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中屋敷と祝言

 中屋敷への引っ越しは割と簡単だった。

 もともと雪江には持っていくものがない。すべて嫁入りとして父が買い入れてくれた家具や反物など、中屋敷へ直接届けられていた。


 祝言は、父のところ、桐野の上屋敷から花嫁行列として出ていき、龍之介の待つ中屋敷へ向かうことになる。上屋敷で支度を整え、白無垢を着る。その花嫁に口紅を塗ることは母親の役目なのだそうだ。

 雪江には母がいないので、今の父の側室同様の恵那にその役を頼んだ。


「本当にお綺麗ですこと。雪江様」


 恵那は、本当に愛おしいものを見るように目を細めて言ってくれた。

 父と離れるのは寂しいが、父の近くにはこんなにやさしい女性がいることに安堵していた。そして、雪江も新しい生活が始まる。

 恵那の手から紅を塗ってもらった。


 そして、父と揃ってご先祖様の仏壇に手を合わせる。普段からあまりそうしたことをしていなかった雪江だが、ご先祖様がいて、今の自分がいるのだと思った。



 今までテレビでしか見たことのなかった風景だった。

 長い行列の後に、自分の乗った花嫁の駕籠が行く。その行先は、龍之介の待つ中屋敷だった。


 真新しいように改築された中屋敷は、表向きは普通の大名家と同じだが、奥向きは二人の意見も聞き入れられて、龍之介と雪江の居間が作られ、それぞれが簡単に行き来できるようになっていた。

 今の上屋敷よりは狭いが、子供が生まれてもその乳母や侍女たちが詰めていられる部屋は十分にある。

 庭はかなり広いので、目立たないところにテニスコートを作ろうと計画もしていた。徳田がいるし、裕子もいる。運動神経のいい侍たちも相手をしてくれることだろう。


 台所も徳田と裕子が切り盛りしてくれる。薫も末吉も中屋敷で働く。貴子も甲斐から戻ってきていた。これから中屋敷の奥向きのことを仕切ってくれる。

 みんなが中屋敷で待っていてくれた。



 祝言はあちこちから大名家の代表が訪れ、もっと堅苦しいかと思ったが、長々と祝辞を述べる人もいないので割と簡素に終わった。

 もっぱら、父と龍之介が客の相手をしているので、花嫁はただ座って澄ましていればよかった。おかげで、変な姫とばれなくて済んだ。口の回らないほどの堅苦しい挨拶なんて、雪江にできるはずがなかった。

 へとへとに疲れているはずなのに、それをあまり感じない。きっと極度の緊張がそうさせているのかもしれない。


 その夜、新しい二人の寝所で雪江は待っていた。

 シーンと静まり返っているので、人の足音はわかった。龍之介が来ると。

 お初の声がする。

「正和様のお成りでございます」

 

 さっと奥の襖が開き、いつもと変わらない龍之介が入ってきた。雪江を見て顔をほころばせた。雪江もにっこり笑った。二人でしばらくお互いの笑顔を見つめていたような気がする。


 はっと気づいた。挨拶を忘れている。

 雪江は、布団から外れて畳の上で両手をついて頭を下げた。

不束者ふつつかものですが、末永くよろしくお願いします」

と簡単に言った。

「こちらこそ、よろしく頼む」


 龍之介はさっと立ち上がって部屋の隅の行燈の灯を消した。

 真っ暗だが、龍之介には雪江の座った姿が見えるのだろう。迷わず雪江の前に座り、手を取る。

「さあ」

と導かれるままに布団に横たわった。

 雪江のドキドキが増し、体温が上がる。


 龍之介が唇を重ねてきた。

 まだ、言いたいことがあった。ちょっと龍之介の胸を押すと、顔を上げてくれる。

 たぶん、顔が二センチと離れていないところで雪江が言う。


「本当にいろいろ生意気な事を言うけど、変なこともすると思うけど、頑張って正和様の奥さんになれるように努力するから」

「ゆきえ・・・・」

「笑われないようにするから」

 雪江はそう言って龍之介にしがみついていた。


「雪江、わしは姫らしい人が好きなのではないぞ。いろいろと生意気を言う、変なことをする雪江が好きなのだ。だからと言って変なことをしろと言ってはおらぬが、そのままの雪江でいてほしい。ある程度は武家のしきたりも学んでほしいが、いきなり別人のように背伸びはしてもらいたくはない」

 雪江はうれし涙が出そうになった。不安が吹き飛ぶ。


「龍之介さん大好き。この世で一番好き」

 雪江の子供っぽい言い方に苦笑する龍之介。

「そうか、わしも雪江がこの世で一番愛おしいぞ」


 そう言って龍之介は再びくちびるを重ねてきた。さっきよりはじっくりと深い息のもれるキス。そしてそのまま首すじへと下降していく。

 片手で夜着の紐をはずしている龍之介。こういう場合、自分で脱いでもいいのだろうかと余計な考えをする雪江だった。しかし、任せようと思いなおす。奥ゆかしくやろう、今夜くらいは。


 紐は解かれ、夜着の前がはだけていく。龍之介の手が胸に触れると、さっと鳥肌がたった。

「寒い・・・か?」

と聞かれるが、大丈夫と答えた。


 雪江がその場に慣れるように、龍之介は少しづつ時間をかけてキスと愛撫を繰り返していく。


 桐野家の夜は静かに更けていった。



 

 江戸浪漫「時をこえて」第一部 完結


「なろう」でどこまでの表現が許されるのかわからないために非常にあっさりと初夜を書きました。

 

番外編の「江戸浪漫・望んだ約束」もよろしくお願いします。

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