3-49 蟻酸だ
―1―
仕方ないので解体作業を中断し、現れた蟻に相対する。うーん、他の冒険者は何をしているんだ? その姿をまったく見かけないんですけど。
仕方ない。俺は蟻の鋭く尖った顎を回避し、真紅で突き刺していく。チマチマと硬い外皮を貫く。噛みつきを回避しながら5回ほど貫いたところで蟻の動きが止まった。さあて、魔石を取り出さないとね。残っていた蟻の外皮を切断のナイフで切り裂き魔石を取り出す。次に先程倒した蟻の解体へ取りかかろうとすると、またも新手の蟻が現れた。ちょ、本当に他の冒険者は何をやっているんだ? 俺に集中し過ぎていないか? しかも、ここってまだ入り口から、それほど進んでいないよね。おかしいよね。
新手の蟻に真紅を突き刺す。
正面の蟻の噛みつきを回避していると横の壁が崩れ、新手の蟻が現れた。新しく現れた蟻は外皮の色が他と違い少し黄色くなっていた。くそ、また増援か。
新しく現れた蟻が口を大きく開き液体を飛ばしてくる。蟻酸か!
――《集中》――
集中力の増した世界で考える。真紅は目の前の蟻で手一杯だし……ホワイトランスで防ぐか? いや、ホワイトランスが酸液に耐えられるか? よしっ!
――[アイスウェポン]――
ホワイトランスが氷に覆われていく。よし、ホワイトランスでふせ……が、さすがに間に合わない。全身に蟻酸を浴びる。ぎゃああ、体が、俺の体皮が溶ける。痛い痛い。痛い――けどッ! 俺は傷みを我慢して目の前の蟻の噛みつきを真紅で防ぐ。くそ、痛くて体が動かない、回避が出来ない!
「にゃあ」
小っこい羽猫はとっさに俺の頭から飛び退き、俺を盾にして蟻酸を回避したようだ。……こういうのは素早いんだな。
横から現れた黄色い蟻が再度、酸を飛ばしてくる。飛んできた酸を氷に覆われたホワイトランスで弾き防ぐ。……うん? そうえいば俺、大盾を背負っていたような。も、もしかして、た、盾で防げば良かった? いや、でも大きいとは言え木製の盾だからな。簡単に破壊されていたかもしれないな。うん、きっとそうだ。
目の前の蟻を真紅で牽制し、横の黄色い蟻を氷に覆われたホワイトランスで追い払う。
――[ヒールレイン]――
癒やしの雨が降り注ぐ。サイドアームを使い攻撃しながらも魔法を使い傷を癒やしていく。酸でやられた外皮が逆再生でも見るかのように戻っていく。よし、魔法を使いながらの攻撃もやれそうだ。俺も随分器用になったなぁ
そろそろ《スパイラルチャージ》が使えるか? よしッ!
――《Wスパイラルチャージ》――
螺旋を描く真紅が正面の蟻を、渦巻く氷を纏ったホワイトランスが横の黄色い蟻を貫いていく。よしッ!
俺の同時攻撃に両方の蟻が動きを止める。うん、倒したぞ。ふむ、黄色い蟻の方がレアっぽいな。まずは黄色い蟻の魔石から取ろう。
先程と同じように外皮を剥がし、魔石を取り出す。さて、残りの……。
またも正面から、しかも複数の蟻が現れる。ゾロゾロと! さらに横穴からも蟻が顔を覗かせる。ちょ、無理だ。魔石は勿体ないがこのまま物量に押し潰されるよりはマシだ。
一度逃げよう!
――[アイスボール]――
俺は氷の塊を6個浮かべ、飛ばしながら後退する。氷の塊がぶつかると、蟻の動きが止まる。アイスウェポンが思ったよりも効いたことから効果があると思ったが、正解か!
よし、このまま全速力で逃げるぞッ!
―2―
なんとか小迷宮の外へ脱出する。はぁはぁ、危なかった。
「だ、大丈夫か?」
迷宮を見張っていた男が、急いで駆け上がってきた俺の様子にびっくりしながらも声をかけてくる。ま、まぁ、なんとか。にしても、幾ら雑魚でも数が集まると危険だな。明日はもうちょっと考えて戦うようにしよう――後、明かりもね。
もう、今日は疲れたな。何か適当に美味しい物を食べて寝るとしよう。
「にゃあ」
小っこい羽猫も疲れたーみたいな感じで鳴いている。……お前、俺を盾にしたよな。まったく酷いヤツだ。しかも、一向に俺の役に立つ気配がないぞ、どうなっているんだ。
とぼとぼと帝都まで戻る。城壁を抜け、西大通りへ。そのまま何かの串焼きを売っている屋台で、ソレを4本ほど購入する。しめて1,280円(銅貨2枚)である。うーん、意外と高いな。西門に入ってすぐだから観光客目当ての価格なのだろうか。まぁ、考えても仕方がない、もしゃもしゃと食べながら我が家に帰るとしよう。あ、もしかして外で転移を使えば良かったんじゃないか? しまったなぁ。ま、まぁ、小迷宮の近くだと歩いている人の姿がちらほらと見えたからな。空高くへ舞い上がる芋虫を見られるのは危険だ。害虫指定されかねない。遠くへ行く時以外は歩くことにしよう。うん、運動大事。とぼとぼとぼ。
貧民窟を抜け墓地へ。さすがにこの時間だとクソ餓鬼共も居ないな。良かった、良かった。
墓地を抜け我が家へ。
我が家にたどり着いた瞬間、何かの気配を感じ、瞬間、俺は家の影に隠れる。な、なんだ? 俺の家に誰か居るのか?
「にゃ……」
鳴き声を上げようとした小っこい羽猫の口を閉じ黙らせて息を潜める。
「居ないじゃないか! ここだって情報を集めたのに!」
俺の家から出てきたのはガチガチに武装した少年だった。身の丈よりも大きな盾に剣、非常に重そうな金属鎧。兜を着けず剥き出しの、その幼い顔から少年だと分かる。な、なんだ? 誰だ? にしてもあんな重そうな金属鎧を子どもが装備して大丈夫なのか?
俺が隠れたまま見守っていると、金属鎧の少年はガシャンガシャンと金属が擦れ合う音を響かせ、悪態をつきながら帰って行った。
うーん、誰だ? あ、わかった!
俺のファンだな!
闘技場の戦いを見て、俺のファンになって、ついに俺の家まで来てしまったのか……。いやぁ、これは見つからないようにしないとなぁ。
……。
……。
いや、分かっているけどさ。ファンだーって、せめて良い方に考えたいじゃないか。
はぁ、また面倒ごとか……。
2021年5月5日修正
チマチマと固い外皮を → チマチマと硬い外皮を
レアぽいな → レアっぽいな




