それゆけ、ミカンちゃん1
ミカンが目覚めた時には周りに誰も居なくなっていた。ミカンは痛む体を押さえ起き上がり、周囲を見回す。
「ここは崖の下……?」
周りを見回していると視界がおかしいことに気付く。
「右目が……」
右目に触れる。
「痛い」
右目が傷つき流れた血によって視界が塞がれているようだった。ミカンは服の袖を噛み引き裂き、それを包帯のように右目へ巻く。
「これで止血を……治癒術士に治して貰えるレベルなら良いけれど」
ミカンは自身のステータスプレートを確認する。表示されているレベルは27。
「HPは残り60……この数字がどれだけアテになるか分からないけれど、まだまだ大丈夫」
そのまま手持ちの武器を確認する。
「月光牙も長巻も無事……うん、これなら戦える」
ミカンは痛みに耐えながら足を動かす。
「ランさんとシロネさんの元へ……早く」
崖上へと上る道を探し歩く。ゆっくりとだが一歩一歩前へと歩いて行く。
「二人の光は東へ、早く合流しないと」
傷つきながらも崖上へ。
「はぁはぁ、やっと崖上……そして魔獣か」
ミカンの目の前には狼型の魔獣が。その数は1、2、3……、
「周囲を囲まれている……何か血にでも誘われた?」
ミカンは静かに腰の刀に手を乗せる。魔獣相手に戦い始めることに言葉は要らない。
――《月光》――
カチンという音ともに目の前の魔獣が斬り裂かれる。ミカンはすぐさま背の長巻に持ち替える。
――《一閃》――
横へと振り払われた長巻を追うように一本の線が走る。周囲の狼型魔獣が切断され血しぶきが舞う。
ミカンは気合いを入れ、そのまま駆け出し、長巻で斬り裂いていく。
「足が重い。しかし、ここで負けるわけには!」
痛む右目。傷つき自由にならない体。視界の悪い中、斬る、斬る、斬る。
狼型の魔獣が右腕に噛みつく。すぐさま左手で腰の刀を抜き、噛みついている狼型魔獣の脳天に突き刺し、そのまま斬り飛ばす。
次に飛びかかってきた狼型魔獣を鬼神の小手にて強化された腕力に任せ、空中から叩き付ける。
斬り、叩き、進む。
ただ、本能のまま斬り進む。
気付くと辺りには狼型魔獣の姿はなくなっていた。
「全て倒しきった? それとも逃げた?」
月光牙を地面に刺し寄りかかる。今のミカンは魔石を、素材を取り出す気力も無い状態だった。
「はぁはぁ、これだけの数の魔獣。何があったの?」
ミカンはそのまま少し休憩し、また歩き出す。
狼型魔獣がやってきた方向、その先にあったのは壊れた馬車と、その前で座り込み震えている獣人の少女だった。
少女は自分の周りに魔獣避けの結界を張っているらしく傷などを負っている様子はない。
「結界? なるほど。それで私の方の血に誘われたのか」
ミカンは自らの傷ついた身体を見る。袖が無く、切り裂かれたぼろぼろの身なりに体の至る所から血が流れ落ちた姿……。
ミカンはゆっくりと少女のもとへと歩く。猫のような耳に瞳、長く伸ばした黒い髪、顔立ちはどちらかというと普通人に近い。猫人族と普人族の間のような感じだ。
「半分の子か……」
そうミカンは少女に聞こえぬよう口の中で呟く。
「安心するといい。周囲の魔獣は私が倒した」
ミカンのその言葉に反応し、少女がミカンを見上げる。
「あ、あの……」
「私はミカン、猫人族の冒険者だ」
少女を落ち着かせるように優しく語りかける。
「わ、わ、わたしは」
パリーンと言う音ともに少女を覆っていた結界が消える。
「ギリギリだったか。間に合って良かった。もう少し遅ければ……」
「あ、あの」
ミカンは少女の前に座り、少女が落ち着き、喋れるようになるのをゆっくりと待つ。その状態でありながらも腰の刀に手をかけ周囲を見回し、警戒を怠らないようにする。
「わ、わたしはリーンです」
「リーン、何があったのだ?」
少女の瞳から一筋の雫がこぼれ落ちる。それでも泣き叫ぶのを耐えぽつりぽつりと喋り始める。
少女は北方諸国の生まれらしく、そこから両親と共に行商をして歩いていたとのことだった。
最近、余り良い噂を聞かない帝都を経由せずに外れの村に行商へ向かう途中、竜の襲撃を受け馬車が転倒、そのまま狼型魔獣に襲われ少女の両親は……。少女は両親の残した結界に守られていた為、生き残ることが出来たようだった。
「リーン、落ち着いたら両親を弔おう」
リーンが頷く。
「あの、これ……使ってください」
リーンがミカンに手渡したのは回復用のポーションだった。
「有り難い」
ミカンが回復のポーションを飲むと体の軽い傷のみが癒えていく。
ポーション系はステータスプレートに保存されている身体情報を元に体を癒やしてくれる便利な魔法の薬だ。上級冒険者の必需品とも言える品だが、若干、値段が高めな為、余り手を出せない品でもある。結界やポーション、少女の両親が行っていた行商は魔法具関係なのかもしれない。
僅かばかりだが体の傷が癒え、体が軽くなったミカンは少女の両親の死体を探し、その姿を見て、すぐさま穴を掘って埋める。その際に少女の両親が身につけ、まだ原型が残っていたペンダントと腕輪を取り外し、ミカンはそれを形見として少女に渡した。少女の両親は狼型魔獣に食い荒らされ、とても少女に見せられるような姿では無かったからだ。
「大丈夫か?」
少女は答えない。じっと形見として受け取ったペンダントと腕輪を握りしめている。
「これからどうするのだ?」
それを聞くのは酷なことかもしれない。それでもミカンは関わってしまった以上、聞かずにはいられなかった。
「祖父の所に帰ります」
それを聞いてミカンは一つの決意を固めた。少女の祖父――それは北方諸国の一つで間違いなく、少女が一人で帰るには余りにも遠く危険過ぎた。
「私も行こう」
こうしてミカンとリーンの北方諸国への旅が始まった。