3-55 剣と鎧
―1―
「ま、待てよ」
俺は西大通りを抜けて西大門へ。そのまま西大門を抜けて帝都の外へ出る。帝都って無茶苦茶広いんだけど、同じ道ばかりを通っているからか余り広い感じがしないよね。
「だ、だから待てよ……」
ガチャガチャと金属鎧の擦れたうるさい音がする。あー、しまった。酸液を入れる壺を借り忘れていた……ホントうっかりだ。
「待て、待てよ」
しかしまぁ、小うるさい金属鎧だ。こんなちびっこいのに全身金属鎧って――見た目よりも軽い金属なのか? いや、それ以前にこんな子ども向けのサイズがあることにびっくりだよ。
「待てって言ってるだろ! 芋虫!」
俺はその言葉に振り向く。
『芋虫ではない、ランだ』
俺の言葉に金属鎧の少年がはっと息を呑む。そして、少し考え込んだ後、口を開いた。
「ま、魔獣ランよ。ぼ、僕はジョアンだ!」
へー。ま、一応、この子も鑑定しておくか。
【名前:ジョアン・ジョスティン・ドーラ】
【種族:半鬼人族】
へ? この子、普人族じゃないんだ。角も生えていないし、外見から普人族だと思っていたよ。鬼人族って建築ギルドに居た角の生えた力の強そうな……は! そうか、鬼人族って力持ちな種族なんだな。だから、こんな小さな少年でも全身金属鎧みたいな力業が出来るのか!
「な、なんだよ。僕の額を見て……はっ! まさか」
うん? どったの?
「お、お前も、僕を角も生えない半端ものって言うのか!」
え? 何かトラウマに触れてしまったか? うーん、これは謝っておくか。
『何か分からぬが気に障ることをしてしまったようだ、すまぬ』
「知らないのか……な、ならいい!」
少年が怒った事情も少しくらい気になるけれど、うん、まぁ、知られたくないことを根掘り葉掘り聞いても仕方ないしね。無視して小迷宮に行こうか。すたすたっと。
「え? き、気にならないのか? む、無視するなよ」
ジョアン少年が金属鎧をガチャガチャと言わせながら俺に詰め寄ってくる。いや、そういうのって聞かれたくない内容なんじゃないの?
『ふむ。その鎧、重くないのか?』
面倒になったので話を変えてみる。
「ば、馬鹿にするな。聖騎士のクラス、《重装備》のスキルを持っている僕がこの程度の鎧に重さを感じるわけがない」
あ、スキルの効果なのね。ま、こんな小さな少年だもんな――種族特性とかではなく――スキルの効果でも無いと無理か……って、当たり前に納得しかけたけれど、何だその効果。改めて思うけれどスキルって異常だな。ま、少年は無視して先を進もう。
そろそろ『女王の黎明』か。まだ後ろからガチャガチャと金属鎧の音が聞こえる。うーん、迷宮の中までついてくるつもりなんだろうか。
―2―
門番の人に挨拶をして迷宮の中へ入る。金属鎧の少年はまだついてくるようだ。うーん、しつこいなぁ。にしても、ジョアン・ジョスティンねぇ。
『で、少年よ。何処までついてくるつもりだ』
「お、お前にお爺ちゃんの剣がふさわしいかを見定めるまでだ!」
ふーん。ま、なんだ。力尽くで云々って言われるよりはマシかなぁ。でもさ、俺からするとこの剣に何か思い入れがあるわけでもないし、その為にこの少年につきまとわれるのも面倒だよなぁ。うん、そうだ。
『この剣が欲しいのなら、譲るが?』
「お前はっ!!」
ジョアン少年が大きな声をあげる。うん? 怒らせた?
「お前は! そ、その剣の意味が、託された意味が分かってるのか! お爺ちゃんは普人族でありながら、鬼人族よりも強くて力もあって、両者の架け橋になって……」
架け橋って難しい言葉を知っているね。ご両親の受け売りなんだろうか。
「鬼人族でもお爺ちゃんの剣を受けきれる者は殆ど居ないんだぞ!」
ジョアン少年はお爺ちゃんが大好きなんだな。
「僕だってお爺ちゃんと同じ剣聖になりたかったのに天職として聖騎士が開花しちゃうし……」
ジョアン少年はぶつぶつと呟いている。そっか、大好きなお爺ちゃんのことだもんな、何も考えずに安易に譲るとか言って悪かったよ。でもさ、俺はそっちの事情なんて知らないんだぜ? そんなこと知るかよって言う権利もあると思うんだよなぁ。
ふー、クールダウン、クールダウン。子どもに言うことじゃないね。
『すまない。この剣はもうしばらく自分が持っていよう』
「ふん、わ、分かればいいんだ」
つまりは、この少年はお爺ちゃんが剣を託した俺が、それにふさわしい人物――まぁ、芋虫だけどさ――で、あって欲しいワケだ。そして、そうなるように力になりたいって感じなのかな。まぁ、この少年の行動をかなり良い方向に解釈してだけどさ。
うーん、面倒くさい。ホント、面倒な話だよ。それでもさ、この少年が飽きるまでは付き合ってあげるか……。
ギチギチ。
迷宮の奥、曲がり角の先からギチギチと何かを金属を打ち鳴らしているような音が聞こえた。
俺たちが大きな音を立てすぎたからか、まだ迷宮の入り口近いところだというのに一匹の蟻が現れる。蟻は大きな顎をギチギチと鳴らしながら、こちらを観察するように見つめている。あ、これ、ヤバイやつだ。仲間を呼ばれるパターンだ。
俺は目の前の蟻へと急ぎ駆け出す。
「お、おい」
『話は後だ。目の前の蟻を急いで片付けないと収拾がつかなくなる』
走りながら真紅とホワイトランスを構える。
――[アイスウェポン]――
ホワイトランスが氷に覆われていく。からのッ!
――《Wスパイラルチャージ》――
目の前の蟻を二重の螺旋が貫いていく。一撃必殺!
ジョアン少年がガチャガチャと大きな音を立てながら駆けてくる。おいおい、その音でまた新手の蟻が寄ってきそうだよ、勘弁してください。
「ま、待てよ。い、いきなり走らないでくれよ」
『ここから先は無数の蟻が生息する迷宮だ。子どもは帰りなさい』
「ば、馬鹿にするな。僕は聖騎士だぞ! 蟻程度に負けるものか」
聖騎士とか上級職ぽいですもんね。そりゃあ、凄いクラスなのかも知れないね。でも、どうみても実戦経験が足りていない感じがするんだけど……本当に大丈夫? まぁ、そうは言っても、ここの蟻って数は多いだけの雑魚だからな。
『分かった。だが、危ないと感じたらすぐ帰るように』
今日は巨大蟻を6匹以上退治する予定だからね。かなり奥まで行くことになるだろうからなぁ。この少年、何も準備をしていないみたいだし、ちょっと不安だよね。
ま、なんとかなるかな。
俺は目の前の蟻から酸液と魔石を取り出す。その魔石を魔法のランタン(小)に入れると、迷宮の中にほんのりと明かりが灯った。
さ、進みますかー。
7月9日修正
・驚き口を閉じる → はっと息を呑む
・誤字修正




