3-5 帝都入
―1―
ぺちぺち。何かが俺のほっぺを叩いている。
ぺちぺち。なんだか世界が揺れているな。
ぺちぺち。ああ、またシロネさんが俺のほっぺを……ってシロネさんッ!
と、そこで一気に目が覚めた。
「にゃあ」
目の前には俺のほっぺを叩いてる小っこい羽猫が居た。ああ、起きたよ。にしても、なんだかガタゴトと揺れているな……って、なんだコレッ!
俺は揺れている檻の中に居た。見れば二本足の竜が俺の入った檻を引っ張っている。角の生えた鱗の無い爬虫類の姿をした竜の口からは紐が伸びており、その紐を御者台に座る冴えない男が操っていた。おいおい、なんだよコレ。まさか魔獣と間違えて捉えられたのか?
「おお、あんた目が覚めたのか?」
御者台に座る冴えない男が話しかけてくる。……話しかけてきた? 魔獣扱いをされているわけではないのか?
「ありゃ、間違えたか。武装しているからてっきり賢い魔獣かと思ったんだがなぁ」
賢い魔獣扱いかよ。星獣様って何だったんだ。
『いや、念話スキルを使ってだが、喋ることは可能だ』
御者台の男が俺の念話に驚きこちらへ振り返る。おいおい、前を見てくれよ、事故ったら洒落にならないだろうが。
「ほー。これが念話スキルかね。初めてだとびっくりするなー」
分かったなら檻から出してくださいな。
「と、会話出来ることはわかったけど、暴れんといてな。あんたの上に乗っている小っこいのも暴れて大変だったでな。暴れるとあんたの右手が痛くなるかんね」
その言葉に俺は右手を見る。いつかの物とはデザインが違うが、紛れもない隷属の腕輪が付けられていた。
『お、おい。コレを取ってくれ』
しかし俺の言葉は意識的に無視された。
「その腕輪、乱暴に扱わないでくれよ。貴重品だで、弁償させられたら困るでな」
いや、そうじゃないだろ。外してくれよ。と、そうだ、シロネさんやミカンさんは? それに俺の荷物は?
「あん? あんたの連れ? 見んかったなー。それとあんたの荷物ならちゃんと集めておいてあげたよ。その片隅にあるでよ。感謝して欲しいもんだよ」
俺は男の言葉通りに檻の隅を見る。そこにはしっかりと俺の荷物が置いてあった。背負い袋にショルダーバッグ。コンポジットボウに魔法の矢筒もしっかりとある。良かった、取られたりはしていないのか。真紅とホワイトランスは魔法のウェストポーチXL(3)に保管しているから最悪盗まれることも無いが、それにしても……。
「そりゃよ、あんたの荷物を盗んだら盗人になっちまうでなー。そりゃ、悪人の所行だ」
ああ、そうかい。なら、何で俺をこんな檻に入れたままにするんだよ。それこそ悪人の所行じゃないかッ! あ、そうだッ!
『このステータスプレート(銀)を見て欲しい。自分は冒険者ギルドに所属している冒険者だ』
冴えない男がちらりとこちらに振り返り、俺のステータスプレート(銀)を見る。
「はぁ、で?」
いや、で? ではなく。これで俺がどういった人物かわかったと思うんだが。
『これでわかったと思うんだが、この腕輪を外して欲しい。それとここから出して貰えないか?』
檻暮らしとか勘弁して欲しいです。
「あんた、まだ自分の立場がわからんのかね? あんたの命を助けたのは俺だな。つまりあんたは俺のもんだ」
いや、なんだよ、その理屈は。おかしいだろ。それに、こんな隷属の腕輪なんて付けて服従させるのが正しいわけあるかよッ!
