3-28 雨魔法
―1―
コンコンと個室の扉がノックされる。へぇ、こっちでもノックして呼びかけるんだな。まぁ、同じ人間なんだし、行き着くところは似たような感じになるのかな。
更にノックが響く。はいはーい、居ますよー。
コンコンがコココンに、コココンがゴンゴンに、ゴンゴンがドンドンに……う、うるさいです。コレ、無視していたら何処まで行くんだろうか。
扉の叩く音がまるで和太鼓でも叩いているかのようなレベルにまで進化している。こ、これは扉が保たないぞ!
『勝手に開けて入ってくれ』
たまらず俺は念話を飛ばす。
ぎぃーと嫌な音を立てて扉が開く。アレ? 最初の時はそんな音、していなかったよね。もしかして扉、歪んじゃった? お、お、お、俺の個室があぁぁッ!
扉を開け、入ってきたのは青い法衣を着込んだ少女だった。手には金属で作られた棍棒が――もしかして、これで扉を叩いていたのか?
「負傷したと聞いて治療に来ましたー」
は、はぁ。
「この闘技場専属の治癒術士でーす。フロウさんに言われて来たんですよー」
うわ、頭が悪そうな子が来た。ま、まぁ、こういう子が実は優秀ってのは定番だし……う、うん。
「おケガは何処ですかー。痛いの痛いのみちゃいますよー」
え、えーっと、君の頭かな。もうちょっと普通の感じの子を……。
「芋虫になっちゃった姿を治せばいいんですねー」
え? 治るの? なんて思っていると、なーんちゃって、コチン、てへぺろみたいなコトをしていた。うわ、ちょっと殴りたいんですけど。これはらちが明かないな。
『大きく負傷したのは目だ。後は爆風に巻き込まれて全身に打ち身が』
少女は金属の棍棒を器用にくるくると回している。ま、まさか、その棍棒で叩いて治すとか言わないよな?
「とりあえず動けますかー?」
『ああ、動くことに問題はない』
俺は体が自由に動くことをもきゅもきゅと動いてアピールする。
「では、着いてきてくださーい」
少女が棍棒をくるくる回しながら部屋の外へ。だから、その棍棒は何なんですか。
寝ていた小っこい羽猫を頭の上に乗せ、少女の後を追う。
「こちらでーす。ところでその小っこいのはなんですかー? 私への貢ぎ物かな? かな?」
違います、だから普通に案内してくださいよー。
少女が案内してくれたのは何も無い真っ白な部屋だった。そして、その部屋の外には何かカードを入れるような機械ぽいモノが置かれている。
「はい、到着でーす」
何だここ?
「その装置にステータスプレートを入れてくださーい。よろしくお願いします」
あ、はい。がちゃこんと。
「フロウさんから聞いてるけどー、三級市民申請もまだだよね? だよね?」
え? 申請とかいるものなのか?
「はい、そんな申請もこれで完了です。すごい」
あ、はい。俺は謎の装置からステータスプレート(銀)を取り出す。にしても相変わらす進んでいるのか遅れているのか分からない世界だこと。
「では申請も済んだので、お部屋へどーぞ」
あ、はい。素直に部屋の中へ。
「ではいきますよー」
――[ヒールウォーター]――
少女から青い光が発し、俺の頭上から一滴の雫が落ちる。へ? 魔法?
「どうですか? 治りましたか?」
あ、はい。何だか痛いのが和らいだ気がします。
「ここはこの闘技場で唯一魔法が使える場所なんですよー。えへん」
は、はぁ。そうなんですね。それなら俺も試しに使ってみるか。なんとなくヒールウォーターの魔法の感じは分かったし、出来るかな。
――[ウォーターボール]――
俺の手の平に水の球が生まれる。違う、これじゃない。って、ちゃんと魔法が発動したな。
「な、魔獣が魔法を?」
そこ、やっぱり驚くトコロなんだな。まぁ、この水球は天井にでも飛ばして破裂させとくか。
水球がふわふわと天井まで飛び破裂する。水の飛沫が気持ちいいね。
「にゃ、にゃ、ぬあー」
小っこい羽猫がもろに水をかぶって転げ回っている。おお、すまんすまん、頭の上に乗っていたのを忘れていた。って、コレじゃなくて、だな。俺が使いたい魔法は……次こそ、だ。
イメージだ、イメージしろ。スイロウの里のちびっ娘もイメージが大事って言っていたもんな。回復する水のイメージ、体の底から暖かくなるような……確か、回復はステータスプレートの情報を元にして行われるんだよな。いや、でも、何で、どうやって魔法がこの板の情報を参照するんだ? ポーションとかもそうだってコトだけど――参照方法が分からん。いや、こういうのは考えたら駄目なんだと思う。そういうモノだっていう強固な思い込みが魔法を発動させるんだ。考えるな感じろ、だな。さっき感じたモノを思い出して、こういうモノだという思い込みがッ!
【[ヒールレイン]の魔法が発現しました】
――[ヒールレイン]――
空から癒やしの雨が降り注ぐ。
「ぬあー、ぬあー」
小っこい羽猫が猫ぽくない鳴き声で叫んでいる。水は嫌いかね。水が体の中まで染みこんでいく感覚。あー、癒やされるわー。目の痛みも、体の痛みも引いていく。
数秒で癒やしの雨が消える。このぱっと消えるところは如何にも魔法だなぁ。そういえば、ここ最近の戦いに次ぐ、戦いで、クリーンの魔法を習得しようと頑張っていたコトを忘れていた。あー、魔法の練習もしたいなぁ。
せっかく憶えたヒールレインの熟練度も上げたいなぁ。
「な、な、な、な、なんで芋虫が、魔獣が」
魔法が使えたらおかしいかね?
『ところでしばらく此処で魔法の練習をしても良いのだろか?』
「練習って駄目です。駄目に決まっています。ダメだ……頭おかしい」
そっかー、おかしいのか。残念だな。ま、久しぶりに魔法が使えて嬉しかったぜ。
「おかしい、おかしい。こいつ絶対おかしい。もしかしてあの狼と同じ? いや、おかしい、おかしい」
あら? 壊れちゃった? なんだろう、何かトラウマでも呼び起こしているんでしょうか。
ま、壊れた子は無視して自室に帰りますか。