4.脅迫
◇
応接間にて、私はその手紙を見つめていた。
頭の中が真っ白になりそうだった。今のこの状況が現実だと思いたくないほどの脅迫文が、その手紙には書かれていた。
手紙を持ってきたのは野生花の少年。
ずっと走って来たらしく、彼はまだ息を切らせていた。
そんな彼の息遣いを耳にしたまま、私は手紙の無駄に美しい文字を眺めながら、自分の身体に震えが起こっている事を感じていた。
蝶が捕まった。
捕まえたのは、胡蝶を始めとした多くの虫たちに食虫花と呼ばれている野生花の魔女であるらしい。無数の隷属を引き連れているらしいが、普段は森の影に潜みその姿を人前に現す事は滅多にない。
月の城の者たちですら、誰もその存在を認識していなかった。
たまたま蝶を見張っていた少年も捕まり、この手紙を運ばせるのに使われた。彼は捕まってしまった後の蝶の姿を少しだけ目にしたらしい。
「彼女はまだ生きています」
少年は言った。
「大量の毒を盛られて動けなくなっていますけれど……」
毒、と私は呟いた。恐らくその毒は、命を奪うものではないのだろう。
蝶の動きを止め、逃げられないように手元に置くためのもの。
そうでなければ、こんな手紙を寄こしたりしないはずだ。いや、そうだと信じたかった。まだ生きている。まだ生かされていると思わなければ、耐えられそうになかった。
手紙には脅迫の言葉が載せられていた。
――蝶を貰った。会いたければ一人で我が屋敷まで来るように。
蝶の身元を知った上で、そして、私を月であると知った上での手紙だった。
「食虫花……」
何故、その魔女がそんな呼ばれ方をしているのか、恐ろしくて考えたくもない。
野生花の中には虫を食らう者がいる事は知っていた。けれど、それは我が大地よりも遠い場所にしかいないとされていた。
どうしてあの森に、いつ頃からいるのか。
胡蝶どころか虫でもなく、学者ですらない私には知る由もない。
「御主人様」
力を失った声で執事が告げる。
「手紙には『返して欲しければ』と記されておりません……」
その言葉だけで十分過ぎるほど彼の意見が伝わってきた。
私もその部分には気付いていた。この手紙には、会いたければと書いてあるが、返して欲しければとは書いていない。
つまりそれは、あの子を返すつもりがないということではないのか。
「――だからなんだ」
震えが唸り声となって、私の口から漏れだして言った。
「刺青を持たずとも、あれはもう我が城の娘に等しい。返してもらわなくては困る」
「……月様」
同席していた女中頭も口を開く。
いつになく顔色が悪かった。私情が彼女の心を乱しているようにも見えた。しかし、それでも、女中頭は冷静に私を諌める。
「お嬢様の事は諦めてください」
それは想定していた言葉だった。けれど、実際に言われてみれば、思っていた以上に鈍い痛みを受ける言葉でもあった。
ふと城を出る前の蝶の姿が頭を過ぎった。
やはり行かせてはならなかったのだ。
強い痛みを感じて、手紙を持ったまま私は頭を抱えた。思考と感情とがぶつかり合い、脳がパンクしてしまいそうだった。
これまで散々言われてきたことだ。
蝶を自由にさせているだけで、何かよくないことが起きるかもしれない。
女中頭も、執事も、今まで何度も私に忠告してきた。何か起こった時に、彼女を見捨てる事は出来ないだろうと。
出来ない。当然だ。出来るはずのない事だった。
今になって後悔が生まれた。今日は行かせてはならなかった。蝶に恨まれたとしても、私の傍に置いておくべきだった。少なくとも冷静になるまでは城に閉じ込めておくべきだった。
けれど、あんまりだと思った。
胡蝶を自由にさせ過ぎた代償がこれでは酷過ぎやしないかと。
人知れず天に訴えたところで状況は変わらない。
