3-64 女王蟻
―1―
氷の壁が崩れ、奥から巨大蟻の顎が覗く。まだ戦いは終わりじゃない!
『次が来るぞ』
俺の言葉にジョアン少年がガチャガチャと大きな音を響かせ駆け出す。おおー、まだまだ元気だね。
俺も行きますか!
ジョアン少年が現れた巨大蟻に盾を叩き付ける。盾を叩き付けられた巨大蟻がフラフラとしながらも広間の中へと入ってくる。それに合わせて、巨大蟻の横を抜けて黄色い蟻も進入してくる。くっ、黄色いのはヤバイ。
黄色蟻が蟻酸を飛ばしてくる。飛んできた蟻酸を防ぐようにジョアン少年が盾を構える。お、素早い行動。って、ゆっくり見ている場合か。
短剣さんがフラフラとしている巨大蟻の足を斬り付ける。杖の女性は立ったままだ。もしかしてMPが切れたか? というか、短剣さん、攻撃が効きにくいそっちよりも黄色を……って、そうだ。それを言葉にすればいいじゃん。
『少年はなるべく蟻酸を回避で、そのまま巨大蟻を頼む。あなたは黄色い蟻を引きつけてくれ』
俺は黄色い蟻へ駆け、そのまま真紅を突き刺す。俺が一匹目の黄色蟻の相手をしている間に追加の黄色蟻が現れる。
「こっちは任せろ」
短剣さんが新手の黄色蟻へ。よし、任せた。
と、正面が赤く染まる。蟻酸か。俺は右へ、そしてそのまま黄色蟻の横へ回り込むようにスライドし、真紅を突き刺す。俺の戦い方って回避とスキル頼りだから、どうしてもリキャスト中は地味になるなぁ。まぁ、いいさ。突き刺すだけだ。
黄色蟻を仕留め、また新しく現れた黄色蟻の元へ。ジョアン少年は巨大蟻をしっかりと引きつけてくれているな。短剣さんも上手く回避しながら黄色蟻を引きつけてくれている。さすがは一応Dランクってことなのかなぁ。しかしまぁ、MPの溜まりが遅いな――それでも、うん、なんとかアイスウェポンくらいは使えそうだ。よしッ!
――[アイスウェポン]――
ホワイトランスが氷に覆われる。喰らえッ!
ホワイトランスと真紅で何度も何度も突き刺す。更に現れる黄色蟻と巨大蟻。巨大蟻も追加かよ……。
現れた瞬間にこちらへと蟻酸を飛ばす黄色蟻。俺はそれを氷に覆われたホワイトランスで弾き飛ばす。
新手の巨大蟻はガチャガチャとうるさいジョアン少年の音に惹かれたのか、そちらへ躙り寄っていく。あー、もしかして鎧がうるさいのって相手の注目を、注意を引きつける為か? そう考えるとガチャガチャうるさいのも理に適っているのか……まぁ、隠密行動には向かないけどね。
よし、そろそろかな。うん、殲滅しようッ!
――《集中》――
集中力の増した世界で視界に敵をとらえる。ミスらないように集中しないとね。まずはッ!
――《スパイラルチャージ》――
真紅を包む赤と紫の螺旋が黄色蟻を削り貫く。その一撃で黄色蟻が動かなくなる。よし、瞬殺ッ!
そのままジョアン少年が惹き付けている巨大蟻の方へ。
――《魔法糸》――
魔法糸を地面へと飛ばし、その反動で中空へ。ジョアン少年を飛び超え2匹の巨大蟻の眼前へ。
――《W百花繚乱》――
落下しながら2匹の巨大蟻の顔面へ高速の突きを繰り出す。左の巨大蟻から真紅が赤と紫の花弁を咲かせ、右の巨大蟻へホワイトランスが赤と青の花弁を咲かせる。
「ラン、左へ!」
ジョアン少年のかけ声。俺は着地した後、すぐに左へ飛ぶ。それを追うように伸びた光の刃が右の巨大蟻を叩き潰す。俺はそれを確認し、すぐに左の巨大蟻の顎下から真紅を突き立て、貫く。
巨大蟻が絶命したのを確認し、すぐさま真紅を引き抜く。そのまま黄色蟻と頑張っている短剣さんの元へ。
短剣さんに直撃しそうな蟻酸をホワイトランスで弾き飛ばし、黄色蟻の眼前へ。
――《ゲイルスラスト》――
手に持ったチャンピオンソードが風を纏い黄色蟻を貫く。そしてそれと同時に真紅とホワイトランスを突き刺す。3つの武器で何度も何度も突き刺す。
やがて黄色蟻は動かなくなった。
―2―
辺りから魔獣の、蟻の気配は消えていた。
「ふぅ、これでやっと落ち着ける」
短剣さんが額の汗をぬぐっている。うむ。
『そうだな』
俺は魔法のリュックから串焼きを取り出す。今の内に食事をしておこう。もしゃもしゃ。魚醤もつけてっと。もしゃもしゃ。うまい、うますぎる。
「食事かよ……、余裕だな」
短剣さんが呆れた顔で俺の方を見ている。お腹が空いたからね。
ジョアン少年も用意していたパンのようなものを取り出し食べ始めた。お、余裕があるじゃん。
「おい、次がいつ来るか分からないのに……」
『来れば分かる。落ち着け』
そうなのです。俺には線が見えるからね。道は、2カ所しかないからさ。さすがに見逃さないよ。
「そうね……、落ち着きましょう」
杖の人がゆっくりと座る。ちょっと疲労困憊って感じだね。
