3-74 超えて
―1―
『キョウ殿!』
俺の天啓にキョウのおっちゃんがその場所から大きく飛び退く。
飛び退いたキョウのおっちゃんの居た場所を人蟻が噛みつく。そして何も無いことに気付き、首をかしげてきょろきょろと辺りを見回す。
そしてキョウのおっちゃんを発見し、再度、噛みつこうと構え、飛びかかる。させるかよ!
俺は鉄の矢を番え放つ。む、矢を放つのが遅く感じる。もしかしてメインのクラスを戦士にしているからか? しまったなぁ、完全に油断じゃないか。
俺の矢に気付いた人蟻の姿がふわっと消える。さっきから何なんだ? 俺の動体視力だと追い切れないのか? そんなに早く動いているのか?
人蟻は離れたところで背にある羽を震わせている。何なんだ? いや、待てよ?
「ま、まさかオーラか……ち、やばいんだぜ」
そう言って、キョウのおっちゃんは腰に付けたポーチから何かの小瓶を取り出していた。うん? オーラ?
キョウのおっちゃんが取り出した小瓶を一気に飲む。何を飲んだんだ。
「旦那! ……は必要無いか。小僧、起きるんだぜ!」
キョウのおっちゃんが叫ぶ。叫びながらも人蟻から視線を外さない。
「な、なんだ」
キョウのおっちゃんの叫びにジョアン少年が起き上がる。
キョウのおっちゃんはそれを確認してジョアン少年にも小瓶を放る。ジョアン少年が慌ててそれを受け取る。
「飲め、あいつは精神に恐慌を起こさせるオーラを持っているぽいんだぜ」
「あ、ああ」
ジョアン少年が慌てて小瓶を飲む。ちょ、俺にはくれないのか? それって何か精神系攻撃を防いでくれる系のポーションだよね。差別じゃん。
人蟻がこちらを襲ってくる気配はない。興味深そうにこちらを眺めている。余裕かよ。
その余裕を崩してやるぜ!
―2―
ジョアン少年とキョウのおっちゃんが俺の下へ集まってくる。
『大丈夫か?』
俺の言葉に二人は頷く。さて、こっからだよな。
「にしても、攻撃がすり抜けたのは何なんだぜ?」
「な、何故か、反応出来なかった……」
それな、俺に考えがある。
『ジョアンは何とか攻撃を防いでくれ』
少年が嬉しそうに頷く。ん? 何で嬉しそうなんだ。
『キョウ殿は女王? を惹き付けて欲しい』
キョウのおっちゃんも頷く。
俺はコンポジットボウを持つ。
人蟻は髪のように伸びた触覚を振るわせながらこちらを見ている。さあ、逆転劇だぜ。
――《集中》――
ジョアン少年とキョウのおっちゃんが駆けていく。そんな姿を集中した俺の視界が捉えていた。
――《チャージアロー》――
俺の鉄の矢に光が集まっていく。
ジョアン少年のガチャガチャという音に気を引かれたのか人蟻がそちらへと顔を向ける。
「来るぜ」
「ま、任せろ!」
人蟻がジョアン少年ではなくキョウのおっちゃんへと飛びかかってくる。いや、そう見えた、だな。
『ジョアン、右だ』
俺の言葉にジョアン少年が右へと大盾をかざす。その瞬間、ジョアン少年の大盾に重たいものがぶつかった衝撃が走る。
「な!」
俺は、その見えていた『線』を目掛けて光る鉄の矢を放つ。ジョアン少年の大盾に乗りかかっていた人蟻に光の矢が刺さり吹き飛ぶ。よしっ!
人蟻は吹き飛びながらも、すぐに背の羽を震わせ、空中で体勢を整え綺麗に着地する。しかし、それでは終わらない、駆けていたキョウのおっちゃんが着地した人蟻目掛けて2本の長剣を振り下ろそうとしていた。
『キョウ殿、そこじゃない、もう一歩前だ』
俺は見えていた『線』の位置をキョウのおっちゃんに告げる。俺の言葉に合わせ、振り下ろそうとした長剣を止め、更にもう一歩踏み込む。着地した人蟻の体をキョウのおっちゃんがすり抜け、そして長剣を振り下ろす。へへ、幻覚か何かわからないが、俺には名前の先に伸びる線が見えるからな。大体の位置はわかるんだぜ、残念だったな!
キョウのおっちゃんが振り下ろした長剣をその身に受け、人蟻が……え?
キョウのおっちゃんの長剣が砕け散っていた。おっちゃんの顔が驚愕に歪む。人蟻の体に当たった長剣がその場から粉々になっていく。なんだ? 体が硬いのか?
そして、そのままキョウのおっちゃんを殴りつける。強力な威力にキョウのおっちゃんが吹き飛ぶ。おっちゃーん!
人蟻の周囲に金色の紡錘形の塊が4個ほど浮かぶ。そして、それを無造作に飛ばしてきた。狙ったのはジョアン少年。ジョアン少年はそれらを手に持った大盾で防ごうと構える。何だ、アレは? いや、危険な香りがする。
――[アイスウォール]――
俺はなけなしのMPを使ってジョアン少年の前に氷の壁を張る。アレは、何だかヤバイ気がする。
氷の壁が金色の塊を防ぐ。1発目、2発目……そこでヒビが入る。氷の壁が3発目を防ぎ、砕け散る。そして4発目がジョアン少年の下へ。ジョアン少年が大盾でそれを防ぐ。金色の塊はべちゃりと大盾に付着し、そのまま大盾を削った。付着した部分が完全に溶けて消えている。な、何じゃそりゃ。
人蟻は追加とばかりに更に4個の金色の塊を浮かべていた。やばい、やばい、アイスウォールをもう一度張れるほどのMPは残っていないぞ。何とか回避してくれ!
