3-18 戦うことでしかわかり合えない者達
―1―
ずだ袋さんに連れられて闘技場の舞台へ。
舞台の上にはすでにハイオークさんが待ち構えていた。見上げるような巨体に胴に巻き付けるような金属鎧、手にはいつものグレートソード。
「来たか」
ああ、来たぜ。
観客席を見回すとそれなりに席が埋まっていた。ほー、凄いな。俺が人気ってよりはこのハイオークさんが目当てなんだろうけどな。
「覚悟は決まったか?」
ああ、あんたを倒す覚悟がなッ!
闘技場に銅鑼の音が響き渡る。さあ、戦闘開始だ。
俺はハイオークさんへと駆け出す。背中のグレートソードが地面をこすりガリガリと音を立てるが気にしない。
「我は身の丈にあった武器を持つべきだと思うがな」
そうだなッ! 俺は手に持ったロングソードで斬りかかる。
「軽いな」
ハイオークさんが手に持ったグレートソードを俺のロングソードにぶつける。……喰らえ。
――《ウェポンブレイク》――
ハイオークさんのグレートソードから細かい鉄粉が飛ぶ。よし、続ければ武器の破壊は出来そうだな。
「ふむ。軽いな」
そのまま俺のロングソードを弾かれる。軽い……軽いよな。俺の攻撃は軽いよな。しかし、これで決めさせて貰うッ!
――《ゲイルスラスト》――
サイドアーム・ナラカが俺の背にあるグレートソードを引き抜きハイオークさんの死角から突きを繰り出す。
このためのグレートソード。このために、これだけの為にサイドアーム・ナラカを温存していたんだからなッ!
グレートソードが激しい風を纏い空気を貫いていく。
「な……んだと」
ハイオークさんの目が驚愕に見開かれる。
このまま決めるッ!
ハイオークさんがその体躯から想像も出来ない俊敏な動きで体を捻る。俺のグレートソードがハイオークさんの体を左腕の一部を貫く。は、外しただとッ!
ハイオークさんが右手に持ったグレートソードを振り払う。俺はその一撃によって吹き飛ばされる。
「ほう、調子に乗ったルーキーを叩き潰すだけの仕事かと思ったが割とやるようだな」
ハイオークさんがグレートソードを右手に持ったまま、大量の血が流れ傷ついた左腕を押さえる。
「ふん!」
ハイオークさんの左腕から流れていた血が止まる。しくじった、しくじった。あれで決めきるつもりだったのに。どうする、どうする。
―2―
「その浮いている剣がお前の奥の手か」
ネタがバレてしまったからな。もう隠す意味も無い。ああ、そうだよ。これで決めきるつもりだったんだよッ!
「さあ、次はどんな技を見せてくれるのかな」
目の前のハイオークが迫る。
俺はサイドアーム・ナラカに持たせたグレートソードで斬りかかる。
「無駄だ」
俺のグレートソードが弾かれ……いや、合わせるッ!
――《ウェポンブレイク》――
ハイオークさんのグレートソードから少しだけ鉄粉が飛ぶ。
「軽い、軽い」
俺のグレートソードが弾かれる。くそ、武器と武器がかち合った瞬間にウェポンブレイクで地道に削っていくしかないか。
「次は我の番か」
ハイオークさんがグレートソードを腰だめに構え両手で持つ。
やばい、危険な感じしかしないッ!
赤色が横一直線に走る。斬り払いかッ! しゃがんで躱す? この距離なら叩き潰されて終わりだ。上は? いや、駄目だ。俺はグレートソードを縦に構える。
「死ぬなよ」
ハイオークさんのグレートソードが横に振り払われる。横に走る衝撃波。サイドアーム・ナラカと俺自身の手で持ったグレートソードに衝撃が走る。ギリギリという嫌な音と共に俺はグレートソードごと吹き飛ばされた。
吹き飛ばされ、地面に叩き付けられ、跳ね、転がる。くそ……。
俺は手に持っていた自分のグレートソードを見る。剣は途中から折れ、砕けていた。……くそ、俺の武器の方が先に壊されているじゃないかよッ! どうする、どうする。
とりあえずサイドアーム・ナラカにロングソードを持たせる――武器が二つあって良かったよ。無ければ、さっきので終わっていたな。
ここからは芋虫だったからこそ得た俺自身のスキルと、このロングソードで頑張るしかないな。いよいよ持って《転移》で逃げるタイミングが近づいてきたか?
