してきた意味がわからないよな? 何で追撃してこないんだ? うーん、わからない。まぁ、こちらとしては追撃が無い方が楽でいいんだけどね。
はぁ、にしてもキツいなぁ。雨が降ってきたのもキツいし、魔獣の数もキツい。こっちは避けきれなかった攻撃を何度か喰らって傷だらけだよ。まぁ、この程度の致命傷にもなっていないような傷なら後でヒールレインを使えば治るとして――先が見えないのがキツいよなぁ。
いつまでこんな事を続けるんだろうか?
8月3日修正
3-81 → 3-80




