3-66 戦争の始まりと謎の少女
―1―
壊した壁を乗り越え、鷹の上半身と猫の下半身を持った大型の魔獣が帝都内に現れる。帝都の中に魔獣が進入か。しかもグリフォンねぇ。
グリフォンが背に持った大きな翼を羽ばたかせ、空中からこちらを睨む。空ってコトは弓かな……って、俺は後ろを見る。餓鬼をかばいながら勝たないと駄目か、かー、きついねぇ。きついわー。
「ふふふ、子、達が気になりますか?」
そりゃね。いつも俺にちょっかいをかけてくる不快なクソ餓鬼どもだけど、見捨てられないじゃん。
「仕方ないですね、ふふ」
そう言うと青フードの少女は手に持った杖をくるくると回し始める。
「我と汝を写す鏡を前に、水鏡」
青フードの少女の言葉と共に餓鬼どもを覆うように、周りへ、綺麗な水の鏡が作られる。ん? あれ? 何だ、言葉が、今、青フードの少女から聞こえている言葉がおかしかったぞ。異能言語変換スキルが壊れた? あれ? 何だ? 今の言葉が叡智のモノクルに文字として表示されていないぞ。ま、まさか、壊れた?
『今のは?』
青フードの少女は杖をくるくると回している。
「古代語魔法ですよ。さあ、これで存分に戦えますよね」
え? 存分にって――俺、その魔法の効果を知らないんですけど。それで存分にとか言われても……。えーっと、バリア的な魔法? いや、それよりも古代語魔法と言いましたか。古代の方が優れているなんて現実では少ないんだろうけど、浪漫だよね、浪漫。うん? そういえば、今度はちゃんと聞き取れるし、叡智のモノクルに文字が表示されているな。どうなっているんだ?
「来ますよ」
青フードの少女の言葉と共に俺の視界に無数の赤い点が表示される。やべぇ。何だ、この数。どうする、どうする? いや、とりあえず集中しよう。
――《集中》――
集中力が増し、ゆっくりと流れる世界の中、考える。何が来る?
グリフォンが羽ばたき、それに合わせて、無数の尖った羽が射出される。これかッ!
どうする、どうする? 二本の槍と剣で撃ち落とす? いや、数が多すぎる。アイスウォールで防ぐ? 前方を防いでくれる氷の壁も、上空からの攻撃には無力だ。払い突き? いやいや、打ち払って一回転している間にハリネズミになっているよ。あー、くそ、さっき降ってきた城壁の欠片を砕くために百花繚乱を使ってしまったのが悔やまれる。
選択肢がない!
――[アイスボール]――
気休めとばかりに6個の氷の塊を浮かべる。氷の塊を飛ばし尖った羽を撃ち落とす。はは、半分も減らせていない。盾は……餓鬼どもの所か。範囲が広すぎて範囲外に逃げるのも間に合いそうにないし……あー、もう。
俺は盾のように真紅とホワイトランス、チャンピオンソードを構える。これで少しは体をカバーすることが出来たはずだ。
すぐに構えた武器達に重い衝撃が走る。何度も何度も。武器で覆いきれていない箇所を、外皮を、尖った羽が抉っていく。いてぇ、いてぇ。くそ、何て攻撃だ。って、餓鬼どもは?
餓鬼どもを見ると水の鏡が尖った羽を跳ね返していた。跳ね返った尖った羽がグリフォンの体に刺さるが、まったくダメージにはなっていないようだった。
「ふふ、風属性に風属性ですからね。効果は殆ど無いでしょうね」
あ、同属性ってそんな感じなんだ。いや、それよりも、グリフォンって風属性なんだ、今、初めて知ったよ。
「金属性でもあれば有利に戦えますよ。持っていますか?」
無い無い、そんな都合良く持ってないって。魔法も水と風だけだしさ。武器も真紅が風と火、それに水属性の青のダガーか……。偏っているなぁ。あー、それにしても体が痛いなぁ、超痛い。ちらちらと青フードの少女を見る。
「仕方ないですね」
青フードの少女が手に持った杖から、青い水の雫がこぼれ落ちる。雫が地面に吸い込まれるように落ちるとそこから波紋が広がる。何をしているんだ?
