それゆけ、ミカンちゃん2
北への旅はミカンが思っていたよりも遙かに困難だった。
なるべく安全な街道を通って旅しているといっても魔獣が全く現れない訳ではなく、幼い少女を護りながら、疲労に気を配りながらの旅は困難を極めた。
「早い段階で移動の手段を手に入れねば……」
狼型の魔獣を一閃し、刀に付いた血を振り払い前へ進む。背には疲れて眠っている少女。気をつけて背負わないと身長の余り高くない猫人族のミカンでは少女を引きずってしまいそうになる。
「周囲に気を配りながらの旅……思っていたよりも困難です。シロネさんはパーティのためにこんな苦労を……」
ミカンは、一人で旅していた時には――シロネやランと旅していた時には分からなかった旅の苦労を噛み締めていた。
「うう、うん……」
ミカンの独り言に反応したのか背の少女が目を覚ます。
「すまぬ、起こしてしまったか。もうすぐ次の村に到着する。まだ休んでいるといい」
小さな村に到着し宿を取る。
「ここで乗り物を手に入れよう」
「え? でも……」
少女が不安そうな声を出す。リーンが心配しているのはお金のコトだろう。
「心配するな。まだまだ路銀には余裕がある。それにこれは私が好きでやっていることだ」
「でも」
リーンの言葉にミカンが笑いかける。
「では、そうだな。リーンが大きくなったら、その時に返して欲しいかな」
「はい、必ず」
「気をつけて旅をするんだよ」
村の人から二本足の竜を受け取り二人は旅を続ける。
ミカンはリーンを二本足の竜に乗せ、歩いて行く。
「ふふ、当分の間、冒険者家業はお休みだな。これはこれで護衛クエストのようなものかな」
先程の村から聞いた話では、リーンの祖父がいるという北方諸国の一つ、海洋国家ホーシアへ向かうためには、このまま北上しキャラの港町から船に乗る必要があるようだ。
二人で協力し、北上していく。襲い来る魔獣を狩り、村で換金し、旅を続ける。先々の村での換金は、冒険者ギルドにある換金所と比べると換金率は低く、足下を見られることもあったが、急ぎの旅ではそれも仕方がなかった。
旅を続け、やがてキャラの港町が見えてくる。
「ほう、大きな町だな」
港町というだけあり、多数の大きな船や行き交う船乗りや商人達が多く見られた。
「まずは船の手配と泊まるところ、それに食事だな」
ミカンの言葉にリーンも大きく頷く。
食事は大切だ。
食べることが大好きなミカンにとって食事は一日のテンションにも関わる大事だ。
タイミング良くホーシア行きの船は明後日には戻ってくるとのことだった。乗船券も購入し、後は船の出発を待つだけになった。
「もうすぐだな」
ミカンの言葉にリーンは笑顔で頷く。
その夜、ミカンは宿にて武器の手入れを行っていた。自身の命だけではなく、リーンの命をも守る大切な相棒だ――手を抜くことは出来ない。ミカンは刀の横に置いている飾り鍔を見る。このキャラの港町の露店にてたまたま売っていた代物で、今使っている長巻の鍔が傷んでいたために買った物だ。
長巻をばらし、手入れし、新しい鍔と入れ替える。手に持ち、軽く振るってみる。
「うん、大丈夫だ」
金属製になったため、少し重くはなったが、今の力の増したミカンならば問題無く扱うことが出来そうだった。
そしてミカンは外した木製の鍔を見る。幾ら癒やしの力を持つ世界樹製とはいえ、木製ではここまでの戦いに耐えきれなかったようだ。しかし、傷んでいるとはいえ、癒やしの力はまだまだ残っている。
「少しは違うかも……」
ミカンは木製の鍔に紐を通し、見えない右目に当て、眼帯の代わりにする。
「ミカンお姉ちゃん、それどうしたの?」
朝、起きたリーンの最初の言葉がそれだった。
「ああ、少しは傷に効果があるかも、と思ってな」
「お洒落じゃない……」
刀の鍔に紐を通しただけの無骨な代物だ。リーンの言葉も当然である。
「お爺ちゃんのところに着いたら、私がもっと可愛いのに加工するね!」
リーンは装飾品作成のスキルをもっており、その力を使って両親の手助けをしていたらしい。
「あ、ああ、頼む」
リーンに返事をし、ミカンは考える。
(リーンを送り届けた後……か)
早く旅の仲間のところに戻らなければという気持ちは未だ消えていない。二人が帝都に向かっているということも――そして、この船旅に出てしまえばパーティの加入限界範囲を超えてしまうということも分かっていた。
それでも、この少女を独りぼっちには出来なかった。投げ出すことが出来なかった。ミカンは自身の甘さを笑う。
(それでも、私は私の道を行こう)