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中屋敷のある寒い夜

一応、完結としていましたが、再び、雪江が江戸の町を走りだしました。

第二部として書きます。よろしくお願いします。

 雪江はグ~と後ろに反り返って、伸びをする。そして、大きなあくびをした。

 夕食を龍之介(正和)と共にとり、その後はお風呂から出ると何もすることがない。

 冬の陽は短く、もうすでに暗くなっているし、行燈の明かりでできることなど限られている。

 雪江は別に本を読むわけでもなく、薄暗い明かりの下で、夫の着物を縫う必要もない。それに今、一番寒い時期でもある。風呂から出たら、すぐにそれなりの体温保持をしていないと湯冷めしてしまう。だから、最近は寝所を温めてもらっておいて、そこで寝るまでの時間を過ごすことにしていた。


 最近は趣味みたいなもので、人の似顔絵や風景画を描いていた。なるべく二十一世紀のことを忘れたくなくて、漫画チックだが、いつも見ていた風景や学校の校舎などを描いている。

 今まではそれに必要な机、和紙、墨、竹で作ったペンなどの道具は、雪江の部屋に置いてあったが、ここ、二、三日は特に寒さがきついため、この寝所に持ち込んでいた。


 龍之介がそれを見て難色を示した。

「いいじゃない、寒いんだから」と言うと、「雪江の場合は一つ許すと次から次へと寝所へ持ち込んできそうだ」とぶつぶつ言われた。

 まあ、痛いとこ、つかれたかなと思う。


 今夜は、少しだけ描いて机ごと、隣の部屋へ持っていって片づけた。後は侍女がやってくれる。

 寒かった。夜着の上から綿入れを着ると、もこもこしてペンを持つ手が動かしにくい。だから、わずらわしくなり、やめてしまった。

 奥女中の一人が布団の中に湯たんぽを入れてくれた。それを機に、布団に入ることにした。


 雪江は、新しく改装された甲斐大泉藩、桐野家の中屋敷にいた。上屋敷よりは手狭だが、それでもかなりの部屋数はある。

 新年をむかえ、祝言を挙げてから、ひと月が過ぎようとしていた。

 最初のうちは、毎日のように屋敷内を巡り、何がどこにあるのか探検するのが楽しかったが、さすがにそれもきた。


 雪江が今いる寝所は、奥向きと中奥の境にある龍之介と二人の寝所だった。もちろん、奥向きには雪江の部屋と雪江だけの寝所がある。中奥には龍之介専用のものがあった。

 それでもなるべく、二人でこの寝所を使うことにしていた。


 最近、龍之介は寝るのが遅い。

 祝言を挙げて、中屋敷を構えていると、昼間いろいろと忙しいとのことだ。登城もするし、上屋敷へ出向いたりするから、龍之介の剣の練習をする暇が取れなくなっていた。

 それで夕食後、道場で稽古をしていた。それから風呂に入って、小次郎と反省会もするらしい。だから、龍之介が寝所に現れるのは、かなり遅い時間になっていた。


 二十一世紀ならば、電気がついて、パソコンもある。本だって読める、時間がいくらあっても足りないほどなのに。

 こんな時、携帯電話で誰かと話をしたり、ちょっと近くのコンビニへ出かけて、あったかい肉まんを買うのになぁと思った。


 布団に入ると、湯たんぽが裸足の足を温めてくれて心地が良かった。

 雪江は既にウトウトしかけていた。寝入る一番気持ちのいい時だ。その反面、頭のどこかではまだ、起きていた。

 

 誰かが襖を開けて入ってくる気配を感じていた。そのまま雪江の布団に入り込む。


 え?


 頭の半分が覚醒していく。

 いつも雪江が先に寝ていると、静かに自分の布団に入って寝てしまう龍之介が、いきなり雪江の布団へもぐりこんできたのだ。

 そのことを半分眠りかけていた雪江の頭が認識するかどうかの時、雪江が悲鳴を上げていた。


「ギャッ」


 龍之介が冷たい足を、雪江の脚に押し付けてきたのだった。その冷たさに驚き、いっぺんに眠気など吹っ飛んでしまった。


「ギャッ、はないだろう。相変わらず色気のない妻女よのう」

とのんびり言われる。

「なにすんのよっ」

 雪江は龍之介の方を向く。


「いつもいつも、そなたは先に寝ておる。一日の務めを終えて疲れている夫を起きて待ち、ねぎらいの言葉の一つもかけられるのか」

 そんな事を言われても、剣の稽古をしているから寝るのが遅くなるのだ。なにも毎晩、稽古をしなくてもいいだろうと雪江の文句は喉元まで出かかっていた。

 しかし、龍之介の冷たい足攻撃は続く。冷たい足をますます雪江に絡めてくるのだ。


「キャ~」

と逃げようとするが、龍之介が雪江をしっかり捕まえていて放さない。

「ほんとにそんな冷たい足をしてっ、どこ、ほっつき歩いていたのよ。足袋は? また履いてなかったの? 今度、私の布団に直接入るときは、まず足を温めてから入ってきてよねっ」

