3-39 芋虫と剣聖
―1―
闘技場の舞台上で次の試合を待つ。
俺の勝ち方が勝ち方だったから、てっきり観客席からはブーイングの嵐が巻き起こっているかと思ったのだが、普通に手を叩いて喜んでくれていた。
「面白かったぞ」
「なかなかやるじゃないか」
「見たか? あの狼の態度! 芋虫良かったぞ」
意外と好評だ。もしかしてフェンリル――青い狼って嫌われていたのか? いや、奴が強すぎて試合が詰まらなくなっていたのかも知れないな。だからひと泡吹かせた俺が賞賛されているのかもな。
闘技場で待っていると黒い服に連れられてお爺ちゃんがやって来た。腰に鞘に収められた一降りの剣を持っているだけの姿だ。へ? もしかして剣聖様って、このお爺ちゃん? 何時死んでもおかしく無いくらいのヨボヨボ具合なんですが、大丈夫ですか?
「此処で良い」
お爺ちゃんの言葉。お、意外と渋いカッコイイ声だ。
お爺ちゃんの声を聞いて黒い服の男が離れる。
「では、7回戦の勝者に剣聖様の剣を受ける資格を授ける!」
黒い服の男はその言葉を残して闘技場の舞台から消えていった。舞台の上には俺とお爺ちゃんだけが残る。へ? 授ける? 戦うんじゃないの?
お爺ちゃんが剣を構える。えーっと、もう開始なのかな?
「我が八つの太刀、受けきればお主の勝ち、では行くぞ」
な、なるほど。なんとなく分かった。お爺ちゃんが攻撃する。俺は回避する。それを八回やれば俺の勝ちってことかな? あー、ここが、剣聖戦がオマケみたいな扱いをされていた意味が分かった。なるほどね。
避けるなんて敏捷補正特化の俺からすれば楽勝じゃんか。
「一の太刀」
お爺ちゃんが鞘から剣を抜く。お爺ちゃん、そこからだと俺まで攻撃は届きませんよ。
と、その瞬間、剣閃と共に紫の炎が巻き上がる。ちょ、へ? いや、驚いている場合じゃない。
迫る炎の壁。
――《集中》――
目の前の炎に集中しろ!
――《百花繚乱》――
サイドアーム・アマラに持たせた真紅から放たれる高速の突き。高速の突きが炎を突き刺し、炎の壁を切り分け、紫の花を咲かせていく。うおお、貫け!
少々体を焦がされたが、俺は紫の炎を無事抜けきる。
「二の太刀」
いつの間に鞘に収めていたのか、再度、鞘から剣が抜き放たれる。
剣閃と共に発生する青い水の刃。
――《魔法糸》――
魔法糸を地面に飛ばし、その勢いで空中へ。
――《浮遊》――
空中に浮かび、水の刃を躱す。
「三の太刀」
またも鞘から剣が抜き放たれる。
俺の真下から緑色の木の枝が伸びてくる。木の枝が空中に浮いている俺の体に巻き付いていく。ミシミシと俺の体が締め付けられる。
――《ゲイルスラスト》――
サイドアーム・ナラカに持たせたグレートソードによって絡みついた枝を貫き、斬り裂いていく。
「四の太刀」
お爺ちゃんが振るった剣から黄色の剣閃がきらめく。
その瞬間、俺の体が斬り裂かれていた。斬り裂かれた俺の体から体液が吹き出る。
「五の太刀」
さらに橙の剣閃が走る。土が盛り上がり俺の周囲を覆っていく。俺はなんとか巻き付いていた枝を全て斬り払う。しかし、その間にもどんどん周りの土が増えていく。このままだと土の中に閉じ込められてしまう。俺は浮遊を解除する。
――《スピアバースト》――
落下と共に真紅が光に包まれる。光の衝撃波が周囲の土を吹き飛ばす。
「六の太刀」
お爺ちゃんが剣を抜き放つと共に赤い風の刃が生み出される。風なら!
――《集中》――
真紅で風の刃を受ける。赤い風の刃を真紅が受け止める。
「七の太刀」
お爺ちゃんが剣を構えると俺の周囲が真っ黒な闇に包まれた。闇の中から声が聞こえる。
「身勝手な奴」
「自己中心的な奴」
「お前の行動は何も生まない」
「お前の行動が上手く行くことは無い」
ざわざわと嫌な声が聞こえる。なるほど精神攻撃的な感じなのかな。うわあ、これはキツいなぁ。心が痛いなぁ。
「八の太刀」
その声と共に黒い闇に光が差し込む。白い光が俺の体を焼いていく。なんだ、浄化でもされているのか。ただ、ただ耐える。真っ白な視界の中でただ耐える。体が、心が、存在が全て真っ白になっていく。
耐える、ただ、ただ耐える。真っ白になってたまるか!
カチンと言う音が真っ白な世界に響く。
「耐えきったようじゃのう」
その言葉と共に、視界が、世界が色を帯びていく。終わったのか?
「終わりじゃ」
お爺ちゃんの言葉。た、確かにイベント戦闘的な感じだな。
「ほっほっほっ」
お爺ちゃんが笑い、手に持った剣を俺に投げ渡してくる。え? くれるの?
「ただの魔獣とは思えぬ面白い奴よ。その剣、使うと良い」
おー、くれるのか。有り難く貰っておきます。よし、この剣、鑑定しておくか。
【チャンピオンソード】
【王者のみに持つことを許された剣】
刃の長さは1メートル少々、両刃の非常に固そうな剣だな。威力は今後確かめると言うことで有り難く貰っておこう。
にしても、あの青い狼の次がこれか……。青い狼の本気を乗り越えた後にコレだったら納得出来なかっただろうなぁ。
ホント、名誉○○さんの有り難い講義を受けられます権みたいな感じだ。ま、まぁ、これで闘技場の試合は全部終わったのか? 死に紙も大量ゲットだよね。これで自由だよね。
はぁ、終わった。
「芋虫の王者の誕生なんだぜ!」
観客席のその声と共に歓声が沸き起こる。
「チャンプ」
「チャンプ!」
「チャンプ!」
いや、なんだろう。凄く恥ずかしいな。青い狼戦は実力ではなく、とんちで勝ったようなモノだし……。うー、むずがゆくなる。
これさ、絶対、面白がって俺の事をチャンプって呼んでいる人も居るよね。
舞台上に黒い服の男が上がる。
「素晴らしい剣技を披露された剣聖様にも拍手をお願いします」
黒い服の男の言葉と共に一層大きな拍手が巻き起こる。
「では、剣聖様、こちらへ」
黒い服の男がお爺ちゃんを連れて舞台の上から去って行く。なんだろうね、観客席の人たちは剣聖様の剣技が見えて満足って感じなのかな。
で、俺はどうしたらいいんだ? ここで待っていればいいんだろうか? もう充分に死に紙は集まったよね? 自由になるんだよね? そう考えると控え室に戻るのも違う気がするんだけど……うーん、どうすればいいんだ?
俺が舞台上で戸惑っているとずだ袋さんが現れた。
「フロウが待っています。とりあえずこちらへ」
あれ? なんだろう、何か違和感を感じる。ま、まぁ、ここでじっとしていても仕方がないし、ついていくしかないか。
俺はとりあえずずだ袋さんの後をついていくことにした。




