3-58 茶番劇
―1―
二人を連れて小迷宮を脱出する。
「おい、その、その二人は」
門番さんが声をかけてくる。ああ、その二人ですよ。
『冒険者を救出した。すまない、危険な状態のため、急いで帝都へ戻る』
「あ、ああ」
俺は門番さんを置いて歩いて行く。
「い、いや、お、おい、魔獣ラン。このまま、この二人を帝都に連れて行ってどうするんだ」
いや、まだ帝都には戻らないよ。ちょっと道を外れてっと。
「お、おい、何処に行くんだ?」
俺は道を外れトウモロコシ畑の影に隠れる。ここなら通行人に見られることもないだろう。
俺は辺りに漂う色の付いた靄を吸い続ける。MPをがんがん回復させるのです。
「お、おい、今度は立ち止まって……どうするんだよ」
まぁ、待つんだ。今、MPを回復させているんだからね。
――[ヒールレイン]――
癒やしの雨が降り注ぐ。冒険者二人の傷だらけの体が癒えていく。今、思ったんだけどさ。これ、範囲指定型の魔法だから、気をつけないと回復させたくない相手も巻き込んで回復させちゃうんじゃね。そう考えると微妙に使い勝手が悪いのか?
傷だらけだった時は気付かなかったけど、この二人、装備品がボロボロで素肌が……うわ、ちょ、どうしよう。さすがに布とか持ってないしなぁ。いや、俺の夜のクロークをかけてあげるとかは無しよ。さすがにそこまでしてあげる義理もないしね。
と、もう一回くらいは使えるかな。
――[ヒールレイン]――
癒やしの雨が降り注ぎ、冒険者二人には目立った傷が見えなくなる。さすがに3回もヒールレインをかければ傷は癒えるか。
「う、うう……」
冒険者の一人、男の方は気が付いたようだ。はぁ、魔法が効いて良かったよ。目の前で死なれるとか寝覚めが悪いからね。
「こ、ここは……」
まだ寝ぼけた感じか。まぁ、生死の淵からの帰還だからね、仕方ないよね。
「はっ! 新手の魔獣だと!」
うん?
「それは俺のダガー!」
う、ううん?
「くっ!」
全裸に近い男の手が俺の青のダガーに伸びる。え? いやいや。
――《魔法糸》――
俺は男に魔法糸を飛ばし動きを封じる。いやいや、危ない危ない。いきなり襲いかかってくるとは予想外だよ。
「魔獣め! 俺をどうするつもりだ」
いや、助けたの俺なんですけど。
「俺だけではなく、クレアまで!」
いや、あの……。ああー、そちらの女性はクレアさんって言うのね。じゃなくて! ああ、どうしたもんだ、コレ。
俺は困ってジョアン少年の方を見る。少年は肩をすくめている。うおー、むかつくんですけど。むかつく仕草なんですけど。
『落ち着け。自分は星獣のランという。そなたらを助けたのは自分だ』
「な、なんだと。いや、何だコレは」
何だと聞かれましても……。
「蟻の食料庫から助け出し、治癒術までかけて癒やしたのは、目の前の魔獣だよ」
ジョアン少年が説明する。いや、俺は魔獣じゃなくて、星獣様なんですがね。魔獣って言ったらまたややこしくなると思うんだが。
「君のテイムした魔獣なのか、コレは? 随分と変わっているな」
ジョアン少年の言葉で助かったと分かったのか、男には大分余裕が出たようだった。いや、テイムした魔獣って……。俺の方が保護者みたいなもんですがね!
『テイムされた覚えはないんだがな』
「先程から、この辺りに響く声は何なんだ? 君が助けてくれたのは分かった。それよりもこの糸を取ってくれないか」
この人、全然分かっていないよ。分かっていないよ! うーん、助け損だよ! 気分が悪くなった分、損したよ。まぁ、自己満足でやったことだから、何も言わないけどさ。
よしッ!
俺はこの二人を放置することに決定した。さ、帝都に帰るか。まぁ、命は助かったんだ、所持品もなく全裸同然だが、何とかなるでしょ。
「あ、ちょ、魔獣ラン。帰るのか。この人たちは……」
『知らぬ』
シラネ。
「おい、少年、その魔獣が持っているダガーは俺のなんだ。返して貰えないか」
うぜえ。
俺は帰ろうとした足を止め、男の前に戻る。
男の前に俺のステータスプレート(銀)を突きつける。
『これが見えるか? 自分は冒険者をしているランだ。このなりだから魔獣と間違われることもあるが、自分で考え、行動することが出来る。このダガーは冒険者ギルドで正式に所有を認められた物だ。文句があるなら冒険者ギルドに言え。お前を助けたのは俺の気まぐれだが、その必要は無かったようだな』
ああ、もう。苛々して珍しく長々と喋っちゃったよ。
「おい、この魔獣は何だ? 何を言って……」
男がジョアン少年に話しかける。
「僕から言えることはないよ」
ジョアン少年も男の態度に呆れ気味だ。
もうやってられるか、と帝都に帰ろうとした瞬間だった。
男の左頬が吹っ飛んだ。
え?