 雪江は興奮状態でいるから遠慮なくポンポン言う。

 眠かったのに、冷たい足で無理やり起こされたのだから。


「散々な言われようだな」

 龍之介が苦笑する。

「あったりまえよっ。いつも先に寝ているって言うけど、私が起きているときに寝所へ入ってきなさいっ。せっかく気持ちよく寝入るとこだったのにィ」

「だったのにィ、か。うん、雪江がさっきまで起きていたのは知っている。侍女がそなたの絵の道具を片づけていたからな」


「あ、じゃあ、私がまだ完全に寝ていないってわかっててやったのね」

「無論。・・・・・・雪江はあたたかい」

「あったりまえよ。生きてんだからっ。そっちのお布団にも湯たんぽが入ってるんだから、そっちを抱いてなさいっ」


 雪江の興奮は続いているが、龍之介はいたって冷静だ。

 龍之介はフンと鼻でせせら笑う。


「バカなっ。妻が横にいるのに湯たんぽを抱く野暮な夫がどこにいる」

「私って湯たんぽ代わりなわけ?」

 雪江はまだ食ってかかっていた。


「夫が妻で温まって、何が悪いのだ」

 雪江は龍之介の腕の中でもがくが、放してはくれないようだ。

「じゃあさ、それなら妻が起きている時間にさっさと来ることね。私が寝ちゃったらタイムアウト」

「だから、間に合ったではないか」

「え? 龍之介さんが起こしたんじゃないっ。そんなのルール違反よっ」


 雪江のカタカナ語にだいぶ慣れてきた龍之介は、多少聞きなれない言葉が入っていても全く気にしなくなっていた。それどころか、言葉の前後から大体の意味を感じとっていた。

「るーるとは規則のことであろう」

「へっ?」

「よく雪江が文句を言う時に言っている」

「あ、そう。そうだったかな。気づかなかった」


「雪江が武家言葉を話すよりも、このわしが雪江たちの言葉を解し、話す方が早いかもしれぬ」

 妙に納得してしまう事を言ってきた。

「あ、言えてる」

 同じ中屋敷の厨房に、裕子と徳田がいるから余計、二十一世紀の言葉が抜けなくなっていた。


 ようやく氷のように冷たかった龍之介の足が、温まってきた。龍之介が顔をよせてくる。暗がりでもその影が動くのがわかるからだ。


「今日、兄上のところへ行った」

「あ、お父上の? お元気でしたか」


「ああ、雪江の顔が見たいと仰せられた。明日にでも行くか?」

「行くっ」

 即答していた。

「では、そう言っておこう。夕方ならばいつでもよいと言っていた」

「はいっ」

 雪江の心は弾んでいた。さっきまで眠いのを起こされ、逆上していた雪江とは別人のようだった。


 再び、龍之介の顔が近づいてきて、二人は無言となる。新婚ひと月めの二人だ。寒い夜に温めあうのも当然のこと。




 翌朝、雪江にはある計画があった。

 一応、奥向きの取締役の孝子には話してあり、了解を得ていた。


 町娘の髪型、着物に着替えて中屋敷から外へ出る。

 お世話になった節子のところへ行くのだ。

 節子は、孝子の乳母で、今は引退していて、江戸の町の片隅に小さな家をもらい、身の回りの世話をしてくれる女と下男とでのんびり暮らしていた。


 雪江は節子の好きなクッキーを焼くと、そのたびに持っていく。その帰りは、以前働いていた旅籠へ寄ったり、関田屋へ寄ったりしていた。

 今回はお絹のところへ寄ろうと思う。


 お絹はもう妊娠五か月に入り、腹も大きくなっていた。安定期で食欲旺盛だ。お絹も雪江のクッキーを楽しみにしている一人でもあった。


 クッキーを包み、中屋敷の奥から駕籠に乗った。

 姫の姿では、町を歩くのに不都合だからだ。奥女中の外出という名目で外に出ていた。以前にももう二回やっているが、何の支障もなく外へ出ている。


 今回も大丈夫だろうと雪江は安心していた。

 しかし、表門を通るところで声がかかった。

「そこの駕籠、あらためる。誰じゃ。どこへ行く」

 小次郎の声だった。

 ギクリとする。


 屋敷から出ていくから、それほど厳しく中まで検められないと思っていた。

 お初が、一応、孝子の了解を得ていると小次郎に言った。

 すると、小次郎は、お初を見て、もう一人の侍女がお秋だとわかり、愕然としていた。

