07:おばさん
もう陽が全てスッポリ山の向こうに落ちてしまった頃、ユウたちの車はお兄ちゃんの家へと到着しました。もう家の近くの道端に数台の車が止まっていて、降りた皆は少しうつむき加減に口元を押さえたりして、お兄ちゃんの家へと入っていってます。
ユウらもその車の後ろに並んで停めて、外に出ました。お母さんは、ユウの服に少しシワが出来ていたので、しゃがんで裾を引っ張って正してあげました。そしてお父さんが先頭になって、次にお母さんがユウの肩に手を優しくソッと置くと、ユウは静々とお父さんの後ろに続き、そして最後にお母さんが後ろから見守るように、玄関をくぐりました。
短い廊下を通り、右側の少し大きな部屋に入ると、部屋の中は、壁という壁、白と黒の縞に覆われて異様な雰囲気でした。部屋の真ん中に長く置かれたテーブルに座った人たちは皆、場を埋め尽くすように黒い服を着込んでいて、その雰囲気にユウは少し怖気づいたのか、オロオロと落ち着き無く辺りを見回しました。自分も両親に言われて、新しく買った黒いワンピースを着せられたのですが、そこにいた皆や、部屋の様子が地味で重々しい格好をしていて、それはこれまで一度も見たことがないお兄ちゃんの家の様子で、まるで違う家に来てしまったかのような変な感じで、落ち着かなくてしょうがありませんでした。
お父さんは、祭壇のすぐ近くのテーブルの前に座っていた、お兄ちゃんの両親の元へ向いました。
「ユウ、行こう」
お母さんに促されて、ユウはとても苦しくて辛かったのですが、心とは逆に足は自然と動くようで、顔は下げたまま、お父さんの横に並びました。
「ああ、ユウちゃん、来てくれたの。ありがとう」
最初に、おばさんが声を掛けたのはユウでした。「ありがとう」……どうして“ありがとう”なのか、想像できない言葉に、ユウは困って、顔を上げる機会を失ってしまいました。ユウは足元ばかり見つめていましたが、気配と音で、お父さんとお母さんが頭を下げたのが分かりました。
「ユウちゃんは無事で本当によかった。もし何かあったら、あの子を殴りに地獄に行かなきゃならなかったわ。本当に助かってよかった」
ユウは、お父さんとお母さんが、ありがとうございますありがとうございますと、お母さんは少し涙声で、何度も何度も言っているのを、どこかフワフワした気持ちで聞いていました。両親の声が、ずっと遠くから鳴り響いているように、ぼやけて聞こえます。ユウは段々と落ち着きを無くしていって、足の甲に足をのせて擦ったり、後ろ手で指を絡めたり……。
突然、目の前におばさんの顔が現れた時は本当にびっくりしました。
「ユウちゃん、おばさんからのお願いなんだけど、あの子のいる湖に、夏に一回でいいから、お花を添えてくれないかな」
ユウはジッとおばさんの目の中を覗きました。その目は少し赤くなっていましたが、怖くなく、むしろ優しげな光を持って、ユウを見つめ返しています。
「ユウちゃんがお花を添えてくれたら、あの子はきっと嬉しいと思うのよ。あの湖にはあの子が……いるんだから」
「…………」
ユウは何も言えなく、ただ頷くだけ、精一杯の気持ちを込めて返事しました。
「ありがとう」
またおばさんはそう言って、そしてお父さんお母さんにもお辞儀しました。
またお母さんに引っ張られて行って、テーブルにキチンと正座して座りました。そして、式が始まりました。