と、そこでぽつりぽつりと雨が降ってきた。ああ、この世界でも雨が降るのか。ナハン大森林では雨が全く降らなかったな……。
「おお、降ってきよった。芋虫のあんた寒くないかね? 寒そうにしているのは魔獣でも可愛そうだ。毛布なら貸すでな」
俺は男から毛布を檻の隙間越しに受け取る。横から雨が吹き込んでくるし、肌寒いし、毛布は有り難いけどさ。でもさ、この状況はおかしいだろ。
何でこんな事に……。
―2―
視界の隅に、北に一つ、東に一つ、光が立ち上っているのが見える。シロネさんとミカンさんだろう。二人ともはぐれてしまったのか……。まぁ、パーティを組んでいる限り無事は確認出来るから、それだけは救いだな。
この竜馬車は帝都を目指しているらしい。図らずとも帝都入りってワケだ。元々の第一目標は帝都だったんだ。上手くすれば向こうで合流できるかも知れないな。そうすれば二人が俺を助けてくれるかも知れない――まぁ、楽観的な考えかもしれないけどさ。
食事はしっかりと出してくれるし、乱暴をされるわけでも無い。檻の中の待遇はそれほど悪いわけでは無かった。けどな、こんな自由を奪われた状態で納得出来るかって話なんだよな。
二日ほど檻の中で揺られていると背の高い草の植えられた畑と最初の村でも見たトウモロコシ風の作物が植えられた広大な畑が見えてくる。
「もうすぐ帝都入りでな。大人しいしとってな」
ははは、こんな状態で帝都入りかよ。俺は動物園の動物かっての。
やがて大きな城壁と門が見えてくる。
「あれが帝都の西門だで。大きいだろ?」
ああ、大きいな。俺は普通に自分の足で見たかったよ。
大きな門には左右にそれよりは少し小さめな開かれた扉があった。俺を乗せた竜馬車は多くの行列が出来ている右側の扉へと進んで行く。
『人が多いな』
「ああ。普段はもうちっと少ないんだがなー。何でも神国のお姫さまが親善大使としてやって来てるんだと。それを見に、とその集まった客目当ての商売人だなー」
ほー。神国ってのは、神聖レムリアースのことかな。帝国とは敵対していると聞いていたが、その国の姫が来ても大丈夫なもんなのか。
そのうち、俺たちの番になった。御者台の男が門番に何かの札を渡し、門の中へ。なんだ? 里の時みたいにステータスプレートを見せるって感じでは無いのか? となると何の準備も無かった俺たちが帝都に入るのは困難だったんだろうか?
門を抜けるとすぐに大きな通りに出た。左右に並ぶのは商店だろうか。門のすぐ近くに商店街とか余所からの襲撃を受けた時が危ない気もするんだがなぁ。ただまぁ、観光地みたいな考え方だと、こちらの方が効率的なのかな?
まぁ、何はともあれ、俺と小っこい羽猫の帝都入りである。
大通りを歩いていると前方が騒がしくなってきた。俺の視界の右下に表示されている字幕のログが酷い勢いで流れていく。おいおい、こんなに流れるのが早いと会話が出来なくなりそうだ。
「ありゃ。タイミングの悪い。どーも姫さんのに、はちあったみたいだ。端っこによるから、静かにしててな」
そう言うと男は竜馬車を道の端に寄せ、止めた。近くの人の会話ログは長く残ってくれるのか。これならなんとか会話出来るか……。にしても、姫さんねぇ。
しばらくすると武装した一団と角の生えた馬に乗った騎士姿の女性が歩いてきた。それに合わせて周りの会話が綺麗に止まる。右下のごちゃごちゃしたログが消えて大助かりだよ。にしても、まさか、あれが姫さんか? 鎧姿に艶やかなマントといい、まるで物語の騎士みたいな格好をしているな。俺はてっきり団扇を持ったドレス姿の少女だと思っていたよ。
「わらわの凜々しい姿にひれ伏しておるのじゃー」
「姫さん、姫さん、余り大きな声で喋らないでくださいよ」
「そうそう、姫さんは喋らなければ……見た目だけはいいんだから」
「おお、あそこに服を着た芋虫魔獣がおるのじゃ。ペットかな? ペットかな?」
多分、普通の人には聞こえない内密な会話なんだろうな。俺には字幕で見えるけどさ。特に静かになった今ならなッ! って、服を着た芋虫って俺かよ。ペットじゃないし。というか、姫さまってかなり残念な感じなんだな。この姫さんの馬鹿台詞を見ていると神聖レムリアースってたいしたことないんじゃ、と思ってしまうんだが……。敵国のど真ん中で、こんな馬鹿さらして大丈夫なのかと心配になるよ。