3-75 超進化
―1―
世界が変わる。
俺の中から無限の力が沸き起こっているかのようだ。うん? いや、それほどでも無くね? 何だろう、青フードの少女が俺に使った時はもっと全能感があったんだけど、ちょっと俺凄くね? くらいの感じだ。うーん、発動方法が悪かったんだろうか。いや、でもスキルとして発動したしなぁ。良くわからないな。って、そんな場合じゃなかった。
人蟻はきょろきょろと周囲を見ている。ちっ、余裕かよ。
こちらも周囲を見回す。キョウのおっちゃんはよろよろと力なくだが立ち上がろうとしている。ジョアン少年は?
ジョアン少年も剣を杖代わりになんとか体を起こそうとしていた。それに気付いたのか、人蟻がそちらを向く。
一瞬にしてジョアン少年の前に立つ人蟻。させるかよッ!
俺も人蟻を追うように駆け、ジョアン少年の前に立ち塞がる。うお、体が軽い。人蟻と同じ速度で動けるぞ。
人蟻がジョアン少年に蹴りかかる。俺は、それを真紅で打ち払おうとする。人蟻の動きが見える、見えるぞ。
ジョアン少年を狙っていた人蟻の蹴りが途中でガクンと方向が変わる。見えているんだよッ!
――《払い突き》――
軌道を変えた人蟻の蹴りを打ち払い、一回転。体勢を崩した人蟻に真紅を突き刺す。人蟻が上体をぐにゃりと動かし、真紅の突きを回避しようとする。させるかよッ!
サイドアーム・ナラカに樹星の大盾を持たせ、その大盾を使い人蟻に打ち付ける。金属の砕ける大きな音。大盾の衝撃で人蟻の動きが止まる。ここだッ!
そして、そのまま真紅を突き刺す。
――《スパイラルチャージ》――
真紅が赤と青の螺旋を描き人蟻の金色の外皮を削っていく。硬い外皮に、胸にヒビが入る。俺の攻撃にたまらず人蟻が後方へと大きく飛ぶ。見えている、戦えているぞ! 異常に速く感じていた人蟻の動きが――見える、ついて行けるぞッ! これなら、これなら戦える!
『使え』
俺は樹星の大盾をジョアン少年に渡す。ジョアン少年が素直に大盾を受け取る。樹星の大盾を渡したことによって空いたサイドアーム・ナラカにコンポジットボウを持たせる。
『キョウ殿』
起き上がっていたキョウのおっちゃんに青のダガーを投げる。
「すまないんだぜ」
キョウのおっちゃんが青のダガーを受け取る。
――[ヒールレイン]――
癒やしの雨が降る。よろよろとこちらへと歩いてきていたキョウのおっちゃんにも、樹星の大盾へ装備し直していたジョアン少年にも、そして俺にも、癒やしの雨が染みこんでいく。人蟻に蹴られまくってボコボコだった体が癒えていく。なんだか、普段よりも回復している気分だ。
―2―
人蟻がこちらへと飛びかかってくる。
『ジョアン、右斜め前ッ!』
ジョアン少年が右斜め前方向へ大盾を構える。ジョアン少年の大盾に衝撃が走る。そして、それを追うように俺が飛び出す。
――《百花繚乱》――
真紅による高速突き。高速の突きを人蟻が素早い動作で躱していく。少しずつ、じりじりと後退しながら突きを回避していく。ちっ、さすがに素早くて捉えきれないか。
――《バックスタブ》――
ゆっくりと後退していた人蟻の背後にはいつの間にかキョウのおっちゃんが居た。気配を感じさせないキョウのおっちゃんによる一撃。青のダガーが人蟻の金色に輝く硬い外皮に刺さる。
「キイイイィィィィィ」
人蟻が悲鳴を上げる。人蟻は、悲鳴を上げた体勢そのままに一回転し、回し蹴りにてキョウのおっちゃんを吹き飛ばす。キョウのおっちゃんも蹴りを、素早く引き抜いた青のダガーで、なんとか受け止めていたが、勢いを殺しきれずそのまま吹き飛ばされる。
人蟻は、そのまま素早く羽を広げ、飛び、逃げようとする。へ、そんな動き、今の俺なら余裕で見えているぜ!
