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羽根突きの特訓

 雪江たちは支度をして、道場に行った。


 中では数人の侍が木刀で打ち合いをしていた。

 お初には、ただの羽根突きだからと屋敷内にとどまらせる。裕子たちも一緒なのでお初も承諾した。


 徳田が道場に入るとき、侍たちに平伏し、挨拶をした。

「わたくし、奥向きの台所役人の徳田厚司と申します。本日はこちらの道場を女子供のためにお借りできるとうかがって参りましたが」


 稽古を見ていた侍が近づいてきた。

 徳田と雪江たちを見て、全員が台所から奉公人だと思ったようだ。

「おう、聞いておる。そっちの半分を使ってよいぞ。わしは多田道則ただみちのりと申す」

 人の好さそうな若い侍だ。笑顔をみんなに向ける。

「はっ、ありがとう存じます」


 徳田はもう一度頭を下げてから立ち上がった。

 多田は、徳田の上背に驚いて声も出ない様子だった。

 百八十センチの背に横幅もあるので、初めて徳田を見る人はその貫禄に圧倒される。それに裕子も背が高い。多田は裕子より背が低かった。


 雪江は、たかが羽根突きをするだけだから、身分を明かさなくてもいいかなと思い、軽く会釈しただけで多田の目の前を通り過ぎた。


「徳田どの、いい体格をしておるのう。剣はやらぬのか」

 多田は徳田に関心があるようだ。

 徳田ほどの大男が剣を持ったらかなわないと思ったのだろう。

「わたくしは剣の方はからっきしでございます」

と言った。

「ほう、惜しいのう。それほどの体があれば、かなり上達もしよう。それに・・・・・・身のこなし方も・・・・・・スキがあまりないように思える」


 徳田は、剣道以外の武道はたしなむ。空手、合気道、それにレスリングも。スキがないのは当然のことだろう。

 しかし、徳田はそんなことは言わず、

「羽根突きで多少うるさく騒ぐかもしれませんが、稽古の邪魔になりませんか」

と聞いた。

「よいよい、正月じゃ。にぎやか結構。わしたちも女子供のはしゃぐ声に惑わされるほどヤワではないつもりじゃ。そっちこそ、剣の稽古に圧倒されるでないぞ」

と豪快に笑った。

 その言葉が聞こえたらしく、打ち合いをしていた侍が一層激しく打ち合っていた。


 雪江は軽く羽根を打ってみた。

 カキッという音がして、ぼてっと下に落ちた。

 弾まない。ラケットとは全く違う感触だった。ある程度、強く打たないと遠くまで飛ばない。

「これってやっぱ、バドミントンのはじめの姿なのかな」


「へただな。姉さん。こうやるんだよ」

 末吉は下からすくうようにして打った。そうすると羽根が上へ高く舞い上がり、雪江の立ち位置に届いた。羽根がくるくる回りながら落ちてくる。

 それを打ち返す。テニスのように横打にすると、同じようには飛ばず、末吉の足もとに転がった。

「へーたくそ、へーたくそ」

と囃し立てられた。

 末吉ごときになめられてたまるかと力が入る。


「板で打つバドミントンだと思って」

と裕子が助言してくれた。

「はいっ」


 何度も練習をして、なんとか末吉相手にラリーが続くようになった。

 裕子が他の羽子板を手にする。

 徳田が末吉を呼んだ。

「俺らは玉拾い、じゃなくて、羽根拾いだぞ」

「へっ」

 末吉はわけのわからないという顔をした。


 裕子が羽根を持つ。

「いい? 雪江ちゃん。バドミントンのネットはテニスよりずっと高い。それを念頭に入れて打って」

「はい」


 裕子がサーブを打つ。

 裕子の上背から思い切り体をしならせて打つ羽根は弾丸のように飛んだ。

 今までカ~ンとかコ~ンとかのんびりとした音だったが、裕子の打った羽根はガッと鈍い音を出した。まるで木鎚きづちで釘を打ち込むかのような音だった。


 雪江は羽根に追いつくが、テニスの癖が抜けず、なかなかうまく打ち返せないでいた。

「ボレーのように羽根の下に入っていってごらんなさい。ダッシュが遅い」

「はいっ裕子先輩」


 のどかな羽根突きを想像していた侍たちは、裕子と雪江の猛特訓にあっけにとられて見ていた。

 裕子の激しい指示の声、羽根突きとは思えないような勢いで飛び交う羽根。それに食らいつくように走り回る雪江の姿。


「ただ打ち返すんじゃないの。手首を利かせなさい、手首を。そんな玉、打ち返せる」

「はいっ」

 雪江の息が上がる。肩で息をしている。

 裕子は涼しい顔で、どんどんサーブをしていた。徳田も末吉も転がる羽根を拾っては裕子の所へ持って行った。

 百本くらい打ったところで、裕子が手を止めた。


「オッケー、少し休みましょ」

 雪江は声も出せず、裕子に一礼だけして道場の隅に座りこんだ。羽根だけを拾っていた徳田たちも息を切らしている。

 裕子だけがのんびりとして、羽子板を振っていた。


「あ~、久々。裕子先輩の特訓、きつい。それにずっと体を動かしていなかったから余計だわ。こんなに急激に動いて、酸素が体の中を駆け巡って頭がくらくらする」

「すぐに肩で息、してたもんな」

 徳田が笑う。

「ほんと、その通り。日ごろからジョギングとかしてないとダメね」

「姫の姿で屋敷内、ジョギングか」

 何やら想像したのだろう。ウシシと笑う徳田。


 裕子が来る。

「そうね。咄嗟に動けないでいたし、いつもワンテンポ遅れてた。だから、フォームが崩れるの。少し休んだらまた始めるわよ」

「はいっ」

「今度は複数でやろうかしら」

「複数?」

 雪江は徳田を見る。

「いや、俺には無理だ」

 末吉にも無理だ。裕子と雪江の特訓をみて、すっかり怖れをなしていた。


 裕子はにっこりと笑う。この微笑みが怖いのだが。

 隣で稽古をしている侍に目を向ける。


「えっまさか。彼らを騙してやらせるの?」

 徳田が怯んでいた。

「騙すだなんて・・・・・人聞きの悪い。スポーツは基本的には基礎が一緒なの。相手をよく見ること、足遣いと呼吸、腰の入り方とかね。ちゃんとやらせれば、あの人たちの方が体力があるからずっと機敏でうまくなるわよ」


 要するに、裕子は特訓をしたいのだ。その裕子の視線を感じた多田は、よそ見をしていて相手の木刀をもろに受けてしまった。

バドミントンは、1873年イギリスでコルク栓に鳥の羽をさしてシャトルを作り、テーブル越しにラケットで打っていたそうです。

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