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千里の噂話 1

 グッとのけ反るような強い視線だった。この人はカンも鋭いし、このままここで百合絵とかかわると素性がばれてしまいそうだと思った。危険信号を感じる。

 さっさとここを離れよう。


「じゃ、わたしは井上さんのお手伝いにまいります。失礼しま~す」

と言って一礼した。

 すると、千里もあわてて、

「あ、私もまいります」

と着いてきた。もちろん、薫も百合絵に頭を下げて着いてくる。


 雪江は皆が逃げるようにぞろぞろついてきたから、なんで? という目を千里たちにむける。千里は、必死になって目で”今はまずい”と訴えかけてきた。


 屋敷内に入り、百合絵たちの姿が見えなくなってから、やっと千里が打ち明けた。

「八重ちゃんはいい子なんだけど、百合絵さんは苦手なんです。すごく厳しいから、それに八重ちゃんのこと、なによりも大事にしてるし」

 ああ、この人たちも百合絵から発せられるなにか強いものを感じていたのだ。

 雪江はそれがわかって苦笑した。


 結局、雪江は千里と薫を連れて、井上の手伝いをすることになった。

 奥向きの広い物置の掃除だった。重い長持ちやら木の箱がたくさん置いてある。結構埃をかぶっていて、明らかに一年に一度しか掃除をしていない様子だった。

 井上は力のありそうな雪江に、この部屋の掃除を企んだのだ。


 こき使ってくれるわね、とぶつぶつ言う。

 しかし、千里と薫もいてくれるので、助かった。気も紛れる。

 それに千里は顔に似合わず、いろいろなことを知っていた。


 掃除は、はたきと竹ぼうきの先の部分だけをまとめたような、小さいほうきで腰をかがめてはいていく。棚は濡れたぞうきんでふく。すぐに埃が舞うので、さらしの布で鼻と口を覆った。マスクなどない時代だ。ついでに頭にも布をかぶせて姉さんかぶりにした。この姿、お互いが笑えるほど怪しい。


「あの井上さんって、人使いが荒いよね」

と雪江がつぶやくと、千里が笑った。


「百合絵さん、八重ちゃんを甲斐へ返すかもしれない・・・・・」

 千里がポツリとつぶやいた。

「帰す?」

と薫。


「うん、八重ちゃんが若様を好きなのはずっと前からだったけど・・・今度の祝言はつらそうで。ちょっとした事もあったから、それからなんです。寝込んじゃって・・・・あの子はここにいない方がいいかもしれない」

 何か意味ありげな千里の言葉だった。

「どういうこと? よかったら聞かせてくれない?」

 さりげなく、千里に聞いてみる。

 千里は少しの間、考えていたが、物置部屋には三人しかいないこともあって、やがて口を開いた。


「若様が雪江様をここへ向かい入れる時、この奥向きの中で、御内証の方を選ぶ空気があったんです」

「え? 御内証? それってなに?」

 雪江は即座に聞く。

 また、千里はあきれ顔で雪江を見る。大きなため息をつかれたが、知らないものは仕方がない。


「御内証というのは、殿さまのお手付きの方やご側室の方もいいますが、今回は若様がご正室を迎える前に寝屋の手ほどきをされる方のことです」


「え? 若様の?寝屋って・・・・まさか」

 つまり、龍之介が雪江を妻として迎える前に、初夜の練習として他の女性と関係を結ぶということだった。


「え~っ、冗談じゃない」

 雪江が大声をあげた。

 千里と薫が飛び上がって驚いた。

 雪江は千里に睨まれる。

「し~っ、声が大きい。おきえさんったらもう」

「ごめんごめん。びっくりしちゃって・・・・そんなことが、もしかして、もしかしたら・・・あったの?」


 あったらどうしてくれよう。そんな事実があったとしたら・・・・・と雪江の中にふつふつと怒りの炎が燃え始めていた。


「その御内証の方の候補に、あの百合絵さんが八重ちゃんを押したんです」

「え~」

 薫も驚いた声をあげた。

 次々とあげる驚きの声に、千里は顔をしかめて埃の漂う物置部屋だが、障子を閉めた。

 他に知られたくなかったら、黙っていればいいのだろうが、ここまで話したら千里も後に引けなくなったのだろう。


「若様の手がついて、もし、気に入られれば側室になれるって考えたんでしょうね。それに八重ちゃんは若様のことが好きだったから、なおさら・・・・・」


 ほうら、やはりあの美少女は只者ではなかった。かなりの強敵になりえる。あの美貌で龍之介を魅了したら、雪江みたいに平凡な顔はたちどころにくすんでしまうだろう。

 しかも化粧っ気もなく、髪もやっと結える程度にしかなっていない。野生児のようにふるまうし、口答えもする。武家のしつけもわからない・・・・・いいとこなしの雪江。

 雪江はショックで、千里の言うことが耳に入らなくなっていた。


「でも・・・・・・・・だって若様が、・・・・・・・・それで半分決まりかけていた話が・・・・・・になって・・・・・・というわけなんです」

「へっ?」

御内証の方とは?資料からは側室、お手付き女中ということです。

でも、テレビや小説では将軍が正室を迎える前に、初夜の練習をする相手ということになっています。

その御内証の方は、一度将軍のお手付きになったら、もう二度と城から出ることは許されないとされています。

田舎に恋人がいるという複雑な人が選ばれて、気がおかしくなる・・・というパターンが多いみたいです。


ここでは、ドラマの方の御内証の方を使わせていただきました。

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