――何が女神だ……。
私は心の中で一言だけ呟くと、黙って立ち上がった。女中頭と執事が何か言う前に応接間を出て行き、真っ直ぐ華の眠るはずの温室へと向かった。
◇
華は起きていた。
起きて、廊下へと出てきていた。
もう回復したらしい。
自分がずっと眠っていた事態を彼女がどう受け止めているのか少しだけ興味があったが、今はそれどころじゃない。
出てきたばかりの華に、私は告げた。
部屋に閉じこもっているように、と。
我ながら理不尽なものだと思った。せっかく起きて部屋を出られるようになった彼女を、再び閉じ込めるのだから。
しかし、そうせずにはいられない。この上、華にまで何か手を出す者がいれば、もうお手上げだ。心配せずとも、華は素直に言う事を聞いてくれる子だ。私はそう信じて、彼女の傍を離れ、次は真っ直ぐある場所へと向かった。
応接間付近より、私を呼ぶ声がした気がしたけれど、私はそれを無視した。
構っている暇は無いし、構っていてはいけない。
足早に自室へと向かうと、かけられている聖剣を手に取り、迷うことなく正面玄関へと走って城を抜けだそうとした。
「月様!」
耳障りなほど大きな声で私を呼びとめたのは野生花の少年だった。
「駄目です、戻ってきて!」
慌てふためくその少年の声に、城の者たちが集まってくる。私は振り返りもせずに、ただ真っ直ぐ森へと駆けだしていた。
森へ入り込んですぐ、私は空気の違いに震えた。
塀と門を抜けただけで別世界に来てしまったかのようだった。
食虫花の手紙に示されていた場所の光景は見当もつかない。ただ方角と距離だけが私に与えられた手掛かりだった。
様々な生き物が急ぐ私を見ているようだったが、誰も私の行く手を阻んだりはしない。
見慣れぬ私の姿に怯えているのか、それとも恐れているのか、それまでは分からなかったが、誰もが私を遠目から監視しているように思えた。
私はその全ての視線を無視して、食虫花の示した方角をただ目指した。
大丈夫だ。
いつも窓辺から森は見ている。方角さえ間違えなければ、きちんと辿り着くだろう。
私は自分に言い聞かせて、聖剣を握りしめた。その矢先、ふと耳障りな笑い声が聞こえ、私は足を止めた。
見れば、頭上高くに蝙蝠の精霊がいた。
中年の男といったところだろうか。人間によく似ているが、蝙蝠であると直感で分かった。そして、間違いなくただの蝙蝠にはない不純さを秘めている。
精霊といったが、魔物と呼ぶ方が相応しいかもしれない。
「近道はこちらですよ、女神様」
にやりと笑みを浮かべて蝙蝠は一方を示した。
「あの道をまっすぐ行けば、すぐに見えてまいります。さあ、お急ぎくださいな。屋敷の主様は貴女の訪れを楽しみにされていますよ」
くつくつと笑う蝙蝠の声は何処までも耳触りだった。
「さあさあ、あの子が正気を保てているうちに」
その視線に押されるように、私は再び走り出した。
彼の言うあの子とは、蝶の事だろう。彼が何者で、どうして私の目的を知っているかなんてこの際どうだってよかった。
どうせ、あれも私の味方とは成り得ない者に違いなかった。
それよりも、今はとにかく、急いで蝶の元に向かうことが先決だった。
蝙蝠は決して嘘を吐かなかった。
私が走り出してすぐに、森の木々の向こう側に古ぼけた屋敷が突然見えてきたからだ。あれに間違いないと、確信が持てた。
私はとうとう、食虫花という魔女の家に一人きりで辿りついてしまった。
◇
古ぼけた屋敷はしんとしている。
ただ、誰も住んでいないと判断するにしては生活感がありすぎて、近づいてみれば扉も窓も綺麗にされているのが分かるほどだった。
ここであっているはずだ。
扉に手をかけようとすると、勝手に開かれた。何かが開けたようにも思える動きだったが、私を出迎えてくれる者は誰もいなかった。
