05:回想輪廻
窓の外が、ピカピカ光っているように眩しいです。梅雨は完全に過ぎ去り、もう本格的な真夏の刺すような光です。山の向こうの奥に、巨大な入道雲が隠れるようにひそんでいて、空にはただ太陽が一つ、たくましく力強く輝いています。
車の中に光は一切無く、ただ物憂げにクーラーの音が、沈黙の中に重々しい音色を引きずっています。助手席のお母さんは、時折、前のバックミラーをのぞいてみては、後ろの席に座るユウの様子を窺うのですが、ユウは右の奥の席に、隅に体を埋めるようにして、隠れようとしているようで、はっきりと見えません。
また窓の外に目を向けてみると、前の方から農業トラクターが、ガタゴト騒音を立てながら、ゆっくりとすれ違いました。乗っていたおじいさんは、車の振動で揺れて麦わら帽子が落ちないようにと左手で押さえながら、右手で上手くハンドルを動かして、こちらの車の横を通り過ぎました。過ぎ去ってしまうと、あまりにやかましさに耳がおかしくなったのか、クーラーの音が消えてしまい、怖いくらいの静寂に包まれました。天使が通る、無言の時間。といっても、何か話すのは勿論、ラジオをかけるのも、テープをかけるのも、また窓を開けて風の音を入れるのも、ためらわれました。
ややあって、運転をしていたお父さんがポツリと呟きました。「もう着くよ」
そしてハンドルを一気に切って、静かに湖の入り口のすぐ横の道端に車を止めました。
お父さんはサッとシートベルトを素早く外すと、先に扉を開けて外に出ました。お母さんも出ようとしたら……ユウはまださっき見たときと同じ格好で、隙間に埋もれて固まっています。
「ユウ」
「…………」
「ユウ」
「ん……ウン…………降りる」、抑揚の無い声。
外で、車を回り込んだお父さんが、ユウのドアを開けてあげました。強烈な熱気がまとわりつくように迫ってきました。いきなり外の太陽の光をまともに浴びて、肌が、火で焼かれたかと思うような、ひりつく熱さを覚えました。ゆっくりと体を回して、熱く焼けたコンクリートの地面に降り立ちました。靴を通しても感じるほどの熱さ。
「アッ……」
ユウの膝が笑い、降りた途端に体勢を崩して、よろめきました。すぐに近くにいたお父さんが肩を抱いてくれたおかげで、倒れずに済みました。
「大丈夫か?」、お父さんはしゃがみ込んで、下からユウの顔を見つめました。
「大丈夫、大丈夫」
ユウは顔を見せないように隠しながら、頷き、手を振りました。そして立ち上がって、一人、先に湖の方へ、湖岸の坂道を下っていきました。
「行こう」、お父さんがお母さんに、促すように肩を押して、そしてユウの後ろに続きました。お母さんも下りていきました。
お父さんとお母さんが小声で話しながら降りてくると、ユウは、桟橋の手前で立ち止まっていました。胸の前で両手の指を交差させて、落ち着き無いように、体が少し震えています。お母さんがユウを抱きしめようと、近付こうとしました。
「怖い」
ユウが、かすれた声で呟きました。
「これ以上、向こうに行きたくない。怖い」
そして、ペタリとその場に座り込んでしまいました。震えが、段々と大きく抑え切れなくなっていって……。
「ユウ、ユウッ」
その小さな頼りない背中を、覆い隠すようにお母さんの温かい体が、全てを包み込むように、抱きしめました。
「ア……ゥ……ッ……」
その場にいることは、とても残酷なことでした。目の前の黒い桟橋。考えたくなくても、目の前に、あの夜の自分とお兄ちゃんの姿がある。ふざけて踊っている自分がいる。全てを忘れて踊り続ける自分を、今の自分がひっぱたくことは出来ない。落ちていく自分、そこへ飛び込んでいったお兄ちゃん。二つの影の映像が、何度も何度も、桟橋の上に現れては、湖の中へと消えていく。消えていく。
「…ッ……」
「…………」
「…………」
正午を過ぎ、太陽はさらに光を強めていき、湖は蒼さをどんどん濃くしていきます。
滴る汗と涙に、ユウは激しい目眩を起こしました。