「芋虫さん、あなたの周囲の水属性を活性化させました。回復の力くらいは持っていますよね?」
ええ、持っていますとも。で? だからどうしたの? うーん、この子、ちょっと説明が足りないよね。もっと分かるように言ってほしいものです。
「普段の何倍も効果が出ますよ」
ああ、なるほど。自前で回復しろ、と。えーっと、確か治癒術士ですよね? もっと俺をフォローしてくれても……。って、頼りすぎるのも駄目か。
――[ヒールレイン]――
癒やしの雨が降り注ぐ。癒やしの雨は俺の体に吸収され、恐ろしい勢いで傷を塞いでいく。うお、なんだコレ。異常な速度だ。
「普段は反発するので使いにくい魔法ですが、効果があって良かったです。ふふふ」
青いフードから覗いている少女の口が笑っている。っと、少女を見ている場合か。攻撃の手段を探さないと……って、弓しかないよなぁ。
―2―
コンポジットボウに持ち直し、鉄の矢を番える。次に尖った羽を飛ばされる前になんとかしないとな。スキルでの攻撃だからか、連続で使えないぽいコトだけが救いだな。あんなの連続で使われたら1回、2回は耐えられても、そのうち削りきられて死んでしまうぜ。
鉄の矢を放つ。まずは脳天! 狙い違わず鉄の矢はグリフォンの脳天へ。しかし、グリフォンが背の羽をひと羽ばたきするだけで勢いがなくなり、そのまま落下してしまう。
次は羽だ! 俺はすぐさま、次の矢を番え羽目掛けて鉄の矢を放つ。しかし、その羽を狙った鉄の矢もグリフォンがひと羽ばたきするだけで、跳ね返されてしまう。弓での攻撃が通じない? いや、チャージアローなら行けるか?
空高く滞空していたグリフォンが動きを止め、こちらに狙いを定め滑空してくる。すぐさま俺の視界に大きな赤い円が現れる。やっべ。弓で射るどころじゃない。俺はコンポジットボウを肩にかけ槍と剣に持ち直す。まずはッ!
――《魔法糸》――
魔法糸を地面に飛ばし、その反動を利用して空中へ。グリフォンがさっきまで俺が居た場所に突撃してくる。危ない、危ない。
――《魔法糸》――
空中に居る俺の下を恐ろしいスピードで抜けていくグリフォンに魔法糸を飛ばす。なんとかグリフォンの背に魔法糸がくっつく。よっしッ! そのまま魔法糸を縮め、グリフォンの背の上へ。よっしゃ、背中は取ったぜ! まずは一撃!
グリフォンの背へと真紅を突き刺す。真紅がグリフォンに当たった瞬間、赤い波紋が広がり、真紅が跳ね返される。は? ど、どういうことだ?
もう一度、真紅をグリフォンへ当てるが、同じように赤い波紋が広がって跳ね返される。真紅が効かないだと。今まで真紅に頼り切っていた俺にはキツい状況だ。
グリフォンが俺を振り落とそうと激しく空を飛び回る。う、うぐぅ、お腹の中の物が出ちゃいそうです。でもでも、魔法糸はくっついたままだからな、落ちることはないんだぜ。とは言っても、こうも目まぐるしく動かれると、三半規管がやられそうだ。いやまぁ、俺の中に三半規管があれば、だけどさ。
ホワイトランスで突き刺す。よし、深くは刺さらないが、こちらは跳ね返されないな。
――《スパイラルチャージ》――
ホワイトランスが螺旋の唸りを上げてグリフォンの背中を削る。俺の一撃にグリフォンが悲鳴を上げる。まだ終わりじゃないぜ!
――《百花繚乱》――
スパイラルチャージで抉った背中に何度も高速の突きを繰り出す。抉れ、抉れ! 俺の突きが肉を抉り、小さな花を咲かせる度にグリフォンが泣き叫ぶ。そしてそれに合わせてグリフォンが乱暴に飛び回る。そして視界が真っ赤に染まった。
あ……。
目の前に何かの建物が迫る。グリフォンが建物に突っ込む。
グリフォンが建物を壊し、突き抜けながら飛び回る。背に乗っている俺は建物の木材に当たり、壁に潰され、グリフォンと共に建物を壊しながら吹っ飛んでいく。まるで俺の体がミンチを作る機械に突っ込まれたかのようだ。
そのまま建物を突き抜け、地面が俺の目の前に迫る。このまま、ぶつかると、や、や、ば……体に激しい衝撃が走る。
俺の体は地面に叩き付けられ、そのまま、ゴムボールのように跳ね返る。がはっ、死ぬ……。これは……、本気で……、ヤバイ。し、死ぬ……。
建物を壊し、俺を振り落としたグリフォンは何事もなかったかのように地面へと着地する。おいおい、こっちは死にかけだってのに、そっちはまだまだ元気かよ。俺のホワイトランスでの攻撃も余り効いていないようだ。魔獣としての体の造りの違いか? 卑怯だろうがよ。くそ、このままだとなぶり殺しだ。武器は、武器は? 真紅も、ホワイトランスもチャンピオンソードも何処かへ吹き飛ばされていた。有るのは肩にかけていたコンポジットボウと鉄の矢のみ。いや……、コレだけ……有れば、まだ……。
俺はコンポジットボウを杖のように立てて立ち上がる。まずは回復だ。ヒールレインで……。
「ふふ、芋虫さん。誰か忘れていませんか」
俺の横にはいつの間にか青フードの少女が居た。
「まずは回復が必要ですね」
青フードの少女が杖をくるくると回す。それに合わせて俺の上に小さな雫がこぼれ落ちる。雫が俺の体の中に染みこんでいく。ドクンッ! 俺の体が跳ねる。体の傷が、痛みが嘘のように消えていく。なんだコレ、コレが魔法なのか? 俺の回復魔法とレベルが違い過ぎるぞ。コレなら戦えるッ!
