04:暗黒の水中(セカイ)
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夏だというのに、異様に冷たく寒い、黒い虚無の世界。辺りをひと掻きする度に、指先は痺れを感じるように、痛い。こんなに怖く、こんなに寂しい、何も無い世界。だが、この先に必ず、居る。
しゃにむに手を振り回して、その指先に当たる偶然だけを期待する。視界は全く無い。あっちに振るっては、硬い感触、こっちに振るっては、柔らかい感触。それぞれに触れては一喜一憂。桟橋の垂直の足だったり、これは藻か、水草か。その度に心臓が強く猛り、その度に息が苦しくなっていく。
任せられた以上、必ず助けてやらなければと、母親にこっ酷く叱られると。一念しなければ、気が持たない。
どこに、どこに、この暗闇の一体、どこに。一度、上にあがって息を吸おうか。
そう思い始めた、その瞬間、また微かに指先に感触。こっちか。体を乗り出して、腕を突っ込む。伸ばした指先に当たり、突き指。柔らかくもしっかりした存在感、肌の感触。間違いない。大きく手のひらを開いて、両手で腕をわしづかみ。でも華奢な体、あくまで優しく。
泳げ! 水面へ! 急げ!
もう息はろくに持たない。しかしこの暗黒の世界の中、どちらが上なのかまるで分からない。がむしゃらに泳いでいるうちに忘れてしまった。泡が漏れた、斜め上へ昇っていく。こっちが上か。
段々と苦痛が、体中を支配していく。全身に、火炎が渦巻いているように、熱い。手足が震えて、止まらない。まともに水を掻くことさえ、出来ない。全てを投げ捨てて、無茶苦茶に暴れたい。手を放しそうになるのを、無理矢理、手に力を込めて引っ張る。
あと、少し、あと、少し、あと、少し、水面に、出た、出た、押せ、押せ、押し出せ、ずっと、上に、押せ、力任せでも、強引でも、いけ、いけ、乗った、乗った?
乗った、乗った、乗った、……ッ…………ッ……………………。
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