第二章 09:講習の後
・中学生編
「ユウ、帰ろうよ」
「うん、少しだけ待って」
もう黒板の文字の半分が消されてしまって、残り半分、書けるだけと急いでペンを走らせて、ノートに書きとめていきます。しかしどうしても追い付かなく、最後の二行はあえなく記し切れず。
「あー……」
「もう、ユウはノートに書くの遅いよ。また後であたしがノートを見せてあげるから、早く行こう!」
「ゴメンね、ヨシコ」
「謝るのも後でいいから早く!」
ユウは机のノートを鞄にしまうと、そのまますぐヨシコに腕を掴まれて、引っ張られるように教室を出ました。
今日は学校の夏期講習の日でした。来年の高校受験を控えて、暑い夏の盛りに、三年生は学校に集まって、汗を流し流し、講義を受けていました。ユウと、友達のヨシコは、三年生ではじめて同じクラスになったのですが、二人とも一緒の高校を受験するということで、色々お互い聞き合い、勉強し合ううちに仲良くなりました。
「早く行かないと売り切れる!」
今日は町のアイスクリーム屋さんで、新作のアイスが発売される日でした。甘いものに目がないヨシコは、講習が終るのを今か今かと待ちわびて、そして急いでユウを連れて向いました。
外は蒸すように暑く、アイスを食べるのにあつらえむきです。走れば余計に汗をかくのに、ヨシコはまるで気にせず突っ走っていきます。ユウはヨロヨロとついていくしかありませんでした。
しかし残念なことに、アイス屋につくと、もう新作は売り切れてしまっていました。
「あ〜あ……だから学校の講習は嫌なんだよね……。町から遠いし、クーラー無いし、教える先生はオヤジばっかりだし、話とか面白くないし」
ヨシコはよほどがっかりしてしまったようで、色々と愚痴をこぼし始めました。町の塾に行こうとしていたのを、学校の講習に出ようと言ったのはユウでした。
「ヨシコ、こっちのアイス食べようよ。ホラ、こないだ行った時、売れ切れてたやつだよ」
「う〜ん、そうだね。もう何でもいいや……暑過ぎる……」
二人はアイスを受け取ると、近くの街路樹に設置された、日陰のベンチに座りました。
暫く静かに、蝉の声を聞きながら食べていると、ユウはおもむろに話し始めました。
「ヨシコ、今日の数学の素因数分解、分かった?」
「何であたしに数学のこと聞くわけ」
「だってテスト、あたしより良いし」
「ユウの場合は、書くのが遅くて、回答が時間に間に合わないって感じなだけじゃん」
「それは……確かにそんな感じだけど」
「とにかく数学なんてあたしに聞くのは間違ってるよ」
ヨシコは、最後のアイスのコーンをひと口、放り込んで、手をはたきました。ユウはまだ半分くらい残っていました。
「あ、もしあれだったら先に帰ってもいいよ」
「いいって、ゆっくり待ってあげるから。ていうか早く帰ったらお母さんに、勉強しろ、だもん。むしろ暑くてもここでゆっくりしたい感じ」
「あ、でも、あたしちょっと寄る所があるから」
「……どこに? 彼氏?」
「ち、違う! ……」
ユウが首を激しく振った拍子で、手元のコーンから、アイスがボトリ……と落ちてしまいました。
「あ……ゴメンゴメン」
ヨシコはバツが悪いように真面目に謝りました。以前にもそういう話をした時も、ユウは本気になって、声を荒げて慌てるので、軽い冗談でも言えないなと思うのでした。
ユウは、気にしてないよというように笑みを浮かべて、話を続けました。
「ちょっとね、お墓参りみたいなのをね、行こうと思ってて」
「あ、そうなんだ」
「お花供えに行くんだ。暑いし、ヨシコは早く帰って勉強してたほうがいいよ」
「あの……野暮だったらゴメンね。もしかして、○○丁目のお兄ちゃんのこと?」
「知ってるの?」
「あたしの兄貴が、同級生なんだ。少しその話、聞いたことあって」
「そう、あたしは小さい頃からお兄ちゃんにお世話になってたんだ」
……そこで会話が途切れました。ヨシコは、それ以上は聞き辛くて、口をつぐんでしまいました。あの事件のことは当時、子供心に興味を持って、兄から色々聞いていました。
暫くしてまた、ユウのほうから話し始めました。
「あの、やっぱり、迷惑じゃなかったら、ヨシコも来てくれないかな?」
「え? でもあたしが……行っていいの?」
「ウン……やっぱり、一緒に来て欲しいって思ったの。勉強の邪魔したら悪いから、断ってもいいけど」
ヨシコは暫く考えて、そして頷きました。
「分かった、付き合うよ」
こうも真面目にお願いされて、断るわけにはいきません。
二人は立ち上がると、花屋を探して歩き出しました。大通り沿いに一軒の小さな花屋があって、そこで赤い花を二三輪ほど買っていきました。