3-72 女王戦
―1―
壁の穴から現れる無数の蟻たち。
女王へと駆けていく俺の前に――それを邪魔するかのように羽蟻と巨大蟻が立ち塞がる。ち、数が多いな。
その瞬間、何かが『ひゅっ』と飛び羽蟻に刺さる。投げナイフか? 見るとキョウのおっちゃんが器用に数本の短剣を手に持ち、飛び交う羽蟻たちへと飛ばしていた。
更に広間にガンガンと大きな音が響き渡る。ジョアン少年が手に持った大盾を叩き、蟻たちを惹き付けている。
目の前の巨大蟻や羽蟻たちが注意を逸らされ、そちらへと動き出す。
俺の前に女王への道が開かれる。さすが、頼りになるぜ。
――[アイスウェポン]――
駆けながら魔法を発動させる。サイドアーム・ナラカに持たせたホワイトランスが氷の塊に覆われていく。
俺は一気に女王の下まで駆け寄り、そのまま貫いた。
――《Wスパイラルチャージ》――
二本の槍が唸りを上げて螺旋を描き女王の金色に輝くぶよぶよとした肉を貫く。お、柔らかい。
「キュイィィィィ」
女王から叫び声とも悲鳴とも取れる音が漏れ出る。効いている、効いてる。
――[アイスボール]――
6個の氷の塊を浮かべ、貫いた傷口へぶち当てていく。氷の塊が当たる度に女王の体が大きく跳ねる。ちょ、そのサイズで跳ね回るのは危ない。潰されたら一発で死んじゃうぜ。
――《魔法糸》――
俺は魔法糸を後方へ飛ばし、そのまま滑りながら移動し距離を取る。
他の蟻と同様に女王も氷が有効だな。確実にダメージを与えているようだ――が、余りにもサイズが違い過ぎる。巨人相手に爪楊枝で戦っている気分だ。
俺がどうしたものかと思案していると視界の上部が赤く染まった。俺が慌てて上を見ると女王がバネのように体をしならせ飛びかかってくるところだった。ちょ、あ、危ない。
俺は慌てて駆け出す。女王の落下予想地点から逃れようとする。
――《魔法糸》――
魔法糸を飛ばし飛ぶ。
俺が居た場所に女王の巨体が落下する。地面が揺れるほどの激しい衝撃。あ、危ない、危ない。まさかこんな攻撃方法で来るとは思わなかったよ。
―2―
女王の攻撃を回避した俺の周りには巨大蟻や羽蟻が集まってきていた。いくらジョアン少年やキョウのおっちゃんが惹き付けてくれていると言っても、二人では限界があるようだ。ま、単純に数が多すぎる。キョウのおっちゃん達で20くらいは受け持ってくれているけれど(それでもいつ決壊してもおかしくないくらいの数だ)蟻たちの総数からすれば微々たるものだ。全部で80くらいは居るのか? くそ、ちょっと数の暴力ってヤツを甘く見すぎていたか?
ゆっくりと体をうねらせながら女王がこちらへと近寄ってくる。その周囲には守るように羽蟻たちが舞っていた。どうする、どうする?
視界、右側に赤い線が走る。見ると黄色蟻が蟻酸を飛ばそうとしているところだった。ちぃッ!
――《魔法糸》――
魔法糸を、女王の周囲を飛び回っていた羽蟻に飛ばす。そして、そのまま魔法糸を短くなるように調節して舞っていた羽蟻まで飛び上がる。俺の重さに羽蟻がふらふらと落下していく。
――《魔法糸》――
更に魔法糸を飛ばし、今度は他の羽蟻へ。俺は羽蟻伝って空中へ。そうだ、ここからのッ!
――《Wスピアバースト》――
2本の槍を下へ向ける。落下する体と共に真紅が赤と紫の光に、ホワイトランスが赤と青の光に包まれる。いっけぇぇぇぇッ!
赤と青と紫の光を纏った2つの槍が女王に突き刺さる。その瞬間、纏っていた光が周囲へと弾け飛ぶ。女王に刺さった槍から広がる閃光が周囲の羽蟻と巨大蟻を吹き飛ばしていく。
槍ごとぶよぶよとする女王の上に乗っかった俺は槍を引き抜き、何度も何度も刺し貫く。喰らえッ!
