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青空の下に  作者: bluewind
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01:一緒に夜の湖に

「ハァ……ハァ……」

 角を曲がって電信柱を……1、2、3、4つ!

 タンと両足で着地して、ようやくお兄ちゃんの家に到着しました。自分の家を出た時はまだ少し空が明るくて蒼かったのに、今はもうすっかり黒く染まって、砂糖をこぼしたような沢山の星の粒たちが、キラキラと綺麗に輝いています。

 両膝に手を置いて、一呼吸、そして額や頬の汗を、手や服の袖でしっかり拭いました。少しでも汗とかが付いていると格好悪いです。そしてようやく息も汗も落ち着いてきて、爪先立ちで背伸び、ピンと伸ばした人差し指で、ちょっと高いチャイムのボタンを押しました。

「お兄ちゃん、来たよ」一緒に扉の向こうに声も掛けました。すると目の前の玄関の薄いガラスの方からすぐに「ああ、ユウ、待ってろよ、今、靴、履いてるよ」と声が返ってきました。 ユウは家の門のところに背を預けて、ブラブラと片足を上げて揺らしながら、笑みを隠せないといった様子の顔。

 やがて、玄関が開くと、お兄ちゃん……と、その後ろから大きな声で「あんまり遅くならないようにね! あと、ユウちゃんを危険なとこに連れて行くんじゃないよ!」、とこれはお兄ちゃんのお母さんの声。

「わかってるよ! じゃあ行ってくるよ!」負けずにお兄ちゃんも怒鳴り声で言い返して、ピシャリともう聞こえないよといわんばかりに勢いよく扉を閉めました。

「お待たせ、行こうか」

「ウン」

 ユウは肘で背中の門を押して、飛び出すようにして出発しました。


「ン〜ンンン〜ンンッ〜ン〜ンン〜」ユウは変な鼻歌を歌いながら、スキップで跳ねて、随分とご機嫌です。さて、少し後ろを振り返ってみれば、お兄ちゃんは口に手を当ててあくびをしたり、首を捻ったり、何だかとても疲れているようです。

「どうしたのお兄ちゃん?」

「ああ、ここのところずっと朝と昼が逆転の生活で……」

「で?」

「お前のためだよ……どうしても夜、湖に連れてって欲しいなんていうから」

「変な時間に寝てるお兄ちゃんが悪いんだよ」

「いや、ウン……まあそうだけど。しかし、おまえ、凄くご機嫌なのな」

「え?」

 とぼけて不思議そうに、大きな丸い目を大きく開けた顔をしましたが、緩んだ口元の笑みは隠せません。

「だって、本当に凄いんだよ!」

「フ〜ン、あんまり夜にあの湖に行ったことないからなぁ……」

「あたしはお母さんと……ユウスズミ? に行った時に初めて見たんだけどね、とにかく本当に星でいっぱいで凄いの! 本当に宇宙みたいに! お兄ちゃん、カメラは持ってきたよね?」

「ああ、使い捨てカメラだけど、コレ使い切っちゃわないといけないから」

「なんだ、あの格好良い大きいカメラじゃないんだ」

「使い捨てだって十分綺麗だよ」

「お兄ちゃんの腕じゃあ、どっちにしたって変わりないか……なんて」

「オイ」

 街灯の点々と続く頼りない光を頼りに、暗い夜道を二人で楽しげに話をしながら歩いていると、すぐに湖の前の坂道へとたどり着きました。緩やかな坂を、お兄ちゃんはノソリノソリと、ユウはもどかしくて先に少し駆け足で登っていきました。やがてユウは坂を上り切ると、「ワッ! ワッ! お兄ちゃん〜早く〜!」、ピョンピョンと小さく飛び跳ねて、両手を振って呼びました。

「待ってくれ……本当に体がだるいんだよ……昨日の夜からほとんど丸一日寝てないんだから……」と、愚痴をこぼしこぼし、年を召した老人のように背中を曲げて、足を引きずりながらゆっくり歩いていましたが、やがてようやく登りきって、ユウの指差す方を見ると……その光景にすっかり目を奪われ、ポカンと口を間抜けそうに小さく開けました。

「オイ、これは……本当に凄いな」

「でしょ! でしょ!」

 そこにはまさに『宇宙』がありました。


 二人は湖の端の少し高くなったところから湖を見下ろしていますが、田舎の自然の湖なので、辺りには人家は無く、余計な光は一切ありません。そう、天空の無数の星たちを除いて。

 湖の向こうには背の低い山があるのですが、暗闇で全く空の闇と溶け込んでいます。空と地上の境が無く、上も下も同じ真っ黒、一色の世界です。そこに、空に浮いている星たちと、その星の光が反射している……湖の表面にも同じ無数の星たちがいて、上も下も星屑だらけ。目の前にあるはずの、山が、ほとりが、黒く姿を消して、ただ星の瞬きだけがそこら中いっぱい、目も眩むほどに沢山見えるばかりなのです。


「すげえ」、お兄ちゃんはまた感想ともいえない言葉を呟くばかりです。

「ねえねえ、ちょっと来てよ。あたし考えたんだ、凄いこと」

 ユウはそういうと、湖の水辺の方へと続いている坂を、駆け足で下りていきました。

「ちょっと待て! 俺は監督責任があるんだよ……」、お兄ちゃんは慌ててユウの後を追って駆け下りました。少し眉根を曲げて困った顔をしながらも、目の前の光景が信じられないといった風で、疲れはもうどこかに飛んでしまったように、目や口はもう柔らかな笑顔です。

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