青フードの少女が俺の背中に手を触れる。
「芋虫さん、グリフォンと戦うにはまだレベルが足りなかったようですね、ふふふ。そんな芋虫さんに特別サービスですよ」
俺の中の何かが大きくなるのを感じる。なんだコレは。青フードの少女が俺に触れているところから何かの針が伸びて俺の中の心臓を掻き回しているかのようだ。何をしているんだ。
「芋虫さんの中の魔石を活性化させました。短時間ですが、これで何とかなるでしょう」
俺の内から無限の力が沸き起こっているかのようだ。これなら、これなら勝てそうだ。いや、これなら勝てる。
グリフォンは静かにこちらを見ている。先程まで、いつ襲いかかってきてもおかしく無かったのが、まるで嘘のようだ。いいさ、そのまま見ているがいいさ。
――《集中》――
目の前のグリフォンに集中する。
――《チャージアロー》――
番えた鉄の矢に大きな光が集まっていく。
グリフォンは静かにこちらを見たままだ。
俺は光の矢を放つ。
眼前に矢が迫ったことで、やっと意識を取り戻したのか、グリフォンが動き出す。慌てて背の翼を羽ばたかせ、光の矢を吹き飛ばそうとする。そんなことで落ちるかよッ!
光の矢が風を突き抜けグリフォンの脳天に刺さり、そのまま頭を抜け、後ろの建物を壊しながら飛んでいく。我ながら、どんだけの威力だ。
グリフォンは倒れそうにヨロヨロと動きながらも、なんとか、とどまり、背の羽を羽ばたかせ飛び上がる。これでもまだ息があるのかよ! 脳天を貫通したんだぞ!
そのまま襲いかかってくるのかと思いきや、大きく羽ばたき、崩れた城壁を抜け、外へと逃げていった。か、勝ったのか? くそ、なんともスッキリしない終わりだ。勝った気がまったくしない。結局、自分の実力で勝っていないからか?
「さて、芋虫さん、ふふ」
青フードの少女がこちらに向き直る。
『助かった』
そうだ、この少女が居なければ勝てなかった。一体、何者なんだ? それに魔石を活性化って……えーっと、体に悪いことじゃないですよね?
「大丈夫ですよ。元に戻った時、激痛に襲われるくらいですから」
ちょ、それ、本当に大丈夫ですか?
「さて、私の思っていた流れとは違い不本意ですが、戦争が始まります」
え? どういうこと? 戦争って何だ? 何処と何処が戦うんだ?
「お膳立てをぶちこわしてくれた馬鹿と、この国が、ですかね」
うん? 何だ、何を言っている。あー、くそ、思わせぶりなコトばかり言いやがって、むうむうむう。助けてくれた都合上、言わないし、思うだけだけどさ、こういうのってむかつく。何様なんですかねー。私は全て知ってます系ですか、そうですか。聞いても教えて貰えないんだろうな。はぁ、まぁ、考えるだけ無駄か。
ふぅ、よし、心の中で毒を吐いて、少しはクールダウン出来たな。死にかけたし、また負けかけたからか、ちょっと気がたっていたんですよ、はい。
「次に会うことは無いと思いますが、頑張って生き延びてくださいね、ふふふ」
その言葉だけを残して青フードの少女は消えていた。くそ、現れるのも突然なら、消えるのも突然か。
はぁ、今日はもう疲れた。餓鬼どもの安全を確認したら、我が家に戻りますか。うん? 我が家?
俺は崩れ落ちた建物を見て悲鳴を上げそうになった。
これ、俺の家じゃないかッ!
7月20日修正
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