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生き生きとした少女たち

 障子に穴をあけ、破り取る。そして、骨組みに残っている紙とノリを濡れたぞうきんでこすって取っていく作業だった。これも水仕事だ。下っ端にはこうしたつらい仕事がつきものだ。他の女中たちもそんな経験を得ているのだろう。

 

「へ~え、そうやってやるんだ」

 雪江が思わず口に出してしまった。

「え? おきえさん、初めて障子の張り替えを見たの?」

 千里が驚いていた。

  

 これはやばかったかもしれない。この時代に障子はつきものだった。障子の張り替えを知らない人はいないだろう。

「あ、うん、まあ。ストレス解消になるかも」

 誤魔化そうとするが、カタカナ語にまた、驚かれたまま見られてる。

「いいとこのお嬢様だったのかい? 障子紙を破るのはいつも子供の仕事だよ。普段は破ると叱られるけど、この日だけはやっていいのさ」


「うちには障子がなかったからね」

「障子がない家?」

 薫でさえ、驚いていた。

 またうっかりだ。言いすぎたかもしれない。


「ええっと、あ、あったかも。お婆ちゃんがいつもやってたと思う」

 洋風の家では障子からガラス戸になったり、カーテンがそれになり変わっている。確かに忙しい祖父母には適していた。それでなくても季節ごとの大掃除で、障子を張り替える家はかなり少なくなっていると思う。


 ふと見ると、斜め先の長屋から寝巻に半纏はんてんを羽織った少女が見ていた。その長屋は二階建てになっていて、奥の小さな長屋よりずっと高級っぽく見えた。

「千里ちゃん、楽しそうだね」

「あっ、八重ちゃん。起きてていいの?」

「うん、今日は気分がいいの。それに楽しそうな声が聞こえてきたからね」


 八重と呼ばれた少女は、踏み台を持ってきてそこへちょこんと座った。

 にこにこして障子破りを見ている。

「あ、紹介するよ。こっちが台所の薫ちゃん、知ってるよね。そして、この人が・・・・おきえさん。今日だけ手伝いにきてくれた」

 薫と雪江は笑顔を向けた。


 八重は雪江と同じくらいの年の少女で、これで顔色もよく、ふっくらしていたら、絶対に美人といえるような華やかさがあった。

 たまにいるのだ。こういう美少女が。雪江もこんな顔に生まれてきていたらきっと人生が変わっていただろうと思うくらいだ。


 雪江は井戸から汲んできた水に布を浸して、それで紙の残った障子を拭いていく。水で簡単におちていく。

 天気のいいぽかぽかの日差しの下でも、水仕事のためたちまち雪江の指先は真っ赤になった。

「おきえさん、変わる。冷たいでしょ」

 薫が心配そうに言う。

「大丈夫。楽しいかも・・・。これ、ちょっとだけ冷たい作業だけどね」

 雪江が笑顔を向けると、皆が安心したように破顔した。


 現代人は忙しすぎるのだ。便利になったぶん、仕事と勉強が増えている。こうした作業からもいろいろなことが学べるのに、どっかの国の情勢やら歴史やらを詰め込んでも雪江はまだまだ無知だ。

 こうしたことは教科書に書いてあったとしても、体験しなければわからないものもある。


 薫が奥の方から、鍋に何かを入れて持ってきた。白いとろりとした代物である。

「なに? それ」

 また、今度は八重もが呆れた顔で雪江を見た。

「ノリだよ。知らないのかい?」

「ノリって・・・ああ、紙を張る糊ね。糊は知ってるけど、自分で作るの?」

 千里はコロコロと笑う。

「おもしろい人だね、おきえさんって」

「そんな・・・・だって、糊って自分で作るなんて、いつも買ってたから」


「これはうどん粉から作るんだよ。水と合わせて火にかけて、練るだけさ。そうすれば、はがす時も水で簡単にとれる」

「へ~え、知らなかった。よくできてるんだ」


 薫が刷毛で糊を障子の骨組みにつけて、千里が慎重に丸まった障子紙を張っていく。八重もそれを手伝った。

 もう雪江は少女たちに脱帽だった。雪江の経験にはこうした作業は含まれていない。ただ黙って見ているほかなかった。


 そうか、民話に舌切雀という話がある。それにお婆さんが作った糊を雀が食べてしまうということがあった。それは二十一世紀の市販の糊ではなく、こうして小麦粉で作られた糊だったのだ。

 そんなことに気付いた雪江は、一人で喜んでいた。


「八重ちゃん、相変わらずちょこちょこ起きては着物を縫っているの?」

 千里がきく。

「着物を縫うの?」

 また、少女たちが驚きの目を雪江に向ける。


「お針子だからね、八重ちゃんは。それに私たちも少しはできるのさ。自分の着物くらい自分で縫えなきゃって、おっ母さんに仕込まれたし」

と千里。

「お針子? 呉服部屋の?」

 雪江はあの華やかな呉服部屋の百合絵を思い出していた。

「そうです。八重ちゃんはあの百合絵さんの妹です」

 薫が教えてくれた。

「姉さんを知ってるの?」 

 薫が台所へ来た百合絵のことをちょっと説明していた。納得がいったみたいだった。


 ああ、よく見ると面差しがよく似ている。


昔、大掃除で障子の張り替えを経験しています。祖母が鍋で、こうした糊を作り、貼っていました。

今は障子のある家って、少なくなっているのではないでしょうか。


うちでは、ホースで水を出して、直接洗って糊を落としていましたが、結構荒っぽい?

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