正月
正月元旦、父と龍之介は登城をしなくてはならないため、雪江も朝早くから起こされていた。
いつもより豪華な朝食はいわゆるおせち料理というもので、かち栗、昆布、数の子に黒豆などは定番だが、アワビなどがついてくると豪華だと感じる。
お正月くらい二人ものんびりできるのかと思っていた雪江だったが、二人は城から帰ってきてもすぐさま他の大名家への新年のあいさつまわりででかけてしまったのだ。
早朝から起こされた雪江は、その後のんびりしすぎて肘掛けにもたれかけ、うたた寝をしていた。
いつもよりきらびやかな着物も重く、動き回れない。
それに、節子から正月早々、小言をいいたくないので何もしないで座っていろと言われていた。
ずいぶんな言いぐさだ。
しかし、午後から関田屋の朝倉先生と徳田、裕子、末吉たちが新年の挨拶がてら、遊びに来てくれた。中奥の大広間で会う。
「なっ、絶対にヒマしてるに決まってるって言ったんだ」
と徳田がにやにやして言った。
「うん、何もするなって言われてる。朝食も豪華、お昼ご飯も同じく。このままじゃ、豚になっちゃう」
「姉さんも相変わらずだな。そんなにきれいな恰好してるのに」
末吉はそう言いながらも変わらない雪江を見て、うれしそうにしていた。
正月に子供といえば、お年玉だ。
「あ、末吉。お年玉もらった?」
「えっ、お年玉?ああ、餅のことかい」
話がかみ合わない。助けを求めて朝倉を見る。
「まだ、お年玉はお金じゃないんだ。金品を上げる人もいるが、こうした奉公をしているものは大体、餅が多いな」
餅は魂の象徴とも言われて、生きる源とされている。
新年の年神さまが、新しい年に幸福とともに魂を分けてくれると信じられていた。年神さまは鏡餅に宿り、その餅玉を年長者が年下のものに分けることからお年玉といわれることになったという説もある。玉には魂という意味がある。
それがお雑煮で、正月には必ず餅の入ったお雑煮を食べる習慣になったそうだ。
その日の朝倉は、五セットの羽子板と大量なその羽根をもってきてくれた。
「雪江は江戸での初の正月だ。羽子板は女の子の魔除けとも言われていて、正月にプレゼントされる。男の子は破魔矢」
末吉も破魔矢をもらったらしく、嬉しそうにうなづいた。
「へ~え、羽子板にそんな意味があったんだ。知らなかった」
と、一つ一つ手に取ってしげしげとみる。
「羽子板というよりも羽根の方ね。この玉にあたるのが”むくろじ”と言う実なの。無の患わない子って字をあてて、無患子。子供が病気にならないってこと。子供はいつの世も宝だからこうして願っていたのね」
裕子も説明してくれた。
直径二センチくらいの実に鳥の羽がついていた。
「どうもありがとうございます。このセットがたくさんあるってことは、これで体を動かせってことね、先生」
雪江は朝倉にそう言い、裕子を見た。
「本当はテニスセットを送りたかったけど、この時代、まだ無理だな。これならバドミントンみたいなもんだから暇つぶしにはなるだろうと思って」
朝倉は目を細めて笑った。
「はい、早速やりたい。本当に退屈で・・・・・。いっその事、この屋敷を抜け出してやろうかと思ったくらい」
部屋の隅でポーカーフェイスのお初の顔が動いた。冗談じゃないという表情をする。
「なんだ、雪江姉さん、羽根突きって初めてなのか?」
と末吉が目を輝かせる。
「そうよ。羽子板は見たことあるけど、実際にはやったことないもん」
もちろん、雪江はこういう羽根突きをしたことがないという意味で言ったが、末吉は雪江がまるっきり素人だと解釈したらしく、身を乗り出してやろうやろうと騒ぎ出した。
「この羽子板で、この羽根を打ち返せばいいんだ。オイラが教えてやる」
雪江を初心者と思い、丁寧に教えてくれる末吉に顔がほころぶ。
当然、外でやるのだと思ったが、朝倉が助言してくれた。
「外は他の大名家の家来衆であふれているぞ。新年の挨拶にどんどん来ているからな。庭は目立つ。剣の稽古をする道場があるだろ。そこを貸してもらってやるといい」
「あ、そっか。バドミントンは普通、体育館だもんね。それ、いいアイディアです。やろう」
と、雪江は大乗り気でお初を見た。
お初はすぐに道場が借りられるかどうかの確認と、雪江と裕子のために稽古着を用意してくれた。
武家の女子は薙刀などの武道をたしなむため、お初も一式もっていた。
お初にとっては、雪江がヒマすぎて屋敷の外へ行きたいというのをなだめるよりもこれらを用意する方ががずっと簡単で安心なのである。
「道場はすでに初稽古は済んでいるとのことにございます。今は数人の侍が自主稽古をしておりますが、道場の半分なら使ってよしとのことでございます」
子供の魔除けとして贈られた、男の子には破魔矢、女の子には羽子板。
お年玉のことなども調べるまで、知りませんでした。