「むむ、仕方ない」
短剣の人も少し逡巡した後、やれやれって感じで座る。そして、こちらへ向き直る。
「改めて自己紹介する。俺はモコだ。この間は名前も告げず、すまない」
モコって、なんだか随分と可愛い名前だな。モコたんとか呼ばれてそう。
「私はクレア。帝都では珍しいと思うけど魔法使いのクラス持ち」
おー、魔法使いですか! 火の玉を飛ばしていたもんね、それっぽいよね。
「……ま、MPがやばくて今日はもうただの役立たずだけどね」
やっぱりMP切れだったか。そんなに魔法を使っているようには見えなかったけど――もしかして俺たちが到着する前に消費してしまっていたのかな。
「僕はジョアン……聖騎士だ」
ジョジョ少年は聖騎士をアピールするためか蟻酸でボロボロになった盾を掲げる。おー、改めてみるとかなりボロボロになっているな。
「ジョアン? それに聖騎士……もしかして剣聖の孫か!」
ジョアン少年が照れたように頷く。ほー、この子、有名人なんだな。と、俺も改めて自己紹介する流れか。2度目だからな、尊大に行こう。
『星獣様のランだ。クラスは戦士と狩人だ』
星獣様だ、控えおろう。
「え?」
えって何ですか。
「ランさんって星獣様なんですか」
「ぼ、僕も初めて聞くぞ! 星獣様ってなんのことだ?」
「なるほどな」
え? 俺、前回の時も自己紹介したじゃん。その時も言ったと思うんだけどなぁ。
「国や迷宮を守護するような存在なら、その、あんたの力も納得か」
え? 星獣ってそんな扱いだったか? 自由気ままに闘技場で戦ってた狼も星獣だったよな? あー、でも羽猫はそれっぽいか。
「なぁ、ランさんよ。一緒に女王を狩らないか?」
お? 願ってもない。Dランクのモコと一緒なら女王討伐のクエストも受けられるし……って、もしかして、このまま行っちゃう?
『このまま倒しに行くのか?』
モコとクレアの二人は慌てて首を振る。うむ、なかなか面白いリアクション。
「それはさすがに無理だ。クレアのMPも無いし、クエストを受けてないからな」
クレアが申し訳なさそうに頷いている。いや、まぁ、俺も本気で今から行くことになるとは思っていないからね。あくまで確認だからね。
「今日はギルドに預けていた予備武器で何処まで行けるか試していただけだからな」
「それなのに、ガンガン進んじゃう馬鹿がいたけどね!」
あー、そういうことなワケね。
「女王は本気でヤバイ。それでもあんたと一緒ならなんとかなるかもしれん。どうだい?」
『先に女王の情報を貰っても良いか?』
そうそう実際に戦った人の話が欲しいよね。
「女王は芋虫型の……っと失礼、ぶよぶよとした肉に包まれた巨体に蟻の顔がついているような姿だ。さっきの巨大蟻の何倍も大きいな。大きすぎて俺のダガーじゃあ、いくら有効な属性があっても余り効いてないようだった」
うーん。予想していた姿と全然違うな。
「魔法の効果も薄かったわ。それに女王を守護するように次々とエリートアントが現れるの」
そりゃ、女王だもん、親衛隊は居るよね。増援を相手にする人と女王を相手にする人に別れた方がいいのかなぁ。
「巨体で押し潰されそうになるし、増援は来るしで死を覚悟したね」
いや、あなた方死んでましたから。殆ど死んでましたから。
「そうね。話に聞いていた女王よりも何倍も強く感じたわ」
聞くのと戦うのは大違いってコトですね。ふーむ。ま、考えても仕方ないし、とりあえず戦ってみますか!
『よし、自分も一緒に戦おう』
うん、元々女王とはどうにかして戦おうと思っていたからね。これは渡りに船か。
「おー、心強い!」
「頑張りますわ」
ジョアン少年が急に立ち上がる。うお、びっくりした。
「ぼ、僕も参加するぞ!」
あ、うん。俺は普通に君も頭数に入れていたんだがなぁ。まぁ、参加ありがとう。
『ふむ、明日にでも行くのか?』
「お、おいおい。さすがにそれは勘弁してくれ。せめて明後日で頼む」
「ごめんなさい。さすがに疲れが残った状態で女王と戦うのは……」
「ぼ、僕は大丈夫だぞ!」
あー、疲労度を考えていなかった。ジョアン少年なんて、どう見ても強がりだよね。魔獣と命懸けで戦う疲れが一日で取れるわけがないかぁ。仕方ない。
『では、明後日で』
三人が頷く。
「じゃあ、10時に西の冒険者ギルド前でいいか? その時にパーティを組もう」
『ああ』
よっし、明後日はボス戦か。楽しみだな。っと、明日、何もしないのも勿体ないし、スイロウの里で武器のメンテをしたり、蟻退治をしたりして時間を潰しますか。
7月17日修正
「ぼ、僕も初めて聞くぞ!」 → 「ぼ、僕も初めて聞くぞ! 星獣様ってなんのことだ?」