引き寄せられるように中へと入ると、薄っすらと甘い酒のような匂いがした。
閉め切っているためか、匂いが充満している。
蜜の匂いによく似ているものだが、ずっと嗅いでいると虫ではない私でも具合が悪くなりそうなものだった。
私はそっと歩みを進めた。
城ほどではないにせよ、広い屋敷だった。
いつ頃から建てられたものなのか、見当もつかない。私が生まれるよりも前であろうことだけが想像出来る。
ふと、物音を聞いたような気がして、私は視線を巡らせた。
何処も彼処も薄暗い。誰かがいるにしては、静かすぎるかもしれない。それでも、よくよく耳を澄ませてみれば、物音は一階の奥の部屋よりしてくるのが分かった。
一歩、二歩と確かめながら歩き、私はその音を探った。
一人で来いと言ったはずの女は姿を現さない。
けれど、私の訪れに気付いていないのだとは到底思えない。何を狙っているのか、何を企んでいるのか、進めば進むほど緊張は強まり、息をするのもやっとだった。
物音のする方に進むと、甘い香りが強くなった。
その強烈な香りに耐えながら進んでみると、ふと充満する匂いに何か別の臭気が加わったのに気付いた。
――血だ。
血の臭いがしてきた。甘い香りに包まれるように、血の臭いが漂ってきた。誰の血で、何を意味しているのか、私は恐ろしくなってきた。
自然と歩みは早まり、私はやっとその扉に辿り着いた。
扉を開けてみれば、そこはだだっ広い部屋だった。
華を寝泊まりさせている温室にも似ているが、それよりも広いかもしれない。その広い部屋は所々埃まみれで、あまり掃除もされていないようだった。
月光に照らされるその部屋に入って、私は思わず立ち止まってしまった。
入ってすぐに見えるのは空間を隔てた向こう側に大きく広がるただの壁。
だが、今、その部屋には、見逃せないものが横たわっていた。
「蝶……」
入ってすぐ真っ先に、縄のようなもので縛りつけられた半裸の蝶が襤褸切れのように眠っているのが見えたのだ。漂ってくる血の臭いのもとは、間違いなく蝶のものだ。
ここが何処だったかも忘れて、私は蝶に駆け寄った。
「しっかりして……」
自分でも今まで聞いたことがないくらい、焦った声が出た。
蝶は息を切らせたまま私の顔をじっと見上げていた。口から漏れだす声は言葉にならなかったようだが、その両目には涙が浮かんでいた。
酷い怪我だった。
そういえば初めて蝶と会った時も、こんな状態だった。
わざと急所を外し、五体も千切ることなく血を流させる。このまま放っておけば死んでしまうかもしれない。だが、それもずっと先の事だろう。
痛みと苦しみを存分に味わわされた姿がそこにあった。
剣で縄を解くと、蝶はすぐに起きあがろうとした。
「動いては駄目だ。じっとしていろ」
「いいえ……」
蝶は首を横に振ろうとする。かすれてはいたけれど、間違いなく蝶の声が漏れだしてきた。彼女は息を整えながら、私に抱きついた。
「早く逃げなきゃ」
震えていた。
同時に、彼女の傷が見た目よりももっと沢山あることに気付いた。彼女に触れた時にべたつくのは汗ではなく、血だ。
早く城に戻らなくては、本当に取り返しがつかない事になる。
しかし、私が蝶を抱えて立ち上がろうとした時、背後で開けっ放しにしていた部屋の扉が強く閉められる音がした。
「そうはさせないわ」
女の声が響いて、私は慌てて振り返った。
唯一の出入り口が女に塞がれている。
非常に美しいその姿に、一瞬だけ気を取られた。人間ではなく、野生花であることは明確だ。だが、彼女の醸し出す雰囲気は、絶対的な地位にある肉食者のそれだった。
