11:新思案
やがて彼女は全てを終えて、また立ち上がって頭を下げて、こちらに戻ってきました。坂の途中で、タカシの存在に気づいて、少しヨシコに目配せをしながら、彼女の側に立ちました。
「隣のクラスのタカシだよ。あ、そうだ!」
ヨシコはタカシを指して叫びました。
「ユウ、コイツに教えてもらいなよ、数学」
ハ? と怪訝な顔を浮かべたのはユウとタカシ。
「さっきの話。タカシは数学メチャメチャ得意だから、計算すんごい速いよ」
「ああ……」
「……何?」
タカシがヨシコに伺いを立てました。
「あ……突然ゴメン」、ヨシコは申し訳なさげに頭を掻きました。
「あっ……と、とりあえず紹介したほうがいいかな。タカシにはユウのこともう教えたから……、ユウ、コイツはタカシっていって、去年の二年生の時に同じクラスだったんだけど、数学がチョー凄いの。前のクラスでは『デカルト』って言われてたっけ」
と言って、ヨシコは下品な引きつった笑い声を立てました。
「うわー、そのあだ名を言うな! やっと忘れかけてたのに」
「実際、目鼻立ち似てんのよね〜ピッタリだと思わない? このエラソーな顔立ち!」
「ほりが深いだけだ! っていうかデカルトに失礼だろッ」
「なに言ってるのよ、デカルトは実際に偉い人じゃない。アンタは顔ばっかし立派なだけ、ウハ〜」
「ていうかあだ名言い出したのも、よく使ったのもお前ばっかりなッ。でも何人かが本気にして使われて、迷惑だよ」
「大丈夫だよ、褒め言葉だから、一応。あ……」
そこで、ヨシコは気づきました。ユウが片手にコブシを作って、それを口元に当てている姿に。
「ハッハッハ〜、こりゃこりゃ凄いわ!」
唐突にヨシコが大声で笑い出しました。
「凄いって、お前の頭の中が?」
タカシの憎まれ口に、ヨシコは何故か平然とこう答えました。
「ウン」
「夏の暑さでイカレたか……」
「とりあえずさ、三人で図書館に行こうよ。三人で少し勉強しない?」
「ハッ?」
「ねえ、ユウはどう?」
「あ、うん……」
「よし、行こうよ! ね、タカシは国語苦手でしょ。ユウは国語メチャ得意だから、かわりにユウは数学苦手だから、チョッと一緒に教え合えばちょうど良いじゃん」
「いやまあ……そうかもしれないけど、強引だなオマエ。えっと、ユウ……さん」
「あ……ハイ」
「脳ミソ蒸発してしまったらしいヨシコさんが、あんなこと言ってますけど……どうします?」
二人の背後でヨシコが何か奇声を発してます。
「ハイ……あたしはよくヨシコと一緒に勉強してますから。それより……」
「俺? いや構わないけど」
「あ、じゃあ……」
「図書館でやろうよ!」、ヨシコが強引に会話に入り込んで言いました。
「そだね。俺、じゃあ一旦家に帰るよ、教科書とかノート持ってくるから」
「ウン」
「じゃあ図書館で集合って形で、あたしとユウはこのまま行くから」
「ああ」
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「歴史面倒臭ぇ〜死んだ人のことなんかどうでもいいしッ」
「ちょっとタカシ、アンタ馬鹿過ぎ。ユウに教えてもらいな」
「やっばい、チョー計算カンペキ」
「眠い……現国はともかく古文とか役に立つのかなぁ〜」
「あっはっは〜、やっぱ英語はサイコー。もっと勉強してタカシに英語で(悪口)言ってやろ。理解できてなくて二重に馬鹿。アンタ英語ちゃんと勉強しないと外国人に馬鹿にされるよ、『日本人は英語出来ないくせに横文字好きだ』って」
「あ〜、ちょっと忙しいからユウに聞きなよ」
「お、おッ、オッ! マジヤバイ……パーフェクト……!」
一人の声だけが、静かな図書館によく響いていました。
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「じゃあね〜」
夕刻、三人は手を振って、図書館の前で別れました。