―3―
「軽い、軽いぞ」
ハイオークさんの連続斬り。斜めに走る赤い線。右へ。次は左上から下へ。更に右へ。そして躱すと同時にッ!
――《ウェポンブレイク》――
俺はロングソードを相手のグレートソードの刃に触れ合わすように添える。この段階からでも武器さえ壊せれば……逆転出来るはずッ!
――《魔法糸》――
魔法糸を飛ばす。俺が飛ばした魔法糸はハイオークさんの自由な左手に絡め取られる。
「ふん」
魔法糸が引っ張られる。やべ。慌てて魔法糸を解除する。
「無駄だ」
更に縦切りが迫る。俺は迫る縦の赤い線を右に回避する。
「素早さだけはなかなかのモノだな。が、いつまで持つかな」
次は赤い線が横一文字に走る。
――《魔法糸》――
地面に魔法糸を飛ばし、その反動で空中へ。喰らえッ!
――《ゲイルスラスト》――
サイドアーム・ナラカに持たせたロングソードが激しい風を纏い空間を貫く。
「その程度では我に届かん!」
ハイオークさんが自由な左掌で俺の突きを受け止める。手の甲を貫通するロングソード。ハイオークさんがそのまま掌を握る。ロングソードがハイオークさんの手を貫通したまま動きが止まる。
「捕まえたぞ」
俺はロングソードを持ったまま宙づりになる。ヤバイ。
「これならお前の自慢の敏捷も関係が無いな」
迫るグレートソード。クソッ! 俺はロングソードを手放す。
――《魔法糸》――
後方へ魔法糸を飛ばし、そのまま逃げる。
ハイオークさんが手に刺さっていた俺のロングソードを引き抜き投げ捨てる。
「ふむ。技に頼った戦い方に戦術も無しか……素人だな」
そうだよ、素人だよ、悪いかよッ! 戦いたくて戦っているわけじゃないんだ、仕方ないだろうがよッ!
「今、お前は何処に立っているか分かるか?」
その言葉に気付く。後ろは……壁? もしかして追い詰められた?
「なかなか移動自慢なようだからな。お前の回避方向を誘導させて貰った。もう逃げられまい」
ハイオークさんが腰だめにグレートソードを構える。ヤバイ……これは死ぬ。もうなりふり構ってられるかッ! 逃げるぞッ!
――《転移》――
俺の体が空中に浮かび、空へと――上がろうとして叩き落とされた。ハイオークさんが腰だめに構えていたはずのグレートソードがいつの間にか頭上に。
激しい痛みと衝撃と共に地面へと叩き付けられる。
―4―
「何か隠していると思ったが逃げる手段とはな。最初の時から、お前には闘技を軽く見ている匂いがしていたが、こういった手段を持っていたからか……」
ぐ……。くそ、転移をたたき落とすとか化け物かよ……。判断を間違った。俺はコイツと戦う前に逃げるべきだった。いつでも逃げられるからと気楽に構えていたのが間違いだった。
「本気の剣を持っていない者の末路だな。お前のような者だとここから先は苦しむだけだろう。今、ここで我の剣で楽にしてやろう」
くそ、勝手に決めやがって。俺だって好きで戦っていたワケじゃないのに、なんでそんなことを言われないと駄目なんだよッ!
迫るグレートソードの切っ先。
終われるか、終われるかよッ!
こんな所で終わってたまるかよッ!
コイツに勝てる力をッ!!
そうだ、魔法だ。まだ俺には魔法がある。闘技場のルール? 知ったことかッ!
出ろ、魔法ッ!
しかし、魔法は発動しなかった。ま、まさか、この闘技場に魔法を無効化するような仕組みでもあるのか?
ははは、無様だな。生き延びる為にルールすら無視しようとしたのに、それすら使えないとか、格好悪い。ホント、情けない。
ああ、クソ、何でこんな事になったんだ。
にしても相手の剣の動きが遅いな。死ぬ寸前って全てがスローモーションになるって言うけど、今がそうなのか?
って、おい!
俺の目の前に一本の槍が刺さっていた。
俺の目の前には、俺を守るように、見覚えのある一本の槍が刺さっていた。
まさか、そんな。
『真紅ッ!!』
俺の、俺だけの槍。レッドアイの牙から作られた俺の槍。
「まさか、空から槍が」
そうか、俺の為に来てくれたのか。俺が負けそうだから心配になって来てくれたのか。
「その槍はお前の槍か」
ああ。俺の最高の相棒だ。
「遠慮するな。使え」
俺は真紅を手にする。そして、そのままサイドアーム・ナラカに持たせる。
「覚悟は決まったか?」
何の覚悟だい? 今の俺は無敵だぜ?