「そちたちは、奥向きの侍女ではないか。しかも・・・・・・」

 小次郎の声が上ずっていた。

「ま、まさか。この駕籠のお方は・・・・」


 えらいもんを見つけてしまったと言わんばかりである。

 なぜか、小次郎は雪江が苦手なのだ。強くものを言う女人、すべてが苦手と言えるが、子をはらませたお絹だって似たようなものなのに。

 苦手だと思っていても、そういう女人に惹かれているのかもしれない。


 しかたなく、雪江は駕籠を少し開けて顔を見せた。

「あ~っやはり、雪江様」

「しっ、騒がないでよっ。騒いだら孝子さんに言うわよ」

 子供同士の喧嘩で、相手を黙らせる方法の一つ。誰かに言いつけるというたぐいのものだが、単純な小次郎はピタリと口を閉ざす。


「節子さんのとこと、お絹のとこへ行くの。クッキーの差し入れ。孝子さんも知ってる」

「はあ」

 小次郎は、節子、お絹、孝子という名前を思い浮かべているようだ。いずれも頭の上がらない女人たち。


「昨日、裕子さんとクッキーを焼いたの。ところでさ、なんで小次郎さんがこんなところにいるの? なんでこの駕籠を? ね、ねっ教えてよ」

 次回の参考にするためだ。怪しまれず外へ出る方法。


「あ、いえ、その・・・・・・若が・・・・・・」

「龍之介さん?」

 

「はあ、若が今朝、奥向きが何やらばたばたしているようだから、注意して見ているようにと言われました。拙者が監視していると奥向きの裏から駕籠が出てきて、その・・・・・・」

 小次郎がそこまで言って、口ごもっていた。雪江がギリㇼと睨んだからだ。

「龍之介さん、本当にカンがいいんだから。もう。感心するくらい鋭いのよね」

 雪江の物言いがおかしかったのだろう。ぷっと吹きだしてしまう小次郎、雪江がすかさずにらみつける。


「ね、このまま外へ行かせてくれる? どうなの」

「さあ、若に報告して承諾を得ないことには拙者も、このまま見逃すことはできませぬが」

 こういうところは頑固なのだ。龍之介がかかわってくると、いくら雪江が脅しても噛みついてもうん、とは言わないだろう。


「そんなことしてたら、今日中に帰れないじゃないのっ」

 完全に小次郎のせいになっていた。

「そのように申されましても・・・・・・」

「なんとかしてよ、今すぐっ」

「拙者は雪江様の身を案じております故、若のお許しがないと、ここを通すわけにはいきませぬ」

と強い口調で言ってきた。


 ギロリと再び睨むが、もう小次郎は雪江から目をそらせていた。

「じゃ、仕方ないわね」

という雪江の諦めた口調で、小次郎の顔がゆるんだ。

「私が無事に戻ってこられたらいいんでしょ?ねっ」

「は・・・・はあ、そうでございますが」

 やな予感がしているのだろう。

 小次郎が怯んでいた。

「じゃ、小次郎さんが一緒についてきてくれればいいんじゃない? 無事に帰ってこられる」

というと、小次郎は「ひっ」と息を飲んだ。


「はい、交渉成立。あ、龍之介さんには誰かが言付ことづけてくれればいいから、さ、行くわよ」

「は? 若の返事を待たずともよいのでしょうか」

「いいわよ。ホントに時間がないし、どっちにしろ、しぶしぶ了解させるんだから同じことでしょ」


 雪江は門番に向かって言った。

「あ、そこの人。りゅうのす・・・・じゃなくて、正和様に伝えて。小次郎さんは雪江のお伴で出かけてくるからって」

 門番は、雪江と小次郎を交互に見て、どうしていいかわからない様子でいた。

「早くっ」

 雪江が怒鳴ると門番はびくっとして一礼し、そそくさと走って行った。

「出してっ」

 雪江が言うと、駕籠が走り出した。

 小次郎も仕方なく着いていく。雪江をそのまま出したくはないが、止めることもできないのだ。こうなったら小次郎は雪江と一緒にいるしかなかった。


相変わらずの雪江です。相変わらず、正和を龍之介と書いていきます。

今回は、小説のキーワードをその話の進行に合わせて、書き足したいと思います。ネタバレしそうなので。

後半は、かなり重い話になりそうです。

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