――《W百花繚乱》――
穂先も見えぬ高速の突きが女王の体を抉る。抉り貫き、ぶよぶよした体から金色の体液の花を咲かせていく。ザクザクと刺し貫く。抉る、刺す、貫く。
「ギニャアアァァァ」
耳をつんざく悲鳴。それに合わせて女王の体が跳ねる。一気に真っ赤に染まる視界。あ、やべ。
俺は周囲を見渡す。何処かに魔法糸をくっつけられそうな場所は、敵は? あー、羽蟻や巨大蟻はさっきスピアバーストで吹き飛ばしたんだった。し、しまった。
俺の体がふわりと浮く。そして、そのまま吹き飛ばされた。
「にゃ」
俺の頭に乗っていた羽猫も一緒に吹き飛ばされる。俺は空中で羽猫をかばうように抱え込む。そして、そのまま地面に叩き付けられた。ぐはっ。
地面に叩き付けられた俺に巨大蟻が襲いかかる。く、待てよ。こっちは体が動かないってんだ。
ダンッという音ともに巨大蟻が吹き飛ぶ。
俺をかみ砕こうとしていた巨大蟻の脳天に光り輝くダガーが突き刺さっていた。
「旦那ー! 後は自分でなんとかして欲しいんだぜ」
キョウのおっちゃんが――自分たちも目の前の蟻で手一杯だろうに――ダガーを投げて援護してくれていた。助かったぜッ!
――《魔法糸》――
俺は魔法糸を飛ばし巨大蟻たちから距離を取る。
――[アイスウォール]――
蟻たちが近寄ってこないように氷の壁を張る。
――[ヒールレイン]――
癒やしの雨が降り注ぎ、叩き付けられた傷を癒やしていく。
仕切り直しだぜッ!
―3―
あの巨体、危険だな。安全性を考えたら遠くから弓でチマチマと攻撃して何とかしたいトコロだ。しかし、それには周囲の雑魚が邪魔すぎる。どうする、どうする?
あっ!
俺は矢筒から一本の矢を取り出す。
【真銀の矢】
【真銀で作られた魔法の矢。矢を放った後、しばらくすると矢筒に戻っている不思議な矢】
これならもしかして……。
俺は真銀の矢をコンポジットボウに番える。
そのまま蟻の群れを抜け、女王の眼前に。
――《集中》――
集中力が増し世界の流れがゆっくりになる。左右から襲いかかってくる巨大蟻の噛みつきを難なく躱し、考える。
この世界では真銀製品って、かなり威力が高かったよな?
それに魔法の付与も可能だったよな?
ならッ!
――《アイスウェポン》――
真銀の矢が氷に覆われ、巨大な一本の氷の槍と化す。よし、予想通りじゃんッ! 喰らえッ!
俺は氷の矢を放つ。
氷の矢が女王の脳天を貫き、大穴を開け、そのまま体を抜けていく。そして、氷の矢は女王の体を抜けきった後、空中にて光となって消えた。
予想以上の威力だ!
その瞬間だった。視界が真っ赤に染まる。なんだと!
女王は脳天に大穴が空いているにもかかわらず、上体を起こし、こちらを叩き潰そうとしていた。危険感知がなければ油断してそのままやられていたかもなッ!
――《魔法糸》――
魔法糸を飛ばし、女王の叩き付けを回避する。そんな攻撃、喰らうかよッ!
脳天に大穴が空いているのに生きているなんてなッ! しかし、これで終わりだッ!
俺は2本の槍を構えて突撃する。
――《Wスパイラルチャージ》――
絡み合う二重の螺旋が巨大な女王の体を貫く。
ぶよぶよとした金色に輝く女王の体にヒビが入り、女王の体が真っ二つに裂けていく。
「や、やったか?」
「旦那、さすがなんだぜ。後は雑魚の掃討だぜ!」
ジョアン少年とキョウのおっちゃんが目の前の蟻たちと戦いながらもこちらへ声をかけてくる。ああ、後は雑魚の掃討だけだなッ!
うん、意外と楽勝だったじゃないか。
その瞬間だった。
視界が真っ赤に染まる。回避する場所がないほどの赤、赤、赤。何だと?
裂けた女王の体の中から小さな手が伸びていた。
その瞬間、周囲の巨大蟻や羽蟻ごと俺たちは強い勢いで吹き飛ばされていた。




