3-26 ダナン
―1―
観客席から巻き上がる大声援。
「芋虫、昼の試合も見てたぞー」
「殺し合えー」
「あれは芋虫型魔獣のラン選手と聞いています」
「あーいーえー?」
――《魔法糸》――
俺は魔法糸を飛ばし歓声に応える。さすがに一番盛り上がる時間と言うだけあって観客席は全て埋まっているな。
「芋虫を助けたばっかりに、なして、こんな面倒な仕事を」
まだダナンはぶつぶつと呟いている。もうね、助けた、助けた、うるさいと思うのです。恩着せがましいよね。というかだ、助けたっていうけどさ、本当のことなの? 俺は気絶していたからなぁ。気付いた時には檻の中ですよ、本当に助けてくれたのか疑ってしまうのは普通だと思うの。ま、一応、信じて感謝だけはしておくけどさ。
そして闘技場に銅鑼の音が響き渡る。
俺は真紅を自分の手に、グレートソードをサイドアーム・ナラカに持たせ駆け出す。まずは強力な一撃を食らわせるぜッ!
ぼさぼさ髪の下からこちらを睨むかのような鋭い視線がきらめく。む、危険な香り。
「芋虫さん。俺のためを思って死んでくれんかね。面倒は嫌いでなぁ」
いやいや、その理屈はおかしい。
「聞いて欲しいだ。貴族ってだけの頭の弱いお嬢さんが俺に、こんな馬鹿らしい依頼をしただ」
うん? 何故、俺に情報を教えてくれるんだ?
「あんたも貴族に逆らうのは得策じゃないで、素直にいうことを聞いてくれんだかねぇ」
は? 何? この国は貴族が死ねと言えば死ぬ的な国なの?
「あんたは言っていることが分かる賢い魔獣だと思ってのことだ」
うん、俺とは価値観が合わないな。まぁ、貴族からの依頼でイヤイヤ闘技場に参加させられたってのは同情するけどさ。だからといって俺が何もせずに殺される理由にはならないな。ということでッ!
俺は止めていた足を動かし、ダナンの下へ。まずは一撃ッ!
――《ゲイルスラスト》――
サイドアーム・ナラカに持たせたグレートソードから空間を貫く烈風の如き突きが発動する。
「はぁ、相手の実力もわからないだか……。どうせ結果は同じだで、だから無駄に抵抗せず死んで欲しかったんだがなぁ」
鋭い突きがダナンに迫る。
「あの豚といい、やっぱり魔獣は頭が悪いだね」
何だと? オーガスをやったのはお前か! ますますぶっ飛ばす理由が出来たな。
「死ぬだ」
ダナンのだぼだぼの袖が動く。別に何をしようが構わないぜ。《ゲイルスラスト》は囮だ。本命は、この手に持った真紅からの一撃だからなッ!
ッ!
視界に無数の赤く細い線が走る。
気付いた瞬間にはサイドアーム・ナラカに持たせていたグレートソードがバラバラになっていた。は? え? ヤバイ、これはヤバイ。攻撃しようとしていた真紅を止める。
――《魔法糸》――
俺は後方へ魔法糸を跳ばし、そのまま後ろへ跳躍する。やばい、やばい。何だアレは。あのままスキルを使って真紅で攻撃をしていたら終わっていた気がする。
俺はバラバラになったグレートソードを見る。グレートソードは根元から綺麗に切断されていた。遠くに散らばる破片の切断面も綺麗なモノだ。何だ? 何をした? 見えなかったぞ?
「アレで終わっていれば楽だったのになぁ」
ダナンがゆっくりとこちらへと歩いてくる。
ダナンが近寄る度に視界に無数の赤く細い線が走る。な、なんだコレは。まるでヤツを守る結界でもあるかのようだ。
俺は素早さを活かし、赤い線の結界に入らないように後退する。う……しかし、コレ、攻撃手段がないぞ。下手に真紅で攻撃して、真紅がバラバラにされたら一生立ち上がれないし……あー、弓とか矢が欲しい。遠くからチマチマと削りたい。弓使いとの戦いの時に殺して奪っとくべきだったか? いやいや、無駄な殺しはしない、ない。ピンチだからか考えが物騒な方向に進んでいるな。
――《魔法糸》――
俺はダナン目掛けて魔法糸を飛ばす。魔法糸はスパン、スパンと飛ばした先から切断されていく。む? 結界に触れて溶けるみたいな感じじゃないな。もしかして何か見えない刃物が高速で動いているのか?
俺は確認のためにサイドアーム・ナラカに持たせたままのグレートソードの柄部分をダナン目掛けて投げつける。ダナンは億劫そうに身体を動かし、飛んできた剣の柄を回避する。……今、回避したよな?
キョウのおっちゃんはオーガスの腕が何か鋭利な刃物で綺麗に輪切りにされていたって言っていた。バラバラになった俺のグレートソード……もしかして? いや、でも、もし俺の予想が違っていたら……輪切りになるのは俺だな。それに、出来るかどうかもわからないし……。
いや、ここは覚悟を決める場所だろ。前に進まないと道は切り開けないからなッ!
オーガスの仇も(まぁ、オーガスは自分でやる、要らぬお世話だって言いそうだけどさ)俺自身の現状への仕返しもあるしなッ!
いくぜッ!
俺はダナンへと駆け出す。
「やっと死ぬ気になっただか?」
いいや、お前を倒す覚悟が決まっただけだッ!
――《集中》――
視界に無数の細く赤い線が走る。最初に走った赤い線はどれだ? 高められた集中力が走る赤い線を追う。俺は最初に走った赤い線を掴むようにサイドアーム・ナラカを伸ばす。
掴めッ!
サイドアーム・ナラカが何かを掴む。よし、予想通りサイドアーム・ナラカなら切断されなかったぞ。
見ると、サイドアーム・ナラカは何か細い糸のようなモノを掴んでいた。まさか鋼糸?
「な!」
ダナンが驚きの声を上げる。そりゃな、お前から見えれば手前の鋼糸が空中で停止しているように見えるだろうからな。
そして喰らえッ!
――《スパイラルチャージ》――
真紅が赤と紫の螺旋を描きダナンに迫る。そのまま貫けッ!
俺の突きによってダナンが吹き飛ぶ……うん? 吹き飛ぶ?
吹き飛んだと思われたダナンがふわりと着地する。もしかして自分で飛んだのか?
「やれやれ、危ない芋虫だで」
ダナンはまだまだ余裕そうだ。俺はサイドアーム・ナラカが握ったままの鋼糸? を見る。うん、鋼糸ゲットだぜーだな。後で練習しよう。と、今回、サイドアーム・ナラカが相手の攻撃を受け止められたよな? ってことは他でも出来るのかな。よし、それも練習だな。オーガスが復帰したら付き合って貰おう。と、まずはこの試合を終わらせないとなッ!
俺はダナンの下へ駆け出す。喰らえッ!
――《百花繚乱》――
真紅から繰り出される穂先も見えないほどの高速突き。
それを受けるようにダナンのだぼだぼの袖から鉄の爪が生える。そして鉄の爪が俺の高速の突きを弾いていく。な、なんだと。
「はぁ、おっそろしい芋虫だで」
いや、俺はお前が恐ろしいよ。今のは完全に決めるつもりだったんだぞ。
まだ、これからってコトか。