素早く真銀の矢を番え、そのまま放つ。
真銀の矢が髪のように伸びていた触覚を貫く。そして光となって消えた。
「キイイイィィィ」
人蟻が言葉ともならない金属音のような悲鳴を上げ墜落する。
俺は地面に落ちた人蟻へ追撃を加えようと――しかし、人蟻は地面に落ちる前に体勢を整え、髪のような触覚を手で押さえながら、金色の液体を周囲に放出した。あ、ヤバイ。
――《ガーディアン》――
スキルの発動と共に、俺とジョアン少年の位置が変わっていた。ジョアン少年が放出された金色の液体の前に、そしてそれらを手にした大盾で必死に防ぐ。な、何しているんだ! おま、危ないぞ。
「行けっ! ラン!」
ジョアン少年が大盾で体を護りながら叫ぶ。
――《魔法糸》――
俺は魔法糸を飛ばし、その反動でジョアン少年を乗り越える。
そして、空中から戻ってきていた真銀の矢を番え、放つ。真銀の矢は狙い違わず胸のヒビに刺さる。真銀の矢がヒビを大きく広げていく。限界突破しているからか、真銀の矢の戻りが速い、更に威力も桁違いだ。よし、このまま終わらせてやる。
落下しながらサイドアーム・アマラに持たせた真紅を人蟻へ。人蟻が素早く後方へと移動する。
――《スピアバースト》――
真紅から発した衝撃波が逃げる人蟻を襲う。人蟻は衝撃波を避けるため後方へ逃げるのを止め、背の羽を震わせ空中へ。
その羽に飛んできた青いダガーが刺ささった。
「逃がさねぇぜ」
羽に青のダガーが刺さり、動きが止まる。ああ、逃がさないぜ!
――《スパイラルチャージ》――
真紅より放たれる赤と青の螺旋が金色の体を、その胸に作られたヒビを貫き、硬い金色の外皮を砕き、中の魔石を露出させる。真紅が金色に輝く特大の魔石を、そのまま砕く。
終わりだ!
「キイイイィィィィィ」
魔石を砕かれた人蟻が大きな悲鳴を上げ、動きを止めた。
人蟻が真紅に串刺しになり、そのまま手足をだらんと垂らす。
勝った、勝ったぞ!
【エミリオがランクアップ条件をクリアしました】
【エミリオが神獣(幼)にランクアップします】
勝利の瞬間、システムメッセージが流れた。うん?
俺はこちらへと歩いてきていた小っこい羽猫を見る。
「にゃ?」
いつの間にか遠く離れ、こちらの戦いを見物していたと思われる小っこい羽猫が光に包まれる。お、マジですか。ここで進化するのか、しちゃうのか! もしかしてすっごい戦力になるテイムモンスターになるのか? ここからテイム無双始まっちゃう?
【エミリオがスキル《ライト》を獲得しました】
光が薄れ、そこには少しだけサイズが大きくなった小っこい羽猫が居た。ちょ、殆ど変わらないじゃないか。
「にゃあ?」
小っこい羽猫は不思議そうに首をかしげている。そして、すぐに飛び上がり、俺の頭の上に乗っかる。む、少し重くなった。肩が凝りそうだよ……まぁ、肩は無いんだけどさ。にしてもスキルを憶えたのか。ライトって何だろうな? 光魔法とかでアンデッドどもをぴかーっと焼き殺すようなスキルだろうか。何にせよ、確認しないとな。うむ、楽しみである。
【金の属性が発現しました】
【金の属性発現に併せて[アシッドウェポン]の魔法が発現しました】
う、うお? 俺にも魔法が。しかも金属性だと。いや、何だろう、金属性って余り嬉しくないんだけど。金の属性が発現したってことは木の属性が手に入らないってことだろう? うわ、俺、木の属性の方が欲しいんですけど。木の方が色々と活躍出来そうじゃん。金とかメジャーじゃないしさ、何に使えるか想像出来ないんですけど。マイナー系の属性でも欲しい――というか、周りの人が持っていない属性を使っている、使いこなしている俺凄い系と何ソレ? そんな属性あったの? 系ってあるじゃないですか。金って絶対後者だよね。はぁ、まぁ、発現してしまったモノは仕方ないけどさ、ちょっとショックです。MMOなんかでスキル振りを間違えて、ああ、どうするどうする? ってなった時の気分だよ。ゲームならキャラを作り直しているくらいのショックだよ。
「旦那、さすがだぜ」
「ラン、や、やるな!」
キョウのおっちゃんとジョアン少年も俺の下へと駆けてくる。走ってこなくてもいいってば。まったく、二人ともボロボロなのにさ。
にしても今回は危なかったな。限界突破のスキルが無ければ詰んでいた。俺なんて素早さ特化だからさ、俺よりも、もっと速い敵の時には何も出来ない――させて貰えないってコトが良くわかったよ。紙装甲でぼろ雑巾だ。
いやあ、限界突破はチートスキルだな。さっきまでは目で追えない、完全に素早さで負けていた、そんな相手と同程度以上に戦えるようになるんだもん。これからはピンチになったら限界突破で逆転ってのが必勝パターンになりそうだ。うん、奥の手が欲しかったからちょうどいいな。
って、あれ、視界が斜めに。
「おいおい、旦那」
キョウのおっちゃんが斜めに?
「ラン!」
ジョアン少年もぐるぐると。
って、うぎゃああああ。体が、体が。
体が裂ける、中から割れる、痛い、痛い。何だ、何だ、この激痛。うげげげげ、気が狂いそうになるほど体が痛い。体の中に、心臓に焼きごてを直接当てられているかのようだ。
俺はその場に転げ回る。痛さに耐えきれない。
あ、あ、あ、あ、あ、あ。
俺はそのまま痛みに気を失った。