3-41 卒業式
―1―
個室に戻ると小っこい羽猫が飛んできた。そのまま俺の頭の上に乗っかり、すぐに眠りだした。おー、闘技場の『ながくくるしいたたかい』が終わったんだぞー、ちょっとは祝福しなさい。にしても控え室を通らなくても個室に戻れるようになっていたんだね。イマイチ、この通路の構造が分からない。なんというか、ちょっとしたダンジョンだよね。
浮遊でも使ってMP最大値アップ訓練でもしようかなーっと思い始めるくらいの時間が経ったところでフロウがやって来た。
「芋虫、待たせたな」
はい、待ちました。
フロウの後ろにはずだ袋さん達が居た。そのずだ袋さん達の手には俺の残りの荷物があった。
「約束通り、お前の荷物だ。お前がクラスを得ることが出来た時から、お前が勝ち続けることに賭けていたからな。ちゃんとそのまま残して置いてやったんだぜ?」
ほー、有り難いね。ちゃんと魔法のウェストポーチXLや切断のナイフに夢幻のスカーフなどもある。ショルダーバッグの中のお金を見てみると327,680円(金貨1枚)になっていた。あれ? 増えていないか……これは?
「で、お前は闘技場卒業でいいんだな?」
フロウからの確認の言葉。もちろんです。だって別に好きで闘技者になったわけじゃないし……。
「分かった。その増えている分のお金はお前への報酬だ」
おー、有り難い。頑張ったかいがあったね。
「それと自由になる代わりにお前が今まで貯めていた死に紙は全て没収させて貰う」
ま、それは仕方ないね。それに自由になった今、闘技場内だけで流通している紙幣を持っていても仕方ないしね。
「ほう。素直だな。それと闘技場内で入手した物も没収させて貰うぞ」
え? ちょっと待ってグレートソードは仕方ないとして、このチャンピオンソードや魔法の真銀の矢、謎のパーツ、遮断の銀の糸なんかも没収されちゃうの? それはちょっと嫌だなぁ。
「おいおい、お前……いつの間にそんな物を手に入れていたんだ? あのフェンリルといい、お前らは本当によく分からない存在だな」
うん? 俺が星獣だって知ってたの? まぁ、星獣って概念がこの大陸ではどういったモノになっているかは分からないけれど、それでも同格だと思われていたのか? それならもうちょっとくらい待遇を良くしてくれても良かったのに……。いや、だからフロウがちょくちょく俺をかまいに来ていたのか。なるほどなー。
「お前らを見ていると蟻人族の伝説も本当だったんじゃないかと思えてくるぜ」
うん? 蟻人族が何かやったの?
「まぁいい。その4つは特別に免除してやるよ」
おー、さすがフロウさん、話がわっかるー。
「後は……」
まだ何かあるのかな?
「ほう。憶えていないのか? フェンリルに勝てれば特別な報酬を用意すると言ったはずだがな」
おー、あったあった。そうだった。何が貰えるんですか?
「まぁ、勝ったと言うにはお粗末な試合だったようだがな」
すいません。屁理屈で勝ってすいません。
「まぁ、勝ちは勝ちだ。帝都の外れに今は使われていない一軒の家を用意してやった。お前は冒険者をやっていたんだったよな。拠点代わりに使え。俺からの餞別だ」
へ? い、い、家をくれるんですか? ちょっと破格な報酬だと思うんですけど。あ、でもこの世界だと土地も余ってそうだし、一戸建てってそれほどの価値がないのかな? まぁ、何にせよ、有り難いなぁ、嬉しいなぁ。
世界樹の迷宮を消した後の転移のチェックポイント3はそこに決定だな。ホワイトさんの居るスイロウでしょ、復興具合が気になるフウキョウに、それと自宅――あー、でも自宅ならチェックポイント1に番号をこだわりたいな。後で順番を入れ替えないと……、その為には転移のレベルをもう一個あげないと。よし、次の目標はMSP稼ぎをしながらシロネさんとミカンさんの二人を待つに決定だな。芋虫の闘技者ってことで有名になっただろうし、二人が帝都に来た時に合流しやすいだろう。うん、当分は帝都周辺で頑張ろう。
「後は、だ。他の闘技者に挨拶をしていくか? それともこのまま行くか?」
……どうしようかな。卒業することで、自由になることで妬まれる事もあるだろうから会わずにそのままってのも一つの考えだよね。でもさ、ここで出来た絆も大事にしたいんだよね。ということで!
