3-45 ソース
―1―
日の落ちてきた夕闇の中を歩く。
見えてくる食堂。
食堂には魔法によるものか不思議な明かりが灯っており、非常に明るい。俺はその明かりに、まるで誘蛾灯に誘われる蛾のように導かれる。うん、お腹空いた。
店内に入ると年若い冒険者が背の低いおっさんと肩を組んで陽気に歌っていたり、森人族の人たちが静かに黙々と料理を食べていたりした。うん、冒険者の陽気さ具合と森人族の温和しさの対比が凄いな。線引きしたように別世界だ。
「いらっしゃいませー。と、星獣様、再度のご来店ありがとうございます。席はまだまだ空いています。お好きな席へどうぞ」
奥のカウンターからバーのマスターのような人が声をかけてくる。
『ああ、かたじけない』
俺は2本足でのそりのそりと歩き、カウンター席へ。ぐにゃあ、と内側に丸まるように席に座る。
「本日のメニューです」
マスターがメニューの書かれた木片を持ってきてくれる。
本日のメニュー(夜間)
豆:40円(潰銭5枚)
グリーンヴァイパーの香り焼き:1,280円(銅貨2枚)
ブライスースの燻製:1,280円(銅貨2枚)
旬の野菜の小麦粉炒め:2,560円(銅貨4枚)
漬けキノコ:320円(潰銭40枚)
ハチミツ:2560円(銅貨4枚)
ほう、前回とメニューが違うな。今回は蜂の子ではなく、ハチミツ自体か……。これで俺の想像しているハチミツと全然別物のハチミツが出てきたら……あり得そうで注文するのを躊躇ってしまうな。
全種類、頼んでみて、色々と味を確認したくなるなぁ。うーん、悩むなぁ。全部頼むと絶対に食べきれないもん。残して大変ってパターンが今から予想できる。
「今日もミルクで良かったですか?」
あ、はい。それでお願いします。あー、後、この頭の上の小っこいのも飲むんでコップは二つでお願いしまーす。
にしても、ここのマスター、前回から結構日数が経っているはずなのに俺の事をちゃんと憶えているんだな。凄いな。俺には真似が出来ない芸当だ。
と、何を頼むかだったな。うーむ。
よし、決めたッ!
『豆を8個と漬けキノコ、それにグリーンヴァイパーの香り焼きとブライスースの燻製をお願いしたい』
うん、加減したし……大丈夫だよね? 今度は食べきれるよね。
「はい、オーダー入りますー」
マスターが奥にオーダーを伝えている。そのまま陶器のようなコップにミルクを入れて渡してくれた。うん、今回も冷え冷えだ。もちろん小っこい羽猫用に小さな深皿にミルクを入れた物も用意してくれた。こっちも冷え冷えだ。
小っこい羽猫が冷たさに驚きながらもぺろりぺろりとミルクを舐める。動物同伴で、それでもしっかりと対応してくれるとか――俺の知っていた飲食店ではあり得ないくらいに嬉しい対応だな。冒険者の相手を多くしているだろうから、こういったテイムした魔獣への対応は慣れたモノなのかもしれないね。そういえばテイムした魔獣の同伴禁止とか、そういった注意書きが何処にも無いな。前回、俺が入店した時も(俺自身が)お断りになるような事が無かったしな。
ミルクをちびちびと飲んでいると料理が運ばれてきた。
熱々のグリーンヴァイパーの香り焼きにブライスースの燻製、うっすらと黒っぽい黄色に変色した刻みキノコに16粒の緑色の豆。
さあ、実食だ。
―2―
まずは豆だ。うん、枝豆だ。大粒の枝豆だ。相変わらず枝豆だ。枝豆、ホント、大好きなんだよなぁ。最高だぜ。
次はグリーンヴァイパーの香り焼きだな。てっきり香草焼きかと思ったら、なんだコレ。お肉に黒っぽいてかてかとしたタレが。え? タレ? うん、焼けたいい匂いだ。……って、も、もしかしてッ! これ、蒲焼きじゃないか? うおおおぉぉぉ、この世界にタレがあったのか? これ、完全に焼き鳥、タレ味だよ! どうなっているんだ。ここは天才シェフでも居るのか? しぇ、シェフをよべぇ! と、落ち着け。落ち着くんだ。ま、マスターに聞いてみよう。まだ料理を食べている途中だけれど、もう我慢できない。
『こ、この香り焼きに使われているタレを教えて欲しい』
「ええ、それですか、魚醤とハチミツを混ぜたモノですね」
今回もマスターはあっさりと教えてくれる。え? 魚醤とハチミツを混ぜただけで、こんなにも焼き鳥のタレみたいになるの? 蒲焼き風味になるの? マジで? と、とにかく感動した。
『このタレは簡単に手に入るのだろうか?』
「そうですねー。お譲りしてもいいんですが、余り日持ちしませんので、ちょっとオススメしません……」
あ! そっかー。くそ。それはさすがに購入できないな。保存する方法を確立したら必ず買いに来るぞ。絶対にだ。
ああ、もう香り焼きを食べる手が止まらない。いやまぁ、短い手しか無いんですけどね。
ふぅ、幸せだなぁ。
と次はブライスースの燻製か。ブライスースって魔獣? がどんな魔獣か分からないけれど、見るからに普通の燻製だな。ちょっとひと齧り……もしゃもしゃ。うん、燻製だ。ちょっと臭みの強い豚の燻製って感じ。お酒好きの方ならお酒でも飲みたくなる感じなんだろうね。いやぁ、香り焼きの衝撃の後だと普通だなぁ。うん、普通だ。
次は漬けキノコか。もしゃもしゃと。あー、てっきり魚醤に漬けたキノコを予想していたんだが、ハチミツ漬けか……。うーん、不味くはないけど、俺の好きな味でもないな。おい、そこの小っこいの食べてみるかい?
「にゃあ?」
小っこい羽猫は漬けキノコを美味しそうに食べている。この子は野菜系や甘い物系が好きって感じがするなぁ。
よし、完食。げふー。小っこい羽猫にも手伝って貰っての完食です。あー、美味しかった。あ、後、忘れないように魚醤を補充しておこう。もう残り少なかったもんね。魚醤ってもっと臭くて塩辛いものを想像していたから、ここの(ちょっと焦げたような風味はあるモノの)醤油に近い味にはびっくりだよね。俺は魚醤を馬鹿にしていた。こんなにも醤油だったなんてね。さあ、魚醤も買おう。
「ええ、今回もご購入ですか。ありがとうございます。ではご用意します」
はい、用意してください。
では、お会計ですね。
「こちらの魚醤の小瓶が40,960円(小金貨1枚)、本日のお食事の代金が3,680円(銅貨5枚、潰銭60枚)になります」
あ、あれれ? 潰銭を持つのが嫌だったからぴったり銅貨で納まるように頼んだつもりだったんだけど……何でだ? あ、ミルク代か。うっかりしていたなぁ。
仕方なく、小金貨1枚と銀貨1枚を渡し、お釣りの銅貨2枚と潰銭20枚を貰う。あ、潰銭のお釣りは要りません。チップとして貰ってください。うん、美味しいモノを食べさせて貰ったお礼です。って、まぁ、160円程度でチップもクソもないんだけどね。食事後にお釣りをレジ横にある募金箱に入れる感覚だよなぁ。
これで所持金は238,080円(小金貨5枚、銀貨6枚、銅貨4枚)か。まだまだ余裕があるね!
さ、食べるものも食べたし、後は転移で実家に戻って寝ますか。お休みタイムです。
さあ、明日はどうしようかな?