3-9 恐怖の
―1―
いつの間にかフロウの姿は消えていた。仕方なく練習場から控え室に戻ると見知らぬおっさんが居た。
「よ、お帰り。フロウの旦那から預かっているぜ」
目の前のおっさんから小っこい羽猫を受け取り、そのまま頭の上に。
「にゃあ」
お前は本当に……。俺のテイムした魔獣扱いなのに全く役に立ってくれないなぁ。ま、まぁ、これからに期待だよね。
「で、芋虫の旦那は喋れるんだよな?」
よし、このおっちゃんも鑑定しておくか。
【キョウ・フー】
【種族:普人族】
うん、普通のおっちゃんだな……名前以外は。恐怖は無いだろ、恐怖はッ! フー家のキョウさん何だろうけど繋げて読むと、うーん。
『ああ、もちろんだ』
と、とりあえず喋られるよアピールを、と。
「お! 俺はキョウって言うんだぜ。旦那は名前とかあるのかい?」
あー、鑑定せずにその名前だけを聞いていたら随分と和風な感じの名前だなぁくらいの感想だったのにな、がっかりだよー。
『自分はランという』
「ほー、ランか。とりあえずフロウの旦那から案内を頼まれているんでな。俺も同じ闘技者仲間だぜ。先輩として色々教えるぜ」
ふむ。説明役か。そういう人が居てくれないと、俺ってば途方に暮れちゃうからなぁ。
「まず、食事について説明しとくか」
あー、食事は重要だよね。
「あの奥が配給所になっているぜ。毎朝、1枚食事券が配布されるから、それを使って定食を貰うことが出来るんだぜ」
一日一食か。寂しいな。
「まぁ、基本、それだけだと足りないからな。この紙を使って好きなご飯を買うことも出来るぜ」
男が腰につけた袋から1枚の紙を取り出す。書いてある数字は……10かな?
「俺たちはこの紙を死に紙って呼んでるぜ。あそこの武器屋で、さ、1と書かれた紙が10枚あれば、10の紙に、10の紙が10枚あれば100の紙に交換出来るぜ」
ふむ。大きな金額に両替可能と――まぁ、嵩張るのは嫌だもんな。にしても帝国には紙が普通にあるんだな。そういえばソード・アハトさんも紙を持っていたもんなぁ。
「これはこの闘技場内だけで使えるお金だからな。もちろん外では使えないぜ」
あー、そりゃそうだろうな。
「そういえば、ランは買い取りの闘技者だよな?」
買い取り? ああ、売られたみたいな感じの意味だろうか。
「ここに居る数人かはそういった買い取りの闘技者だからな。俺もそうだぜ」
うん? もしかして志願して闘技者になった者の方が多いのか?
「まぁ、この死に紙が1万溜まれば自由になるんだ。お互い頑張ろうぜ」
うーん。1万か……。にしても自由になる為に必要なお金が闘技場内だけで流通している特別な紙幣だったとは……。報酬もコレなんでしょ? 外では使えないじゃん。上手く使い潰すように仕組まれている気がするなぁ。
「武器屋を覗いてみるか?」
ああ、何があるか見ておこう。
武器は剣に斧、棒や投げナイフもあるな。うん? 槍がない。何でだ?
『槍が無いな?』
「あんた槍使いか。それは可愛そうにな。ここの連中は中距離武器だと戦闘が詰まらないって理由で近接武器しか置かないんだぜ」
いやいや、その理屈はおかしい。槍だって言うほど中距離武器じゃないしさ。長大なグレートソードが有りなら槍があってもおかしく無いだろ。この国は槍に恨みでもあるのかよ。
「まぁ、槍は神国の象徴みたいな武器だしな。それもあるのかもだぜ」
むぅ。まぁ、いい。無い物をねだっても仕方ない。他は、と。
鎧や兜に盾や小手、魔法の袋も売っているな。魔法の巾着(1)は1死に紙と。凄く安い気がする。数字が2になると10死に紙、3なら100死に紙か。俺は狩人のスキルがあるし、1で充分だな。死に紙が貰えたら買っておくか。
「じゃ、次は寝床に案内するぜ」
ああ、確か俺は相部屋だったよな。
―2―
「買い取り以外の闘技者の方が多いんだぜ」
おっさんがそう教えてくれる。
「3回勝てばステータスプレートも貰えるし、いきなりクラスも貰え、勝ち続ければ名声も得られる。食事も支給され特別な試合に勝てば外のお金も貰えるんだぜ。だから食べるのに困ったガキなんかが結構な……」
うーむ。でも行われるのは試合ではなく、死合なんだろう? 死んだら終わりだと思うんだけどなぁ。こういうのって普通は冒険者になるって感じじゃないのか? 帝国だと冒険者ギルドよりも闘技場って感じなんだろうか。
「冒険者ギルドは敷居が高いんだよ。それに帝国の周囲に生息する魔獣はランクの高いヤツばかりだからな。経験を積めないんだぜ。まだ闘技場の方が生き残れる可能性は高いぜ」
……なんだか悲しいな。って、まぁ、今は俺も闘技者なんですがね。
「ああ、この部屋だぜ」
おっさんが案内してくれた部屋は布が敷かれただけの大きな部屋だった。すでに何人かの闘技者が雑魚寝をしている。うわ、キツいな。これ、簡単に持ち物とか盗まれるんじゃね?
「3回勝てば、部屋のランクはもう少しよくなるし、最短6回勝てば個室だぜ」
6回で個室が貰えるのか? うーん、その少ない回数が凄く不安を募らせるんですが。
「試合が決まれば朝一番に教えて貰えるから、それまでは練習をするか団体戦に参加するかだな」
団体戦?
「ああ、団体戦だぜ。何人かで魔獣を倒したり、一定時間逃げたりするようなヤツだな。こづかい稼ぎの代わりに参加するヤツもいるぜ」
ふむ。そう言ったのもある、と。
「じゃ、説明はこれくらいでいいか? お互い生き残ろうぜ」
おっさんが片手を上げて大部屋から出て行く。個室持ちなのかな?
まぁ、今日は俺も疲れたし、もう寝ようかな。
床に敷かれた布の上にごろんと横たわる。いやぁ、こうしていると本当に芋虫だなぁ。今、寝ている他の闘技者が起きた時にびっくりしないだろうか。「魔獣がッ! 殺さないと」みたいな展開だけは勘弁だぜー。
しかしまぁ、俺が闘技者になるとは、な。世界樹を出てから波瀾万丈過ぎるだろ……。
と、とりあえず今日もシロネさんとミカンさんの位置だけでも確認しておくか。今日ではぐれてから三日目。どんどん北に離れてる光はミカンさんかな。うーん、どんどん離れて言っていることに凄い不安を感じる。間違いなく何らかの事件に巻き込まれているよな。
逆にシロネさんの光は西で止まっている。この帝都の近くだろうか。帝都に入ろうとして入れなくて困っているって感じかなぁ。うーん。
まぁ、この光が見えている限りはもう少し頑張れそうな気がするな。
「にゃあ?」
ああ、お前も居るしな。