3-8 闘技者
―1―
控え室の中は広かった。右奥の角には多数の武器や鎧が並んでいる。あそこが武器屋かな。闘技場内で闘技者相手に武器や防具を販売しているということに、俺は違和感を憶えるけどね。
更に右手前角がショッピングモールのフードコートみたいになっており、人や人型の魔獣が何かの食べ物を受け取って食事をしていた。食事もこの中で行うことになるのか。
左奥には更に地下へ降りる道ともう一つ上へ上がる道があった。上への道が闘技場の舞台へ向かう通路だろうか。
その道の手前には沢山の長椅子があり、何かを待ち構えるように座っている闘技者達が居た。この人達がこれから戦うんだろうな。
お、魔獣も居るな。鑑定してみるか。
とりあえず、あちらの武装した子鬼さんはっと。
【名前:チャッピー】
【種族:ゴブリンナイト】
ゴブリンの騎士かよ。というか、騎士って付いているのに、クラス名とかではなく種族なんですね。うーん、俺なんかだとクラスを持っているからなぁ。魔獣におけるクラスと種族の違いって……ホント、この世界は良くわからない。
次はあちらの武装した豚さんを鑑定してみよう。
【名前:オーガス】
【種族:ハイオーク】
うほ。オークじゃないですか。ファンタジーではド定番な魔獣さんですなぁ。名前がオーガスとかオーガみたいだな。オーガなの? オークなの? どっちなんだーって感じでしょうか。
他はっと? 普人族も居るみたいだし、ちょっとそちらも鑑定してみようか。
「お、オーガスか。ちょうど良い」
と、そこでフロウがそのオークを呼び止めた。うん? 他の人物の鑑定は後にするか。
「何の用だ? そいつは新人か? ただのジャイアントクロウラーに見えるが?」
豚が言葉を発している。怖い。現実だと凄く異常な光景だ。にしてもフゴフゴ言っていて上手く聞き取れない感じなのに字幕だと綺麗に表示されるな。異能言語理解スキルって割とチートスキルだよなぁ。
「相変わらず何を言っているか分かりにくいな。まぁいい、こいつの実力を見る為に相手をしてやってくれ」
へ? もしかして、それが簡単な試験ってヤツか?
「ただの魔獣に我の相手が務まるとは思えないがな。それに我ももうすぐ自分の試合なのだが」
なんだか、このオーク、豚の癖に喋り方がイケメンくさい。
「よし、では頼んだぞ」
微妙に会話がかみ合っていない気がする。それでもオークはやれやれと肩をすくめて奥の通路へ歩いて行く。うんじゃまぁ、俺も行きますか。っと、その前に。
『こいつを預かって欲しい』
俺は頭の上に乗って大人しくしていた小っこい羽猫を渡す。
「って、お前。それ、外れるのか……。てっきりそういう魔獣かと思っていたぞ」
あー、何で皆さん、小っこい羽猫をスルーしているのかと思ったら、俺の変わった髪型くらいに思われていたのか? いやまぁ、もふもふだしまったく動いていなかったからな。ま、まぁ、預かってくださいな。
「にゃあ」
―2―
更に地下へと降りた先にある奥の部屋はかなり広く様々な種族が武器を片手に練習をしていた。ああ、練習場になっているのね。
「散らばれ」
フロウがそう命じると練習していた者達が壁際に避けていく。そして、その闘技者達はそのまま俺を見てニヤニヤと笑いかけてくる。嫌らしい目で見てくるなぁ。
俺の目の前にはすでに戦う準備を整えたであろう、ハイオークのオーガスが居た。手には巨大な剣を持っている。よし、武器も鑑定しておこう。
【グレートソード】
【両手で持つことを前提とした巨大な鉄の板の剣】
わあお。両手で持つことを前提って表示されるのに、目の前のオークさんは片手で持ってますよねー。恐ろしいですねー。いや、マジで洒落にならんだろ。にしても鉄製か。魔法が使えたらウォーターカッターでなんとかなりそうなんだけどなぁ。
「我の準備は終わっている。いつでも構わない」
ハイオークが喋る。字幕はカッコイイんだがフゴフゴ言っているようにしか聞こえないんだよなぁ。
「よし、ではどの程度やれるのか死なない程度に見せてくれ」
俺はロングソードを握りしめる。死なない程度に……か。まぁいい、俺はやるだけさ。
素早く駆け出す。先手必勝。
「ほう、なかなかに速いな」
感心したかのようなフロウの声。ミカンさんとこの道場でもトップクラスの速さだったんだぜ?
そのままロングソードで斬りかかる。しかし、その攻撃はハイオークの手に持ったグレートソードによって簡単に防がれてしまった。
「その見かけによらず動きは速いようだが、軽いな」
く、やはり自分の手だと動かしにくいな。長物じゃないと体当たりをする感じで斬りかからないと届かないか。
体当たりをするように何度も何度もロングソードを振り回す。そのたびにグレートソードによって簡単に弾かれる。
「軽い、軽いぞ」
完全に遊ばれているな。せめて魔法や剣スキルが使えれば違うんだが。まぁ、無い物ねだりをしても仕方ないな。
「それで仕舞いか。では、我の攻撃受けてみよ」
ハイオークがグレートソードを上段に構える。胴体ががら空きだな。これって攻撃のチャンスじゃね?
その瞬間、縦一直線に赤い線が走る。
――《魔法糸》――
危険を感じた俺は魔法糸を飛ばし後方へ。それを追うようにズドンという衝撃波が走る。目の前に振り下ろされた巨大な鉄板……危ない、危ない、間一髪だったな。
「ほう、糸を出すとはな。やっとその外見らしい行動を取ったか」
目の前のハイオークは随分と余裕だ。こちらの攻撃は全て弾かれて――いくら俺が素早かろうと、ただそれだけで脅威にはならないだろうからな。逆に向こうの攻撃を食らったら……俺の方はただでは済まないだろうしな。
それでも俺は愚直に剣を振り回す。剣技を習っていたわけでも無いし、こんな体だ。これしか出来ないからな。
周囲から笑い声が漏れる。ふん、周りから見れば無様なモノだろうさ。分かっているよ。
「無駄だ」
ハイオークの目が光る。ちっ、何かのスキルを使うつもりか。
ハイオークがグレートソードを両手で持ち……、
「そこまでだ」
と、そこでフロウから制止の声がかかる。
「ふ。命拾いをしたな」
おいおい、ハイオークさんよ、試験程度で俺を殺すつもりだったのか?
「お前の実力は見えた。速さは中々のモノだが、他は全然駄目だな」
いやいや、なかなかでは無く素晴らしいじゃないのかね。
「まぁ、何とか生き残ってモノになってくれ」
フロウが冷たい目でこちらを見る。……失望させてしまったかな? ダナンとやらに幾ら払ったか知らないが、高い金を出した珍しい魔獣がたいしたことなくてがっかりって感じかね?
さて、ハイオークさんと戦ってみた感じ、結構厳しいな。実力を隠して最後まで勝ち登って逆転みたいな感じが理想だったんだけど……無理ぽ。本当の試合が始まったら最初から全力で戦わないと簡単に殺されそう。サイドアーム・ナラカは奥の手になるから温存したかったんだけどなぁ。それどころじゃなかったッ! それを使っても勝てるかわからないレベルだったよッ! このハイオークさんがどの程度のレベルの闘技者か知らないけどさ、こんなのがうようよってんなら……先が思いやられるなぁ。
うーん、かっこつかないなぁ。まぁ、生き残るのが最優先ってことで。