見ると気が付いた女性が男の左頬をぐーで思いっきり殴りつけていた。え、あのー。気付いていたんですね。
女性はそのまま、起き上がり、更に殴りつける。魔法糸で縛られ動けない男を殴る蹴るのボコボコだ。いや、あの、せっかく癒やしたのが無駄になりそうなんですけど。これ以上は、また死にかけになりますよ。それと、半裸に近い格好で、その、元気に暴れ回るのは……ちょっと目に毒です。
女性は男の頭を無理矢理押さえつける。おー、これ、土下座ですね!
「ごめんなさい!」
女性が俺に謝ってくる。
「ラン……さんですよね。助けていただいてありがとうございます」
う、うん?
「体が動かなかった時も、お話はちゃんと聞こえていました。そして、この馬鹿の対応も!」
あ、はい。
「いてぇ、いきなり何を」
「ちゃんとお礼を言いなさい!」
あ、なんだろう。この女性、『おかん』って言葉が似合いそうだよね。
「何で、魔獣に」
女性が地面にめり込む勢いで男の頭を押さえつける。
「魔獣じゃないんだよ、人なんだよ。例え魔獣であろうと助けて貰ったんだからお礼を言う! 当たり前のことでしょ」
まぁ、俺もそう思うね。でも、二人の関係は分からないけれど力で押さえつけても反感を買うだけじゃないかなぁ。
「え? そうなのか!」
男がめり込んだ地面から顔を出し喋る。何がそうなの?
「やっと理解出来たのかい」
男が体に魔法糸を結びつけたままこちらへすり寄ってくる。
「すまねぇ。俺が勘違いしていた。ありがとう!」
男が目を輝かせながらお礼を言ってくる。な、なんだ、この茶番劇。ちょっと、逆にひくんですけど。
『う、うむ。所でこのダガーだが』
「お礼に貰ってくれ!」
は、早い。返事が早いぞ。というか、この変わりようについて行けない。なんだコレ、なんだコレ。
困った俺は女性の方を見る。いや、別にいやらしい視線じゃないからね。
「どうぞ、貰ってください。ただ、変わりというわけではないのですが……」
む? 何か要求されるのか。
「何か着る物と食料を貰えないでしょうか。何でもいいんです」
あー、うん。確かに。半裸状態だもんね。困るよね。
『分かった、帝都から買ってこよう』
俺はジョアン少年を残し、帝都に戻る。
そして、適当に食べ物と着る物を買って戻ってくる。
『使うといい』
俺は二人に服と食料を渡す。二人は着替えよりも先に食事をはじめ、その後着替え始めた。
「ふぅ、生き返った。ありがとう!」
「私もお礼を言います。ありがとうございます」
『で、二人はどうするのだ?』
いや、だってお金もないし、ステータスプレートもないじゃん。このままだと帝都の中にも入れないでしょ。このままのたれ死になんて、せっかく助けたのに寝覚めが悪いよ。
「女王の黎明の前に居た人ってわかります?」
ええ、役に立っているのか分からない人ね。
「あの方に事情を話して帝都内に入れて貰います。私たちが帝都民で迷宮に挑戦していたと言うことを知っているはずですから。後は冒険者ギルドで借金をしてステータスプレートを再発行して一から出直そうと思います」
ああ、なんとかなりそうなのか良かった良かった。
「俺は、こう見えてもDランクのベテラン冒険者だからな!」
あ、そうなんだ。女性に素手で負けていたけどな!
「Dランクの冒険者と言うことで融通は利かせて貰えるはずですから」
なるほどね。
途中、イラッとくることもあったけど、まぁ、助けられて良かったかな。うん、良かった。
「まじゅ……いや、ラン。なかなかやるな。まぁ、お爺ちゃんの域にはぜーんぜん届かないけど!」
ジョアン少年からのお褒めの言葉。あー、はい、ありがとね。
さ、帝都に戻りますか。
2021年5月5日修正
女王の黎明の前に居た人ってわかります → 女王の黎明の前に居た人ってわかります?




