3-76 既視感
―1―
俺は蝶になっていた。てふてふだ。
そうだ、芋虫だもん、いつかは蝶になって羽ばたくよね。
ぺちぺち。
羽があるから空も飛べるよね。
ぺちぺち。
ああ、この世界は月が二つあるんだった。もう一個の月は大きな紫の色。
ぺちぺち。
ああ、さっきからぺちぺちっと……てッ! そうだ、人蟻は?
と、そこで目が覚めた。
「にゃあ」
目の前には俺のほっぺぽい部分を叩いている小っこい羽猫が居た。ああ、起きたよ。にしても、なんだかゆらーりゆらーりと揺れているな……って、何だ? これは果物に、パンかな? うーん、食べ物だよな? なんで、食べ物と一緒に居るんだ?
それにこの揺れ。運ばれている? 周りのコレは幌か? 幌馬車?
何で、俺が運ばれているんだ? これ、どういう状況だ? ま、まさか、俺も食べ物として運ばれているのか? 確か、人蟻を倒したんだよな? その後、気絶して――何で、こんな状況に?
体は……動くな。傷とかもないようだ。限界突破の後遺症みたいなモノは無いか。とりあえず良かった、良かった。って、あ。
俺はとっさに自分の腕を見る。ほっ、さすがに隷属の腕輪は無いか。って、なんだコレ。俺の腕に何かが絡みついている。ま、まさか、これ、真紅か? 真紅の握り部分に金色の蜘蛛足のようなモノが生え、俺の手に絡みついてた。って、俺、真紅を自分の手で持っていたか? 確か、サイドアーム・アマラに持たせていたよな? この真紅の変化といい、一体、何が起こったんだ?
パーティの光は見える。遠くにキョウのおっちゃん、近くにジョアン少年。うん、パーティは解散されていないな。って、本当にどういうことだ?
「お、ランさんよ、気付いたかい?」
幌の中を覗く顔。
「あ、ランさんが起きたんだね」
もう一人がこちらをのぞき込んでくる。って、アレ? 何だか、懐かしい顔だぞ。赤い短髪に青のバンダナを巻いた顔、赤いバンダナで同じように短い髪を立たせた顔。
「お、そういえば、初めて会った時もこんな感じだったか?」
おー、ウーラさんにイーラさんじゃないか。懐かしいなぁ。って、これはどういう状況だ?
二人ともアクスフィーバーってクランに属しているんだよね。そういえば、今回の戦争の冒険者側のリーダーってアクスフィーバーのクランマスター、アーラさんって人だったか。
「あ、その人? 起きたんだね」
もう一人、斧を持った少年ものぞき込んでくる。
―2―
俺は幌の中から出て、3人が居る広めの御者席に座る。にしても大きな馬車? だ――いや、運んでいるのが2本足の竜だから竜車か? 何頭も連結して大量の荷物を運んでいる。それらを3人だけで操作するとか、俺から見たら神業だな。
と、それよりも、まずは状況を説明して欲しい。
「ああ、その前に僕の弟分の自己紹介をしておきます」
斧を持った少年がぴょこんと手を挙げる。
「はーい、僕でーす」
イーラさんが少年の行動を暖かい目で見、そして口を開く。
「俺たちのクランマスターは知っているよな。アーラの姉御が俺たちのリーダーだ。そして俺がサブリーダーのイーラ」
短髪のイーラさんがきらりんと笑っている。
「僕がウーラですね」
同じく笑顔がまぶしいです。
「そして、僕がー、エクシディオンでーす」
少年もイーラさんを真似してきらりんと笑っている。って、そこはエーラじゃないのかよッ! 何ソレ、突っ込み待ち? 突っ込み待ちなの?
三人が俺をじーっと見ている。えーっと、何待ち? って、ああ、そうか。
『自分は氷嵐の主、ランと呼んでくれ』
三人が俺を見てうんうんと頷いている。なんなのこの人達。この人達のクランってこんな感じなの?
「では、ランさん、眠っていたランさんに現状の説明をするよ」
はい、ウーラさんお願いします。
「ランさんは、4日ほど寝込んでいたんだ。時折うなされていたよ。ランさんを連れてきてくれたキョウという人の話だと何らかのスキルの後遺症じゃないかって話だけど、それは合ってる?」
『ああ、その通りだ』
もうね、思い出しても限界突破スキルの後遺症が酷すぎる。あんな体が裂けそうになるようなスキルなんて二度と使うもんか。痛みで心が砕け散るっての。アレは絶対に使ってはいけないスキルその1だ。まぁ、今後その2を憶えるかはわからないけどさ。
「ああ、それでだな。俺たちのクランも今回の大規模レイドクエストのリーダークランとして参加しているんだが、俺とウーラはちょっと前まで大森林に居たからな。参加に遅れたんだよ」
ふむふむ。
「それでもー、急いできたんだよー?」
ふむふむ。
「これから姉御と合流って感じなんだがな」
ウーラさんが短い短髪をかりかりと掻いている。
「で、どうせ、前線に行くのならついでだ、と臨時の兵站代わりに利用されているんです」
兵站って何? 後方支援とか、食料運搬って意味なのかな?
「その食料運搬のついでにランさんを運んでいるワケだ」
え? 何で運ぶ必要が? いやいや、運ぶ必要が無いでしょ。病欠ってことで自宅療養が必要だと思うのです。
「帝都やちかくの冒険者はー、むりやり参加だからひどいよねー」
「準備の出来ていないランさんを運ぶのは悪いと思ったんだけど、強制だからね」
ちょ、そこは無視してくださいよー。
「ランさんを運んでくれたキョウさんは、すでに前線で戦っていると思うよ。聖騎士の少年は帝都に居残りだね」
なるほどな。なんとなく状況はわかった。
あの女王との戦いの後、気絶した俺は、戦争に強制参加ってルールのために無理矢理前線に送られているってワケだな。ちょ、酷い話だなぁ。武器や防具を手に入れたり、ホワイトさんのとこで武器の手入れをして貰ったり、て感じで色々と行う予定だったんだけどなぁ。
「ま、野郎ばっかりで面白くないかもしれないけどよ、仲良くやろうぜ」
イーラさんがにこやかすぎる笑顔で笑っている。はいはい、そうだね。
にしても戦争かぁ。
2015年7月31日追加
体は……動くな。傷とかもないようだ。限界突破の後遺症みたいなモノは無いか。とりあえず良かった、良かった。って、あ。
2021年5月9日修正
どういことだ? → どういうことだ?