俺は援護とばかりに矢を放つ。放った内の1本が金色の塊を撃ち落とす。いや、鉄の矢に付着させて溶かさせただけだ。
ジョアン少年が金色の塊を回避しようとするが、躱しきれず2個の塊をその身に浴びる。付着した金色がジョアン少年の鎧を溶かす。
「うっ」
鎧を溶かし、皮膚を溶かしたのか少年が呻き声を上げる。くそ、後で回復魔法を使うから我慢しててくれよ。
―3―
俺は駆けていた。人蟻が俺の方を向く。そして浮かぶ4個の金色の塊。いいぜ、飛ばして来な!
視界に次々と赤い点が灯る。俺はそれは避けるように動き、金色の塊を回避していく。回避し、人蟻への下へ。目の前に迫る人蟻。人蟻はこちらを何を考えているのかわからない複眼で見ている。そのまま、ゆっくりと見ていな! 喰らえッ!
――《Wスパイラルチャージ》――
真紅とホワイトランスが描く螺旋が人蟻へ伸び貫く……いや、貫けなかった。人蟻がふわりと飛び上がり、俺の攻撃を回避していた。な?
「ランの旦那!」
キョウのおっちゃんの叫び。ああ、無事だったのね。
そして視界に左から赤い線が迫っていた。あ、と気付いた時には、俺の体は吹き飛ばされていた。吹き飛び、地面に当たり、跳ね、滑っていく。け、蹴られた?
俺は痛みをこらえ、ホワイトランスを杖代わりにして立ち上がる。その視界にキョウのおっちゃんが俺の下へと走ってくるのが見えた。おっちゃん武器ないじゃん――って、そうだ、青のダガーがあった。あれをキョウのおっちゃんに使って貰えば――そんなことを考えている俺の前でキョウのおっちゃんの姿が消えた。いや、人蟻に蹴り飛ばされていた。
人蟻はキョウのおっちゃんを蹴り飛ばし、そのまま空中で一回転し、羽を震わせる。そして空中に浮かんでいた。な、何が起こった?
それを呆然と見ていた、俺の視界も一回転していた。へ?
回転する体が何処かへと飛んでいくホワイトランスを見ていた。杖代わりに持っていたホワイトランスごと蹴り飛ばされた? いや、それよりも何でさっきまでキョウのおっちゃん側に居た人蟻が?
俺はそのまま頭から地面に叩き付けられる。がっ、何が何だかわからない。
俺は痛む頭を押さえ、顔だけでも、と視界の確保のために上体を起こそうとする。
そんな俺の視界に、人蟻がゆっくりとジョアン少年の下へと歩いていく姿が見えた。歩いているだと。さっきまで転けていたようなヤツが?
ジョアン少年がボロボロの体を起こし、剣を腰だめに構えていた。そして大きな光の剣を放つ。しかし、放たれた光の剣の先には人蟻は居なかった。人蟻はゆうゆうと光の剣を躱し、ジョアン少年を蹴り飛ばしていた。ジョアン少年の鎧が恐ろしい力に凹み、まるでボールのように吹き飛んでいく。くそがッ! こんな所で寝ていられるか。
俺は無理矢理体を起こし真紅を構える。俺はここだ、こっちに来なッ!
起き上がった俺に気付いたのか人蟻がこちらを向く。その瞬間、すぐに赤い線が俺の視界に走った。
――《払い突き》――
赤い線が走ったのを見た瞬間にスキルを発動させる。真紅が赤い線をなぞるように打ち払いを――しかし、その瞬間、赤い線の軌跡が変わる。真紅の払い突きを躱すようにぐにゃりと赤い線がまがり、そのすぐ後には俺の体は吹き飛んでいた。ああ、また蹴られたのか。先程と同じように地面に叩き付けられる。
俺は痛む体を抑え、立ち上がろうとする。その目の前に人蟻が居た。へ? 何で?
またも蹴り飛ばされる。蹴り飛ばされた先には人蟻が居た。地面に叩き付けられる前にまたも蹴り飛ばされる。何度も、何度も蹴り飛ばされる。お、お……俺は……サッカーボール……じゃねぇ……よ。
人蟻が俺を蹴り飛ばすことに飽きたのか、俺は地面に叩き付けられる。が、はっ……。こ、これは……やばい。予想以上だ。
人蟻は女王形態から人型になったことで、単純な攻撃力は下がったのかもしれない。何度も蹴り飛ばされているのに俺が生きているんだからな。が、単純な速さがやばすぎる。何なんだ、これは。速い、速すぎる。
はぁはぁはぁ。
どうする、どうする?
いや、手はあるはずだ。
俺の中の可能性。
出来るはずだ。
感覚は覚えている。
俺は自分の心臓辺りへと手を伸ばす。はぁ、手が届いて良かったよ。
人蟻は俺に興味が無くなったのかうろうろと『歩いて』いる。
思い出せ。
心臓が、いや――俺の魔石か――が、ドクンと跳ねたのを感じる。
もっとだ。
思い出せ。
ドクン。
俺の中の魔石が糸に絡め取られクルクルと回っているように感じる。
そうだ、もっとだ。
俺は、負けないッ!
【《限界突破》が開花しました】
――《限界突破》――
7月29日修正
バスケットボール……じゃねぇ……よ。 → サッカーボール……じゃねぇ……よ。