私は女に目を奪われていた。美しさだけのせいではない。私はこの女を見たことがあったのだ。いつの夜だったか、閉ざされた城門の向こうより、私のいる窓をじっと見つめていたあの女に違いなかった。魔女を連想するあの女。
それ以前から何故だかどこかで会った事のあるような女。
私はその女を見つめたまま、呟いた。
「食虫花……」
女がにこりと微笑む。
「ええ、そうよ」
柔らかな声には不思議と覚えがある気がした。
何故なのかは分からない。思い出そうとしても、思い出せはしない。
そんな私の心境を余所に、食虫花は微笑んだまま逃げ場を失った私達を見据えた。
「ようこそ、我が屋敷へ」
一瞬だけ怯えが生まれそうになり、私は息を吐いた。蝶が私に抱きついたまま怯えている。その手をそっと外し、私は食虫花から目を逸らさないまま、蝶を壁に寄らせた。
「この子を返してもらいにきた」
「あらそうなの」
食虫花は軽やかに返答する。
「でも、駄目よ」
色っぽい声がこちらに向けられる。私よりもずっと年上に見えるが、その美しさには全く老いというものがない。
聖剣を握りしめ、私は食虫花を睨みつけた。
「この子は我が城の娘だ。返してもらう」
「あらあら、勝手なものね」
食虫花はくすりと笑った。
「蝶はもうずっと前に私が捕まえた子よ。逃げ出さなければ、貴女の膝元に辿りつけることもなかった」
「関係ない。この子は渡さない」
私の言葉に、食虫花の目が細められる。
蝶が微かに動く気配がした。
「月……」
震えた声が背中から聞こえてくる。
「その女の狙いは貴女の命なのよ」
「蝶……」
「あたし、全部思い出したの。思い出したけど、もう遅かったの。あたしのせいだわ」
「落ち着け。とにかく私の傍にいろ」
声をかけると蝶は口籠った。
食虫花の狙いなど、呼び出された時点で分かっている。でも、解せない。どうしてこの女は私を狙っているのだろう。この大地を枯らしたい理由でもあるのだろうか。
何にせよ、ここで死ぬわけにはいかない。
蝶と共に城へ、華の元へと帰らなければならない。
私は聖剣を構え、食虫花を見つめた。
「美しく育ったわね」
ふと食虫花が私を見つめたまま呟いた。
「もしかしたら、昔の大失敗も落ち込むほど悪いことでもなかったのかも知れないわね」
思わせぶりな口調に私の眉が自然と動いた。
「何の話をしている?」
「覚えていないのね。それもそうだわね」
食虫花は静かに笑みを深め、扉の鍵を閉めた。
逃げ道は少ない。それでも、いざとなれば窓を割って逃げることも出来るかもしれない。……いや、どうだろう。段々と焦りと混乱が強まってきた。蝶は怪我をしている。その蝶を連れてどうやって逃げればいいだろう。
「二十年ほど前にね、私は貴女と会ったことがあるの」
食虫花は扉の前から動かずに感情の乏しい声で言った。
「貴女はまだ幼子。右も左も分からない貴女は、私の手招きにすんなりとついてきたわ。正直、もう捕まえたとばかり思ったものね」
何を言っている。
その言葉は引っ込んだ。食虫花の姿への妙な印象が甦ってきた。何処かで見たことがあるその姿。何処かで聞いたことがあるようなその声。
記憶の片隅で、或いは、夢の中でだろうか。
頭上から彼女に語りかけられた記憶は、何者だろう。そして、その記憶と同時にある人物の姿が甦った。
私と彼女との間に割り込む、色の白い大人の女性。
「忌々しい人工花が邪魔をしなければ」
食虫花が声を低める。
「貴女はとっくに私のものだった」
幼い頃に、人工花に助けられたという出来事。
私の脳裏でふと肖像画の少女の姿が過ぎった。先代の女神に愛された、可憐で美しく、悲劇的な最期を遂げた人工花。
「でもいいの。あの忌々しい人工花はもういない」
「お前が……」
私はふと引き寄せられるように食人花に問いかけていた。
「お前がその人工花を殺したのか……?」