『皆に会ってから出よう』
それしかないよね!
―2―
控え室に戻ると沢山の闘技者の人たちが待ってくれていた。
「芋虫……いや、チャンプ。ここを卒業するんだってな」
「頑張れよ」
「ふぅ……」
「俺たちの分まで自由を満喫してくれ」
なんだ、なんだ。妬まれるかもと思っていたのに、なんだこの反応……ちょっと感動しそうなんだけど。
俺の前にキョウのおっちゃんとオーガスがやってくる。
「旦那。自由になったって聞いたんだぜ」
ああ、自由になったんだぜ!
「俺もすぐに旦那の後を追って自由になるんだぜ」
ああ、頑張れよ! 自由になったら一緒に冒険者をするかい?
「へへ、待ってな、なんだぜ」
「ふむ。ここに来た当初は甘い顔付きだったのが……変わったように見えるな」
相変わらずオーガスはフゴフゴと俺にしか分からない言葉で話しかけてくる。お前、芋虫の顔なんて分からないだろ。適当なコトを言いやがって。
「お主との毎朝の手合わせが無くなると思うと少し残念だな」
ああ、そうだな! お前だって自由になればいいじゃないか。
「いや、我は戦いが好きだ。この環境が良いのだ。それにな、闘技者をやっていれば女性にモテるからな」
そういってオーガスが俺の肩をバンバンと叩きながら笑っている。余り叩かないでー、体液出ちゃいます。にしても最後にオークぽいコトを言いやがって。て、え、ちょっとまって、ということは芋虫でもモテるのかな? ほんとに? ほんと?
ゴブリンナイトのチャッピーさんもやって来た。おー、鎧を新調している。壊してごめんな、しかしこれも勝負なのだ。恨みっこ無しだぜー。
「ギギギ、頑張れ」
チャッピーさんからの言葉。おー、喋れたのか。なんだよ、もっとお喋りしたかったぜ。
そのほか、控え室で待ってくれていた闘技者達にバンバンと叩かれる。だから思いっきり叩かないでください。ホント、体液でちゃいます。芋虫の体皮は繊細なんですよ。ぐちゃってなっちゃうよ、ぐちゃって。
唐突に闘技者達が俺から離れ、道を作る。うん?
闘技者が作った道を優雅に一匹の青い狼が歩いてくる。ちょ、フェンリル?
『おー、自由になる道を選んだか』
そりゃね。俺は戦いたくてここに居たわけじゃないしね。
『戦いの時に言ったことを憶えているか?』
な、何のことかなー?
『お前がもっと力をつけて、俺に勝てるようになったと思ったら……また来い。次は本気で相手をしてやる。まぁ、約束を忘れて逃げるようなら、お前を喰らい尽くしに行くけどな!』
そう言ってフェンリルは吠えている。ちょ、怖いんですけど。おいおい、周りの闘技者さんの中には白目をむいて気絶している人も居るぞ。
『ま、頑張れ』
そう言い残してフェンリルは控え室から出て行った。ホント、怖い狼だなぁ。
「ククク。挨拶は終わったか?」
えー。終わりましたよ、フロウさん。でもね、そのクククって笑うのを止めて貰えませんか。最後で、そんな笑い方をされると「自由イコール死だー」みたいな展開がまってそうで怖いんですけど。
「では行くぞ。まぁ、この闘技場は外からの自由参加も有りだ。たまには顔を見せに来い」
う、うーん。フロウさんってはちきゅうさんみたいな感じなんだよなぁ。そこに顔を見せに行くって、ちょっと勇気が要る気がします。
そして、俺はフロウに連れられて闘技場の外へ。
ああ、自由だ。
うん、自由だ!
本当に自由になったんだ!