もう負けないッ! 俺は負けないッ!
―5―
ハイオークからの縦切り。迫るグレートソード。甘いぜッ!
――《払い突き》――
グレートソードを打ち払い、そのまま一回転。喰らえッ! ハイオークの胴へ突きが炸裂する。
「ぐぅ、やるではないか」
ち、余り効いていないな。いや、このままッ!
――《スパイラルチャージ》――
槍が螺旋を描き唸りを上げる。このまま貫けッ!
ハイオークの胴鎧を貫き削っていく。その回転を止めようとハイオークの左手が……俺はすぐさま槍を引き抜く。ハイオークがよろよろと後退する。
まずは、この壁際から抜け出さないとなッ!
ハイオークのオーガスさんよ、あんた、俺の事を技に頼り切った素人だって言ったよな。その通りだと思うぜ。その通りだから、俺はそれを貫き通すッ!
――《百花繚乱》――
槍の穂が見えないほどの高速突き。真紅がオーガスの体を突き、その度に赤い花弁を咲かせていく。数多の血で出来た花が咲き乱れる。オーガスはさらに後退する。
「調子に乗るなっ!!」
叫びと共にオーガスの体が黒く染まり吹き出していた血が止まる。黒豚か……。
グレートソードがデタラメに振り回される。振り回されたグレートソードの回転によりオーガスの周りに剣の防壁が作られる。そのまま、こちらへゆっくりと近づいてくる。
やれるよな、真紅。
――《集中》――
集中力が増し、相手の剣の軌跡が見えるようになる。この状態ならギリギリ追えるか? 喰らえッ!
――《ウェポンブレイク》――
高速で振り回されたグレートソードの切っ先に合わせるように真紅を突き出す。真紅がグレートソードを打ち砕き進む。
「馬鹿な!」
オーガスは折れたグレートソードを見て驚いている。
そして最後は……コレだッ!
――《スパイラルチャージ》――
真紅が赤と紫の螺旋を描き唸りを上げる。真紅が全てを貫いていく。
「ぐふっ」
オーガスの口から血がこぼれ、そのまま片膝を突く。それに合わせ黒くなっていた体色も元に戻る。
「我の負けだ」
俺の勝ちだ。……勝てた、勝てたよ。良かった、ホント、良かった。
俺は真紅をオーガスの首筋に当てる。いや、刺さないけどね。降伏してくれないと試合が終わらないからな。
「くっ、殺せ」
……。いや、あの。オークの口からその台詞が聞けるとは……。せっかくの緊張感が台無しになった気がする。
「どうした、早くやれ」
恨みがあるワケでもないのに殺せるわけがないでしょうが。
俺は真紅を降ろす。それに合わせて観客席が騒がしくなった。
「殺せ!」
「殺せ! 魔獣は殺せ!」
「コロセ!」
うるせぇよ。魔獣は殺せだと、俺だって芋虫魔獣だよッ!
オーガスは俺を見ている。何で降伏してくれないんだよッ! 仕方ないので俺はそのまま振り返り控え室へと戻る通路に向かう。やってられるか。
俺の背後で何か動く気配がする。
「馬鹿め!」
振り返ると、オーガスが俺の落としたロングソードを持ち振りかぶっている所だった。あのさ、バレバレ過ぎるだろッ! 俺の不意を突くつもりなら、何で叫んだ。何でそんなゆっくりな動作なんだ。何で、そんな、赤い線が表示されないような殺意のこもってない攻撃なんだッ!
俺が攻撃に釣られて反撃するとでもッ! 見くびるなよッ!
――《ウェポンブレイク》――
真紅がロングソードを打ち砕く。って、コレの俺のロングソードじゃないか。かっこつけて壊したけど、壊さずに無効化するべきだった。……ま、仕方ないか。
『オーガス、あんたは強かった。生きてまた戦ってくれ』
俺の言葉にオーガスの動きが止まる。
「我の負けだ」
オーガスの手からロングソードの柄が滑り落ちる。
観客席からは未だに殺せコールが響いているが、知ったことか。俺の勝ちだ。何で無理に殺し合いをしないといけないんだ。
それがここのルールだろうが、知ったことか。俺は馬鹿で自分勝手なんだ。俺は俺の思うままに生きる。殺したくなかったから殺さない。
俺は俺の我が儘を押し通すッ!
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