直感だった。だが、確信に近い直感だった。
女は美しい輝きを持つ目をこちらに向け、にこりと笑った。老いる事を忘れてしまったかのようなその姿は、まさに記憶の中に微かに残っている女と同じものだった。
「そうよ」
食虫花は躊躇い無く答える。
「殺させたというのが正しいかしらね。私の隷属にくれてやったの。私は見ていただけ。散り際のことは今でも覚えているわ。白い身体が段々と血に染まっていく姿は、うっとりするくらい綺麗なものだった。忌々しい女だったけれど、あの愛らしい悲鳴を思い出すと、今でもぞくぞくするわ」
食虫花は笑い、煽るように私を見た。
「本当に、素晴らしい景色だったのよ」
思わず身を乗り出しそうになって、私は必死に止まった。
その人工花について記憶に残っている姿は本当に微かなものだ。多くは誰かの言葉と、肖像画でしか捉えられない。
だが、私はこの瞬間、食虫花を殺そうと思った。
彼女を愛していたという母の魂が乗り移ったかのようだった。
「いいわよ。相手してあげる」
食虫花の表情が一気に冷めていく。
「月……だめ」
すぐ後ろで蝶が私に身体を寄せた。
私はそっと蝶に訊ねた。
「蝶、私が時間を稼いでいる間に逃げられるか?」
「やだ、一人で逃げたくない」
「蝶が逃げたら私もすぐに追う。あの鍵をまわして、走り続ける事が出来るか?」
今の蝶には難しい事かもしれない。
傷は塞がりかけているようだが、それでも浅いわけではない。出血の量も夥しく、今も彼女には血の臭いが纏わりついている。
「……分かった、やってみる」
それでも蝶は同意した。
私は頷き、剣を構えなおした。
「行くぞ……」
私が真っ直ぐ食虫花に向かって走り出すと、蝶もまた壁伝いに走り出した。足取りは悪くない。行けるかもしれない。食虫花ははちらりと蝶を見やる。だが、切りかかるとひらりと身をかわし、剣の切っ先を華麗に避けた。構わずにもう一度切りつけると、食虫花は少しだけ扉から離れた。
そのまま扉から離すように切りつける。
その間に、蝶は扉へと辿りついていた。鍵を回し、開ける音がする。食虫花が目の色を変え、私ではなく蝶へと視線を移した。
扉を開けようとしているはずの蝶の元を指差し、何かを唱えた。
その途端、蝶の短い悲鳴が聞こえ、私は思わず振り返ってしまった。
目に映ったのは、床より生える蔓に囚われてその場に蹲る蝶の姿だった。扉はまだ開いていない開けられたのは鍵だけだ。
急いでそちらに向かおうとした時、私の動きは強い衝撃と痛みで止められた。
右肩が焼けるように熱い。
「逃がさないわ」
すぐ背後よりその声は聞こえた。
蠢くのは蔓。蝶を捕えているものと同じものが、私の右肩を貫き、その肉を抉っていた。声を漏らしそうになるのを堪え、私はその蔓より逃れようと前へと行こうとした。
けれど、この状況で食虫花に敵うはずもなかった。
聖剣が手より抜けおち、意識が遠ざかっていく。どろりとした液体のようなものが、私の肩から流れ出し、逆に蔓より流しこまれている感覚に気付いた。
「やめて……」
蝶の震えるような声が聞こえてくる。
その声に対して、食虫花の鋭い声が響いた。
「お前は黙っていなさい」
乱暴な言葉と共に、蔓が蝶の身体を強く縛っているのが見えた。そちらに向かいたいのに、私は迎えなかった。
手首と足首を蔓に捕えられて、私は食虫花の吐息を恨んだ。
「私を殺して何をするつもりだ」
肩の痛みを堪えて静かに問うと、視線が首筋に当たるのを感じた。
「この大地を枯らして、どうするつもりなんだ……」
「別に」
食虫花は淡々と答えた。
彼女の手が触れ、ぞわりとした緊張が体内に巡っていくのが分かった。
「ただ月と呼ばれる者を食べたいだけ」
くすりと笑う声からは何を考えているのかさっぱり分からなかった。