新年のあいさつの準備
「フリッター、おいしかった。梅の花のにんじんも徳田君でしょう」
「あったりまえだ。あれだけの細工、誰にでもできるわけじゃない」
「え? でも、八田さん、タケノコでやるよ。亀さんとかさ」
「ええ、タケノコで亀・・・・・」
ぎょっとした徳田だった。
「徳田君にはタケノコで象さんを掘ってほしいな」
と笑った。
「裕子さん、今日お友達のところへ行くから・・・・」
龍之介の双子養子のことは伏せられているから友達のところへ行くという言い方をした。
裕子はにっこり笑う。
「わかってるわよ。お土産でしょ。今朝早く料亭へ行って、シュークリームを作ってきたのよ。三十個もあれば足りるかしらと思って」
「ええ、シュークリーム、三十個、うれしいっ」
雪江が三十個を食べるかのように喜んでいた。
裕子は他の女中たちを見て、
「皆さんにもと思って、たくさん作ってきました。あとでお茶のときに食べましょうね」
さすが、一歩も二歩も先を読む裕子だ。その機転のよさに感心する。
「じゃあ、あとで。支度が整ったらまたくるから」
「姫様、わたくしが受け取りに参りますゆえ」
お初が小声でそう言った。
また、女中たちを動揺させたくないのだろう。
「え?だって、私のために裕子さんが作ってくれたんだよ。いいじゃない、私が受け取りにくる」
お初はハアとため息をついた。
雪江は自分の居室に戻ると、奥女中たちが雪江の着ている着物を脱がせて別のものを着せる。まるで等身大の着せ替え人形のようだった。
髪もいつもより豪華な櫛、簪が使われた。
「重いし、きついし」
節子は、雪江の苦情を聞かなかったことにして、
「おきれいですこと」
といった。
本格的に着飾ると、多少化粧をしないとつり合いが取れなくなった。
裕子おすすめのあまり白っぽくならない水銀フリーのおしろいを使うことにした。
今までスッピンでいたから、たちまち別人の顔になっていく。それに違和感を感じる雪江だ。
「ねえ、そんなに塗らないで。龍之介さんが誰だかわかんないと困るし」
お初に言うと、みんながそれを聞いて苦笑した。
普通の武家の女性は、いつも白塗りにしているから、たとえ閨の中であっても薄化粧を施す。それこそ素顔だったら誰だかわからないだろう。
雪江は二十一世紀からもってきたアイシャドーを取り出した。自分で青いアイシャドーを入れていく。本当はマスカラもしたいが、着物には合わない気がしてやめた。
すべて支度が整った。安寿に見せる雑誌も当時のバックパックのまま、もっていくことにした。他にはマニキュアも入っている。時間さえ許せば、ネイルアートをしてやるつもりだった。
裕子からシュークリームを受け取りに台所へ向かう。
いつものように、どたどたと歩かず、すり足で廊下を行く。衣装が重いからだった。これはこれで体力が必要だと思う。
そして、ここまで飾ると、女らしくしようという自分に気づいていた。
また、台所へ顔を出すと、今度は皆、頭を深々と下げるがすぐに作業に戻っていった。
もうみんな、それなりに反応が変化している。
雪江はうれしくなった。
「まあ、雪江ちゃん。きれいね、さすがお姫様」
「よっ、すっごく姫っぽく見える」
と、徳田までがほめてくれた。
裕子が重箱に入ったシュークリームを見せる。一つ一つがカスタードクリームたっぷりのジャンボシューだった。重箱五段となった。
お初がそれを風呂敷に包む。
「ありがとうございました。先輩、本当に感謝」
雪江は裕子に抱き付いた。いわゆる、ハグだ。他の女中たちはまたも驚いていた。
雪江はそんな視線に全く構わず、裕子たちに接している。これが中屋敷で普通になるのだ。普通にするつもりだった。
薫の表情が和らいでいることに気づいた。
暮れの大掃除の時、姫だと発覚し、始終、遠慮がちな表情だった。その薫が、今また最初に見せてくれていた親しげな笑みを浮かべていた。
雪江が姫だとしても、薫と接していた女中のおきえと変わらないということに気づいたみたいだった。
「薫ちゃん、食べてみた?シュークリームっていうの。おいしいよ」
薫は目を丸くする。
裕子がシュークリームを皿にてんこ盛りにしてきた。
「さあさ、召し上がれ。雪江ちゃんは気を付けて食べないとせっかくの紅が取れちゃうわよ。口紅もっていきなさいね」
「はい、わかってます。あっちでゆっくりと食べるから。じゃあ行ってきます」
手を振って台所をあとにした。
少し薫の心がほぐれてくれたことに安堵した。
薫さえよければ、中屋敷の台所のメンバーに入れる予定だった。しかし、薫の固い表情にどうしたらいいかと思案していたのだ。
そして、料亭からも末吉を呼ぶつもりだった。薫の方が年上だが、二人はいい友人になれるだろう。